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ふらりと、気紛れのようにやってきたあいつからの手紙。


それは―――結婚式の招待状だった。






最愛






流れてゆく外の景色を、なんとはなしに眺めていた。
どうということはない普通の光景。両手一杯に買い物袋を提げてデパートから出てくる婦人方、愛犬を連れて散歩に励む壮年の紳士、子供にアイスを買ってあげる若い父親に、仲良さげに腕を組むカップル。信号やら何やらで車が止まる度によく見える彼らは、みんな幸せそうな顔をしていて。
まるで、今の自分に対する当てつけのようだと感じていることに気づき、馬鹿らしいと笑う。






思っていたよりは、ショックは受けなかった。
ただ、学生時代の感覚がずるずると引き出されて、ほんの少し苦い気持ちになっただけだ。


もう終わったことだと思っていたし、寧ろ始まりもしていなかったあいつとの関係に、今は満足していたはずだった。しかしずっと淡い期待をしていたというのに、そのくせ怖がって、必死になってあいつへの想いなど気づかないふりをしていた学生時代のせいで―――自分を誤魔化すのが、余りにも上手くなりすぎていて。今尚その想いが自分の奥底で燻っているということに、気づいていなかった。気づけていなかった。
だがそれならばそれで良かったのだ。気づかないままでいられるのならば、それで問題などなにもなかった。

だのに、これまで音信不通だったあいつが、唐突に存在を主張なんてするから。
だから気づいてしまったのだ。自分はまだ終わりを告げられていないのだと、そう思って期待していたということに。



尤もあの招待状の内容は、期待を持てるようなものでは決してなかったけれど。だけどそれにも、期待なんて持てるわけもない状況にも馴れていたから。寧ろその状況の方が日常だったから。だからあれを見て、またかと思った。

また俺は、あの頃のように何でもない顔をして、あいつの隣に立たなければならないのかと―――…


そう思うと、どうしようもなく懐かしくて、どうしようもなく苦しかった。
始まっていなかったせいで決定的なピリオドを打っていなかった。そのことが、俺の気分を甘くも苦くもさせる。








「もうここでいい、降ろしてくれ」
「かしこまりました」



見えてきた待ち合わせ場所のホテルより少し前で声をかけると、高校以来ずっと専属である運転手が音も振動もなく車を止める。俺の性格を熟知している彼は、車から降りた主人に向かって、眉間にしわが寄っていますよと言って笑った。



「いってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる」
「お帰りの際はご連絡下さい」



さっとお辞儀をする男に背を向けて歩き出す。いつも通りの見送りの言葉に、いつも通りの対応。俺は、いつも通りのはずだ。

ホテルまでの僅かな距離を、人の間を縫って歩く。派手な外見のせいで衆目のある場に出た途端、一身に浴びる不躾な視線や囁きにはもう馴れた。
だというのに、どうにも学生時代のそれと被って感じられるのは―――きっとこの、あの頃はいつだって抱えていた燻った気持ちの存在に気づいてしまったからかもしれない。



奥の奥の奥に仕舞いこんだはずの想いの残像が、ちらりと現れては心を揺すぶる。
こんな状態で、本人を前にして冷静でいられる自信など、あるわけがなかった。






「―――智哉(トモキ)!」



ふいに呼び掛けられて飛んでいた意識を戻すと、例のホテルの方から歩いてくる懐かしい姿。浮かべた微笑が眩しいのは、さすがといったところか。高校の頃は王子と呼ばれるほどに中性的な美貌をもつ副会長だったその男は、もう女性に間違えられるような儚さはなくなり、誰もが振り返る美形っぷりを遺憾なく発揮していた。
ホテルの入口かどこかで俺を待っていてくれたんだろう。足早にこちらにやって来た副会長は、ほっとしているような、それでいて心配しているような複雑そうな顔で俺の前に立った。



「…来ないかと、思っていたよ」
「あぁ……俺もだ」



そう言って口許に微笑を浮かべる。
そうすれば、俺の気持ちを知っている唯一の男は、切なげに目を細めた。



「…中に入ろうか。みんな、お前を待ってる」



しかしそんな表情も一瞬で、すぐにふ、と向けられる変わらない笑顔。なにも言わないでくれることに感謝しつつ頷き、二人で並んでホテルへと向かう。
ざわつき振り返る人々。こいつと歩くといつだって、周りが騒がしくて堪らない。二人で生徒会のツートップを務めていた、あの頃のように。




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