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それは、たまたまだった。
たまたま俺が、外のルートを使って教室から生徒会室に向かおうとしてたら、たまたまあいつが階段に座っていたから。そんでいつも人に囲まれてるあいつがたまたま珍しく一人だったから。いつも明るく爽やかなあいつが、たまたま、落ち込んでいるように見えたから。
だから俺は、たまたま、話しかけてしまったんだ。



「おいお前、そんなところに座り込んでなにしてる」
「…っ!」



ここは人通りが少ない通り道だ。まさかこんなところに人がいるとは思わなかったんだろう。声を掛けた途端びくっと反応し、がばっと顔が上がった。
そして―――こちらに向けられた瞳と、目があった。



「か、会長…っ」



驚いたように見開かれる目。慌ててわたわたと立ち上がるそいつは、180ある俺よりも背が高かった。やっぱり近くで見ると自分よりでかいのがよくわかる。

だけど、ええっと、それよりもなんだっけ。それよりも、そう、目があった。
まさかこいつと、富岡と目が合うなんて。あまつさえ話す機会に、恵まれるなんて。



「あっ、すみません、ここ邪魔でしたか?」
「別に邪魔じゃねぇ。湿った空気出してたから話しかけただけだ、座っとけ」
「えっと…じゃあ、はい、ありがとうございます」



自分で言ってから、頭を抱えたくなった。
なんだ、なにを言ってるんだ俺は!どうしてこんな言い方しかできないんだ!アホなのか!?
そう、なにを隠そう俺はこの男が好きだった。たまにこの外のルートを通るのだって、こいつのことが見られるかもしれないという淡い期待を抱いてのこと。とは言っても今日がこいつとの記念すべきファーストコンタクト。だからこそ、もっと他に言い方はなかったのかと頭を抱える。第一印象は大事なのに!俺のバカ!!

しかしそんな俺の葛藤には気づかずに、そいつはふらりと俺に背を向けて再び座り込んだ。内心うわあああとなっていた俺だったが、あんな言い方されて素直に言うことを聞いて座るなんて、かなり堪えているその様子に自分の葛藤は置いて目をぱちくりさせた。
どうした、いつもの爽やかさはどこにいった。なにがあったんだ。



「…おい、大丈夫か?どうかしたのか?」



正直、人に優しくなんて、いったいどうしたらいいのかわからない。とりあえず恐る恐る声をかけてみるも、そいつは頭を膝に埋めたままで。まったく反応がなくなってしまって、がしがしと頭を掻いた。
こいつは困った。ここにはいない方がいいのかもしれない。そう思い、小さく息を吐いて踵を返そうとした時だった。



「…レギュラーを、外されたんです」
「え?」



ぽつりと呟かれた言葉。
方向を変えようとしていた体を戻して向き直る。なんだって?レギュラーを外された?



「別に外されたこと自体は構わないんです。それが俺の実力ってことですから」
「…ああ」
「だけど、今までずっとスタメンだったから…だから、自分達がいかに選手以外の行動に助けられていたか、そして自分がそれを知らなかったことに気づいたんです。俺はなんて傲慢だったんだろうって」
「………はあ」



つまり、なんだ。こいつは自分が無知だったことに気づいたのか。そうして、それを知ろうともせずに与えられたものを当然のように享受していた自分に失望して落ち込んでいる、と。
なるほどね。確かにその気持ちもわからんでもねぇけどな。
だけど、ああ、なんて。



「くだらねぇ」
「ちょ、くだらないって!」



がばりと後ろを振り返った体。憤慨したような驚いた顔を仁王立ちで見下ろしつつ、俺はため息を吐いた。
ったく、そんなことで悩んでるなら、その時間で俺ともっと仲良くなってくれねぇか。



「あーあーくだらないね。そんなん自分がやってないことなんざ知らなくて当たり前じゃねぇか。なんでも知りたいって?知ってなきゃ申し訳ないって?そりゃ知ってることに越したことはないが、てめぇが知らないからなんだ。今まで支えてきてくれた奴らが不憫か?それこそてめぇの思い上がりだろ」
「そんな言い方!」
「確かにてめぇは無知だった。だけどそれを知ったんだろ?知って反省できるんだろ?だったらそれでいいじゃねぇか。今までの自分を省みて直していきゃいい。そうすりゃあ、選手としてのてめぇも一回り大きくなるんじゃねぇの」



そう言い放った俺を、ポカーンと口を開けて見上げるそいつ。くそう、そんなアホ面しててもかっこよく見えちまうのは惚れた欲目か。つーかまじで、そんなことで悩んでる暇があるんなら俺とおしゃべりしてくれないか。なあ、頼むから。
文句があんならかかってこいとふんぞり返る俺を見つめてるだけだったアホ面は、しかし突然ぶはっと吹き出した。



「は、ははっ!あはははっ!」



突然腹を抱えて笑いだしたそいつは、笑いながらふらりと立ち上がった。そして笑いすぎたのか涙を拭いながら俺を見る。
なんだ、正直どこに笑いどころがあったのか俺にはさっぱりなんだが。だけどそんな100%の笑顔を見せられるとそんなことどうでもよくなっちまう。ああもう、ずるいなあ、お前は。



「あーもう、さすが会長だなっ」
「ん?」
「そうですよね、くよくよ悩むようなことじゃないですよね。気づいて、直せることなんだから。手遅れじゃないですもんね」



ありがとうございます、と向けられた煌めく笑顔にズキューン!と撃ち抜かれた。
ヤバイ、今のヤバイ。なんなの、ただでさえ好きなのに話すだけでこんなにも撃ち抜かれ続けたらヤバイ。ごめん、お前は大丈夫だけど俺はもう手遅れかもしれない。



「レギュラー外されたってのもあって、思考がマイナスになってたのかな…俺らしくなかったです」
「お、おう…」
「会長のおかげです、ありがとうございます」



差し出された手を条件反射で握り返した。すると驚くほど爽やかに微笑まれて、俺までつられて顔面を緩めてしまう。うん、やっぱりお前には笑顔が似合う。



「ん、前向きな方が富岡(トミオカ)らしくていいな」
「へへっ、ありがとうござ……え?」
「あっ」



色々舞い上がりすぎて、つい、ぺろっと口走った言葉。照れたように笑っていた顔が、驚いて眉を寄せた。やばい、俺、今なんて…。



「会長、なんで俺の名前…ていうか俺らしいって、」



驚いたように紡がれる言葉に、ぎくぎくと背中に冷や汗が流れた。やばい、俺、浮かれすぎた。どうにかしなきゃと、思考より先に言葉が口をついて出た。



「せ、生徒会長だからな!」
「え?」



訝しげに寄せられる眉。テンパる頭は、録に回転することなく思い付いた言葉を口から吐き出していく。



「会長なら、名前と顔くらい知ってて当たり前だ!それにうちの生徒が落ち込んでたら励ますに決まってんだろ!」
「え、じゃあ、会長だから俺を…」
「そう!その通り!だから別にお前が特別なわけじゃねぇ!自惚れんな!」



よくもまあここまで、と自分でも驚くくらいに回る口。ただしちゃんと考えて発している言葉は一つもない。とりあえず捲し立て、引くに引けなくなった俺は、これ以上ここにいるのは無理だと判断して。



「そういうわけだから、じゃあな!」



そいつの前から脱兎の如く、逃げ出したのだった。






(勝手に大きくなるのを止められないらしい)

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