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「おっそいよ会長!待ちくたびれたー」



ロビーでこちらに負けず劣らず注目を集めていた二人が、俺たちがホテルへ一歩足を踏み入れた途端に声をかけてきた。上品な空気が漂う空間に響いた声。当然さらに多くの注目をあっという間に集めてしまう。子供かお前はと思いつつ、しかしぶんぶんと手を振る姿とノリが相変わらずで、怒るにも怒れず思わずニヤリと笑みを浮かべた。



「相変わらずだなお前は」
「会長こそ相変わらず派手なご登場でー」
「ん?派手だったか?」
「会長は存在自体が派手なんだよねぇ」



にこにこと笑う愛嬌のあるこの男は、生徒会で会計を務めていた元チャラ男。今もその甘いマスクを最大限に活用しているらしい。もっとも、昔のように手当たり次第なわけではなくなったらしいが。
天然の美貌と持ち前の社交性、そして自然と人の集まる不思議な魅力は、今は専らビジネスの方に活用されているようだった。



「…会長」
「悪いな、待たせたか?」
「いや…時間ぴったりだ、流石だな」



190はある上背に凛々しい顔つきの正統派日本男児。学生時代は書記を務め、正直これから大丈夫なのかと心配になるほど無口だったのだが、いつの間にやら全くの無口ではなくなっていた。寧ろ今や寡黙な青年というポジションをほしいままにしている。無用な心配だったというわけだ。



今年で28歳。卒業から10年が経ち、みんなあの頃よりも一回りも二回りも大きく、いい男になっている。
きっとそれは、あの男にも言えること。



「全員揃ったのは久しぶりだね」
「そうだな、お前んとこの会長の還暦祝い以来じゃないか?」
「あはは、その節はどうもー。いやあ、うちのじいさん長生きで困っちゃうよねぇ」
「…そんなことはない…そういうことがなきゃ集まれないんだしな…?」



懐かしい面子に皆揃ってどこかそわそわとしながら、式の会場に向かって歩き出す。
会場はこのホテル自慢の美しく広大な庭園に位置する教会。そして披露宴はその庭園でやるらしい。ジューンブライドにあやかってるくせに、雨が降ったらどうするつもりだったんだか。日本じゃ梅雨真っ最中だというのに。
だけど―――まったくあいつらしい。



『晴れに決まってんだろ、俺を誰だと思ってんだ』



そう言って笑う姿が目に浮かぶ。
高校の時の記憶のままの、あいつの姿が。



「しっかしよりによってあの委員長が結婚とはねぇ…信じらんなくない?」
「確かに招待状が来たときは吃驚したよね」
「ね!だって俺と張るくらい遊んでたじゃん!なんだろ、年貢の納め時?ってやつ?」
「…お前もそろそろ、落ち着いたらどうだ…?」
「うええ、まっぴらだね!俺はまだまだ現役です!もっと女の子とも男の子とも遊びたい!!」
「声を大にして言うことじゃねぇだろ」



てへ、と笑って誤魔化そうとするのをぺしりと叩く。変わらなさすぎるやりとりも困りものだ。
まったく、只でさえ注目を集めているのにいらんことをでかい声で叫びやがって。周りの目の色が変わったじゃねぇか。

魅惑的な微笑を浮かべ、さりげなく(と言っても俺たちは慣れててわかるんだが)物色していた元チャラ男改め現役チャラ男。その甘いマスクが、そういえばと俺の方を向いた。



「俺さぁ、委員長って真性のゲイだと思ってたんだけど。今回のは政略結婚なのかな?」
「さあな…運命の人でも見つけたんじゃねぇの?」
「…そっか、会長でもわかんないんだぁ……あんなに仲良かったのにね」



何故か垂れた目尻を更に下げしゅんとして言われ、思わず目を細めて苦笑する。



そう、俺たちは、歴代稀に見る仲の良い委員長と会長だった。そのトップ二人に引きずられるようにして、生徒会と風紀自体の関係も良好だった。
その関係が心地好かった。大切だった。
壊したくないと―――壊してはならないものだと、思った。



「まぁ委員長は卒業式以来表に出てきてないからね、どんな風になってるやら」
「うっわそれってもしかして神秘のベールを脱いじゃう系?今日記者いっぱいいんの?」
「…お前は相変わらず、メディアが嫌いだな…」
「あったりまえじゃん!俺がどんな報道されてると思ってんの?」



今度はなに言われるんだかと嘆息する会計に、三人で苦笑する。
昔より落ち着いたにも関わらず、会計は今まさに経済界きってのプレイボーイとして名を馳せていた。しかし流石と言うべきかなんと言うべきか、プレイボーイではあるが、大勢と関係をもつということに馴れているこいつはそれほどこっぴどく書かれたことはなかったはずだ。引き際を心得ているし、程好い距離を保つのが上手いんだろう。



そしてあいつは、かつてその会計と同じくらい浮き名を流していた風紀委員長。学園中の男を取っ替え引っ替えしていた男。
そんな信じられないくらい軽いあいつは、しかし一番近くにいたはずの俺には一切手を出したことがなかった。だから確かにあいつと仲は良かったが、あいつが俺をそういう対象として見ていないことは誰の目にも明らかだったんだ。そんなこと、わかりきっていたことだった。
だから、俺の気持ちがすべてを―――俺たち二人だけでなく、生徒会と風紀の関係さえも壊してしまうということも、わかりきっていた。

それに、もしも気持ちが通じたとして。大財閥の後継ぎである俺たちには、今日のような日が来るということはわかっていたから。その時にまた、あの時のような、所謂親友という関係に戻れるのかわからなくて。これ以上近づいてしまったら、もうあのぬるま湯のように心地好い関係には戻ってはこられない気がして。
―――だから俺は、予防線を引いた。



(すべてを壊してしまうくらいなら、このままでいよう)



俺にとって、告白をするのと同じくらいに重い決断。だけど俺は、一時の幸せよりも、お前の隣にずっといられるための選択をしたつもりだったんだ。

だから、そうと決めた俺にとってこの気持ちは邪魔だった。俺たちの関係を崩しかねない重すぎる気持ち。それはもう、気づかないふりをして、無かったことにして封印してしまわなければやっていけないくらいには、気持ちが膨らんでしまっていたから。





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