series,middle | ナノ





どうやら俺は、会長のことが好きらしい。
そのことに気づかされた、というかその新たな可能性に気づかされたのは、ついさっき。



「……うーんー…」



別に、偏見とかそういうものがあるわけじゃない。というかこの学園にいて、そんな偏見とか蔑視とかできるわけがないんだ。だってみんな良い奴だし、気の合う友達だし。性癖が自分と違うくらいで嫌えるわけないし。ああ、もちろんそもそも男が好きだっていうことに対して嫌悪も抱いていない。
ただ、自分はまだ男を好きになったことがなかっただけで。

そんな俺に、新たな世界への可能性。
いやいやしかし、よく知ってる人ならまだしも、相手は昨日初めて話した会長だ。そりゃあ超有名人なあの人のことは一方的には知っていたけど。集会とか、噂とか、仕事してる姿とか、そういうのくらいなら。
だから、これがもし恋だったとしても一目惚れってやつじゃないんだよなあ。なんていうんだろ、こういうの。



「……独占欲…?」



まてまてまて、そもそも元から独占なんてしてないからね?プライベートな会長のことを知ったのは昨日が初めてだしね?
わっかんないなー、自分で自分がわからない。恋?ていうか本当に恋なのこれ?なんか違うっていうか、ただちょっと期待したところへの期待外れ感にがっくりきてるだけというか。



『なにそれ、案外バカだなーお前も。お前ってそういうの気にするタイプじゃないだろ?それなのにそうがっくり思ってる時点で、会長が特別ってことじゃないの?』



否定したらさっき言われた言葉を思い返す。いや、うーん、そうなのかな。会長って割りと存在自体というかオーラとかが色々常人と違うから、特別なのは仕方ない気も…って、自分でなに言ってんだかわかんなくなってきた。
まとまらない思考に内心もおおおおおおと思いながら頭をガシガシと掻きむしる。そもそもなんでこんなにストレス感じてるんだ。



「富岡ー」
「…くっそー…」
「おい富岡ー?」



ていうか、あの人もあの人じゃないか?あんな言い方しなくたっていいじゃないか。自惚れんなって、そんなつもりじゃないつもりだった俺としては、結構傷ついたんですけど。いやまあ、実際よく考えたら期待して自惚れてたわけですけど。その通りだったわけですけど。見透かされてたみたいで余計堪えたのかな。



「とーみーおーかーくーん」
「あーもー…」
「おいこら富岡ア!!!」
「うえっ、あっ、はっはい!」



突然大声で呼ばれた名前に慌てて立ち上がる。前では胸元をこれでもかとおっぴろげた数学教師兼担任が呆れたようにこちらを見ていた。
そうだ、確かあの人生徒会顧問じゃなかったか。なんて、見た瞬間に会長と結びつけた自分に苦笑。



「唸ってるとこ悪いがな、この問題前に来て解いてくれねぇか、悩める青少年」
「す、すいませ…」



我ながらもたもたと立ち上がってよろよろと前に出る。前に出て問題を見てから、自分がさっきまで意識飛ばしてたせいで初見だと気づいて一人で小さく吹き出した。
周りからしたら相当キモいんだろうなあ俺。ていうかどんだけ考え込んでたんだ、余りにも振り回されすぎじゃないかあの人に。



「なんだお前、わからないのか」
「あー…」
「お前にしては珍しいな…なんだ、あいつのことでそんな悩んでたのか?」
「え?」



考えるのも面倒くさくなってわかりませんと放棄しようとしたところに、小さく続けられた言葉に驚いて振り向いた。するとニヤリと笑った担任がすぐ近くにいて。その近さにビビって離れようとする前に、ガバッと肩を組まれてしまった。教室に、ギャーッと感情を判別しづらい悲鳴が響く。うわあ、この人面倒くさっ!



「それじゃあ悩める青少年に、人生の先輩からアドバイスだ」
「ちょ、え?」
「あいつは多分押されることに弱いぜ。ずっと守られてきたからな、攻めることはあっても攻められることには慣れてない」
「それって―――…」



会長の、ことですか。
言いたくても口から出てこない言葉。そんな俺を見て端正な顔がくくっと喉を鳴らすと同時に、5限終了のチャイムが鳴り響いた。途端にぱっと離れた体が、ぽんと俺の背中を軽く押して。



「そんじゃ富岡、この問題次の授業までに解けるようにしとけよー」
「え、あ?」
「うちの王様のこと、頼んだぜ?」



そう言ってにぃっとつり上がる口。俺がポカンとしてる間に、真っ赤なシャツは教室から去っていく。いいねぇ青春だねーという、思わせぶりな言葉を置き土産にして。再び悲鳴に包まれる教室。阿鼻叫喚の図に我に返り、自分がそこそこ人気があるのは自覚あるため、苦笑いになりながら慌てて入り口へとすっ飛んだ。
ガバッと入り口から乗り出し、問い詰めようと見つけやすい派手な色へと呼び掛ける。



「ちょっと先生!待ってくだ―――…あ」
「…あ」



ちょっと歩いたところで誰かに捕まって立ち止まっていた担任。ラッキーと思って近づきながら声をかけたところで、先生を捕まえていた生徒と目があった。
ヤバイ、という顔をしたその人は、紛れもなく、俺の頭を占めていた人物で。



「…っ!」
「えっ、は?ちょっと!?」



そして会長は、俺を確認した瞬間―――踵を返して駆け出した。
なんで、逃げるんだ。一瞬ぽかんとした俺は、しかし反射的に走り始めていた。
逃がしてはならないと、そう本能が告げていた。



「にーげーんーなーーーーーー!!!!」



バスケ部の足、舐めんじゃねぇ!





(追いかけると逃げて行くらしい)

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