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「…解せない」



四限が終わり、ようやく昼休み。
俺は昨日の放課後からこの方ずっと考えていたことの結論を口に出した。結論になってないのはわかってる。だけど、本当に、どうしてこんなに自分がイライラしてるのか解せないんだ。



「富岡ー!ご飯にしようぜぇ!」
「………」



こっちに購買のパンを持ってやってきたやつの悩みのなさそうな能天気な顔を見て、俺は深々とため息を吐いた。しかしその能天気な顔はなにも気にせず前の席に後ろ向きに跨がる。俺の机に戦利品を並べてふんふんと鼻唄を歌うそいつに、仕方ないと俺も弁当を取り出した。



「見ろほら!コロッケパンをゲットできたんだぜ!」
「おーよかったな」
「なんだそれ反応うっす!いつもだったら一口くれよって爽やかスマイルで迫ってくんのに!テンションひくーい!」
「はいはい、うるさいよ君、早く食べなさーい」



相手するのが面倒くさくて流していると、ぱくっとコロッケパンにかじりつきながら観察するように見つめてきた。なんだよと視線をやれば、そいつはふむ、と腕を組む。



「どしたの富岡ちゃん、なんか悩み事?」
「やー悩み事ってわけじゃないよ。無性にイライラするってだけ」
「なにそれこっわ!らしくねぇなってかその被害受けるの俺じゃん!」



そう言いつつも去ろうとはしないそいつに少し笑う。自分が今朝作った弁当の卵焼きを一つ、口のなかに放る。お、我ながら今日はうまくできたな。



「ところで話変わるけどさー」
「んー?」
「お前昨日、会長に話しかけられてたんだって?」
「んぐっ!げほっ、ごほっ、ごほっ!」



話まったく変わってねーよ!
そう叫びたいのをぐっと堪え、代わりに卵焼きが気管に入りそうになりげほげほと盛大に噎せた。くっそうと内心悪態をつきつつ、涙目でそいつをチラリと見る。



「…んで、そのこと知ってんの」
「そりゃ、会長に関することは一瞬で回るしね」



あの人も大変だねーと呑気に感心しながら言うそいつに、なるほどと頷く。しかし誰と話してたかがいちいち噂で出回るなんて、ほんとすごいな。プライベートもなにもあったもんじゃないね。
なんだか昨日の残り物の唐揚げを口に運ぶ気になれず、行儀悪いとはわかりつつぶすぶすと箸で突き刺す。



「しかしあの会長がね…てかお前知り合いだったの?」
「んなわけないだろ、俺があの人とどこで知り合うの」
「んーじゃあ本当になに話してたの?向こうから声かけてきたんだろ?」



言われ、なんでそこまで詳しく伝わってるんだと思いつつ俺はますます膨れる。
そんなの知るか。俺が知りたいっていうのに。



「知らないよ、俺が知りたいくらい…っていうか、会長は俺に話しかけたつもりないんだろうけど」
「は?お前に話しかけてたんだろ」



目の前であっという間にコロッケパンを平らげて、次の菓子パンへ移るのを見つめながらため息を吐いた。そうだな、本当に俺に話しかけてくれたんなら、どれだけよかったか。



「…別に、たまたま俺が落ち込んでたから」
「ん?」
「そんであの人が会長だから」
「うん?」



そうだよ、俺がイライラしてるのはそこなんだ。
だって、だってまさか、あの会長様が話しかけてくれるとは思わないじゃないか。この人俺のこと知ってたのかって、俺を励ましてくれてるんだって嬉しくなるじゃないか。
ああもう、それなのに。



「別に俺を心配してじゃねぇし…!」
「おお!?」
「だからあの人は生徒を心配してんだよ、俺じゃなくて!!」
「え、なんでキレた!?」



あんなに慌てて否定しなくたってよかったじゃないか。そんなに俺のこと眼中にないって強調しなくてもよかったじゃないか。
バンと音をたてて立ち上がった俺をぽかんと口を開けて見上げるアホ面。その口からぼろっと溢れたパンに我に返ってドサッと座り直した。集まっていた視線から隠れるように机に突っ伏す。
おいおいまじか、なにをこんなに興奮してるんだ俺は。



「あーくっそー」
「…ええっと、うーん、とりあえず大丈夫かお前」
「大丈夫じゃない…」



わけがわからない。なんなんだ。なんで俺はこんなイライラしてんだよ。
突っ伏したまま起き上がれない俺の頭上から、けらけらと笑い声。笑ってんじゃねぇと顔を上げれば、ニヤニヤと好奇の目こちらを見ていて。



「はあーいやしかし、そうかーついにあの硬派な爽やかくんがねぇ…さっすが会長様だなあ」
「は?なにがだよ」
「照れんなってー!そんな分かりやすくイライラしちゃって。会長そんなに魅力的だった?」
「だからお前はなにを言って…」



そのおちょくるような言動は、俺が今イライラしてるってわかってての所業なのか?ん?
要領を得ない言葉にイライラとらしくもなく睨みつけてみる。しかし俺の眼差しを受け止めたそいつは、きょとんとした顔をして。




「え、だって自分が会長にとってただの一生徒でしかないのが嫌なんだろ?それにイライラしてんだろ?」
「だからそうだって言って、」
「だったらつまり、好きなんじゃねぇの、会長のこと」



当たり前のように告げられた言葉。俺は、その意味を理解できずに数回瞬いた。
えっと、それはどういう意味だ。
俺が?俺が……会長のこと―――すき?

えーっと?



「…は?」



俺の間抜けな声が、教室に響いた。






(些細なことをきっかけに生まれるらしい)

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