series,middle | ナノ





「はあっ、はあっ、はあっ、くそっ」
「ははっ、つーかまーえたっと」



俺と富岡のおいかけっこは、ものの一分で終了した。
一般棟を駆け回る暇もなくあっという間に追いつかれて近くの空き教室へと引っ張りこまれて。ぜえぜえと肩で息をする俺をさらに壁際へと追い詰める富岡は、多少息が上がってはいるものの余裕な様子。やっぱりいつもデスクワークしかしてない人間がバスケ部とおいかけっこなんて無謀だったか。



「なっんの用だよ、俺にっ」



途切れ途切れに言葉を紡いでから、再び壮絶に後悔。なんでまたこんなこと言ってんだ俺は!あんなに!素直になるって!誓ったのに!!



「なにって、会長が逃げるからじゃないですか!」



繰り返した失態にがくっと項垂れた俺はムッとして言い返してくる富岡に顔を上げ、ああ、そういえばと思い返す。そういえばそもそもおいかけっこの発端は、顧問に急ぎの用事があった俺があの人捕まえてたらこいつが表れて、なんだかわからんけど俺が逃げ出したんだった。なんというか昨日の今日で、しかも生徒会の連中とちょうど話してた直後だったからテンパったんだ。あの時の俺には、逃げる以外のコマンドがなかった。
しかしこいつ、俺が逃げたから追いかけてきただけなのか。なんだそれてめぇは犬か。くっそうなんだよ、ちょっと期待しただろうが。



「あ、あー…うん、悪い、なんか逃げたくなって」
「は?なにそれ。なんですかそれ!」
「や、だから悪かったって…てかなんでそんな怒ってんのお前?」



なにが不満なのかすごい剣幕で怒ってる富岡におずおずと尋ねる。どうしたんだ、爽やかなお前はどこいった?あれか、無駄に走らされてムカついてんのか。
しかしそんな俺を見て、富岡はこめかみを押さえてふらふらと離れていく。そして富岡は少し離れたところで膝に手をつき深々とため息を吐いた。ちょ、おい、まじでどうしたんだよ!?



「あー…ダメだ、振り回されすぎだ」
「えーっと、富岡…?」
「あーもう、なにやってんだろ俺」
「え…」



なげやりに吐き捨てられた言葉。え、待て。待ってくれ。もしかして呆れたか?俺はもしかしてまた変なことやらかしたのか!?
内心わたわたと焦る俺の脳裏に、さっき全て洗いざらい話したあとの説教ともアドバイスともつかない会話が甦る。



『なにそれ会長!照れ隠しだとしたって言い過ぎ!なんでもなくても傷つくよーマイナススタートじゃん!』
『うぐっ!…だ、だって、』
『だってじゃありません!呆れましたね…これはもう挽回とか言ってられないです。ちゃんと弁解してきなさい』
『えっ!そしたら理由も話さなきゃじゃ、』
『…すなおに、言えばいい……すき、って…』
『すっ…!!?』



以上、回想終了。
うん、えっと、ヤバイ待って。そうは言ったってもっと不味いことになったんだ、みんな聞いてくれ、俺なんかまたやらかして更にイメージダウンしてるらしい!どうしよう、スタート地点がどんどん遠ざかるんだが!!
遠ざかるスタートラインにわあああああと内心絶叫する俺を余所に、富岡はいつの間にか一人で立ち直っていた。つかつかと俺の目の前に立って、挑むようにこちらを見てくる男は本当に富岡なのか。相手のピリピリとした雰囲気に、俺まですくっと背筋が伸びた。



「あの、会長、これは確認です」
「え、うん?」
「これからやることは俺の確認なので、嫌だったらはっきりやめろって、」
「―――やめろ!!!」



なにかもごもご言ってるのを最後まで言わせずに、思わずばちっと手で富岡の口を塞いだ。確認なんて、そんな、まだスタートラインにも立ってないのにそんなこと言わないでくれ。
とりあえず、とりあえず俺は、まだお前に謝ってもいない!



「悪かった!!」
「え、ちょ、まだなにも言ってないのに、」
「昨日、あれ言い過ぎた…!」
「…え?」



ガバッと頭を下げて勢いで謝罪する。富岡は目の前でぽかんと間抜けな顔をした。お前でもそんな顔する時ってあるんだな、ちょっとレア。なんて思ってなきゃやってられない。どうしよう、次何て言おう?



「本当は俺全校生徒の名前とかこれっぽっちも覚えてねぇしっつか覚える気ねぇし、富岡だから俺は覚えてたし話しかけたわけで、お前以外だったら放っといたろうし」
「え、あの?」
「自惚れんなとか、まじ俺が自惚れんなって感じで、だからその、お前が特別じゃないわけじゃなくて」
「会長、それって」
「―――だからっ!」



何を言ってんだかわかんなくなってきた。もう、段々煮えきらない自分にイライラしてきて。ああもうっ!と我慢できずに大きな声を出す。



「だから俺はお前のことが好きなんだよ!!お前だけが特別なんだ!だから寧ろ自惚れてほしい、とか…っ」



どんどん尻窄みになっていく言葉。
言った、言ってやった、言ってしまった。
勢いで喋りまくった後、自分の口を縫いたい衝動に駆られた。なんだって、なんだってこんな、テンパると俺は余計なことまで言っちゃうかな!?今更んなって怖くなって、反応を見ることなんてできずに思わず俯いた。やばい。これ、さすがにやり過ぎた?



「あっと、だからその、俺にチャンスを―――」
「ああもうっ!」



俺にチャンスをくれないか。そう言おうとした言葉を、ドンッと強い衝撃に遮られる。ちょっと待て。えっと、俺の体にぎゅーっと抱きついているのは、富岡の腕であってるか?俺の勘違いじゃない?



「なんなんですか会長!これ以上俺を振り回して楽しいですか!?」
「えっ、ちょっとだからなんで怒って、」
「ああくそっ!っ確認、です。なんで俺があんたのことばっかこんなに考えてるのか、俺がなんでこんなに嬉しいのか…っ」
「えっ、ん…っ」



重なる唇。わけがわからず、俺は呆然と、ただそれを受けるだけで。目を閉じることも忘れて、目を閉じた富岡の睫毛が長くてそこまで爽やかなことに感動してみたりして。すげぇ、なんかキラキラしてる。かっこいい。



「っん、はっ、わかんね…っ」
「ふはっ、ん、」
「ははっ、会長、会長会長…っ」
「んんっ…んっ、とみ、おか?」
「ふはっ、ああもうっ!」



ぽんっと唇を離した富岡は、それはそれは楽しそうで。ようやくなにをされたか理解した俺は、ボンッと顔から火を吹くしかなくて。



「バカみてぇ―――…あなたの特別なんだってことが嬉しすぎて、俺、なんもわかんないっす」



富岡はそう言って、それはそれは爽やかに、煌めく笑顔で笑ったんだ。






(うまく育てると愛に進化するらしい)

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