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コツリ、コツリと靴音が響く。庭園の中心で催されているパーティーの喧騒は、この噴水の広場からは少し遠い。日射しを反射して、吹き上げられる噴水の水がキラキラと光っていた。
(つめてー…)
パシャン、片手を水の中に遊ばせる。噴水の端に腰掛けて、光を反射する水をゆるりとかき混ぜる。真夏の日射しといかないまでも、6月のそれは身体を火照らせるには充分で。その熱がひんやりと奪われるのが気持ちよくて目を閉じる。
―――綺麗なヒトだった。
さらりと流れる長い黒髪に、涼やかな切れ長の目。しゃんと伸びた背筋と立ち姿が凛とした雰囲気を醸し出していて。ややつり上がり気味な目尻が、彼女の気の強さを窺わせた。
(…なんだったんだ、あれ)
二人を見て、ふつふつと沸き上がってきたのは得たいの知れない感情。
切なくて、哀しくて、悔しくて。
だけど、どうしようもなく、嬉しい―――…
「こんな所にいたのか智哉、探したぞ」
「…―――彼方」
聞き違えるはずもない声。聞き違いであってほしい声。
顔を上げれば、そこには純白のスーツが目に眩しい花婿の姿があった。
「みんな探してるってのに、こんな所で一人で水遊びか?」
「…なんで俺が探されるんだよ。お前こそ主役がこんな所で何してんだ」
「そりゃ、お前を探しに来たんだよ」
「花婿が直々に?」
「智哉のことが気にならないわけないだろうが」
当たり前だろう、と笑う彼方から視線を外す。
水の中で遊ばせていた手を引き抜くと、水滴が散ってパシャリと音をたてた。散った滴が、タイルと共にスーツを僅かに濡らす。
「…久しぶりだな」
「あぁそうだな、10年ぶりだ」
ずっと、この10年間ずっと、言いたかったことがある。ずっと言ってやりたかったことがある。
今日ここに来たのは、それを言うため。
「お前はまた磨きがかかって、すぐわかったよ」
「……」
「元気だったか?」
「……お前がそれを聞くのか―――薄情者」
下げていた目線を上げて、ひたりと見据える。ゆらりと立ち上がりそう言い放てば、彼方はぎゅっと眉を寄せた。
「この10年間、どれだけ連絡したと思ってる?」
「それは……音信不通になったのは、悪いと思ってる。でも、お前と連絡をとるには状況が不味かったんだ…」
「状況が不味かった?…知ってたさ。お前に何があったのかも、何をしていたのかも、何もかも!」
ぎゅっと拳を握る彼方を、きつく睨み付ける。
この俺が、知らないわけがないだろう。
高校の時点で彼方の家がヤバイ所まで足を踏み入れていたこと。彼方の卒業と同じタイミングで全てが崩れ落ちていったこと。なにもかもを失いそうだったこと。ここまで立ち直ったのが奇跡のようなことであること。
そして―――この結婚が、最後の鍵だったこと。
俺は、俺が使えるもの全てを使って何があったか調べあげた。それなのに、状況は掴めているのに連絡がつかない。
それは―――俺が、意図的に避けられていたから。
「俺がこの10年どれだけ心配したか!どれだけ不安だったか!お前にはわかるか!!」
「巻き込みたくなかったんだ…!全部うちのミスだったから!」
「てめぇ…!」
カッと頭に血が上り、考えるより先に体が動く。気づけば彼方の胸ぐらを掴み上げていた。
「んな綺麗事言ってんじゃねぇよ!何かあったら支えてやるって言ったじゃねぇか!それともありゃ只の社交辞令だったのか、あぁ?!」
「そんなわけねぇだろ!!」
「だったらもっと頼ってみろよ!助けを求めてみろよ!うちはてめぇんとこの支えたら共倒れしちまうほど柔じゃねぇ!!」
額と額がくっつきそうな距離で怒鳴り散らす。
―――悔しい、悔しい、悔しい。
俺だけが、蚊帳の外だった。
お前の隣にずっといることを選んだはずだった。それなのに10年間、関わろうとしようともなにもできなかった。なにもさせてはもらえなかった。
俺はずっとこの思いでいたのに。ずっとこの事を伝えたかったのに。
知ってるんだ、彼方と副会長が連絡を取り合っていたこと。彼方の家の状況だけは知っていた俺よりも、あいつの方が彼方自身のことを把握していたこと。
あいつが俺を見る目を見たことがあるか、心配そうな、切なそうな、哀れみに満ちたあの目を―――…
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