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ふたひら




「んぐっ、んん"、んーーーっ」



ギシッギシッとリズミカルに音をたてるベッド。下半身から聞こえる水音と、肌のぶつかり合うぱんぱんという間抜けな音が耳障りで。耳に熱の籠った荒い息がかかり、嫌悪感でぞわっと全身が粟立った。



「はあっ、はあっ、俊、俊かわいいよ、俊っ」
「んんん…んっ!」
「誰だよこんな、はあっ、酷いことした奴っ!」



譫言のように俺の名を呟きながら酷い色になっている腹の痣を撫でる手は、同じ男のものとは思えないほど白く華奢で。身を捩りたくとも両手を繋がれ上から伸し掛かられている状態ではどうにもできない。
酷い酷いと言いながら、しかし律動が止むことはない。俺のことなんか考えてないような無茶苦茶な動き。酷いことしてんのはてめぇだろと怒鳴ってやりたくとも、口に轡として嵌められたタオルに阻まれる。



「だいっ、大丈夫だからな!俺が、はあっ、そいつ倒してやるから!」
「んぐう!ん、んんんっ」
「あははっ、はっ、そんな喜ばなくっても!」



―――狂ってやがる。
餓えた獣のような目を爛々とさせて見てくるそいつにゾッとする。とても男には思えない美少女と形容される容姿の後輩は、無我夢中で奥を突いてくるが、しかしやたらめったらなそれはただの苦痛しかもたらさない。


けれど、本気でそろそろ逃げ出さなければ。もしもこんな状態で見つかりでもしたらどうなるか。
想像もしたくない未来にゾッとして、本格的に手錠をどうにかしようと思ったその時―――ガシャァンと吹き飛んだ、部屋の扉。



「俊ちゃんみーっけ」



現れた長身のシルエットに、そこで初めて、体が震えた。



「おっお前誰だよ!?なんの用だ!!」
「あーらら、そそる格好しちゃって」
「おいお前!無視すんなよ!!」
「ん、んん…っ」
「どうしたの、そんな怯えて」



コツコツと近づいてくる男。嘘みたいに綺麗な顔が、酷く愉快そうに笑う。それを見て、俺に跨がって猿のように腰を振りたくっていた奴のキラキラな目がこれでもかと大きく見開かれたのが目の端に写った。そういえばこいつ、イケメンホイホイだったっけ、と頭の片隅で現実逃避をしながらも近づいてくる長身から視線を逸らせない。



「手錠よく似合うね、かわいいよ俊」
「おっ、お前すごい綺麗だな!なんて名前だ!?」
「んーでも口枷は減点だな。やっぱ声が聞こえなきゃね」
「なあなあっ俺は陽向(ヒナタ)!特別にヒナって呼ばせてやるよ!」
「んぐっ…!はっ、は…あ、彬…」
「ん、なあに、俊」



俺の口からタオルを毟り取り、彬がにこりと笑う。ギシリとベッドに横から乗り上げ至近距離に迫る視界がチカチカするような美形の笑顔と、それに夢中で話しかける美少女の欲望まみれの顔。
どれを、なにから、どう対処すればいいのか。わけがわからなくて、そもそも彬がなにを考えているのかわからなくて、金縛りにあったかのように体が動かない。なんでこの状況で目の前の相手がこんなに普通なのかもわからずに、普通なのがより恐ろしくて、ひくっと喉を震わせた―――瞬間に、腹を上から思いきり潰された。



「ッ!ぐがっ!あ、アア"ッ…!」
「ああ、やっぱり声が聞こえた方がいいな」
「ぎゃ!いでぇ!なにすんだよ!」
「ひぎっ、う、うご、ぐな、」
「……俊、お前今なんつった?」



イライラと、つい昨日できたばかりの痣を力任せに押し潰される。おまけに俺の中に入れっぱなしだったのを、くそ野郎が潰される痛みに無理矢理抜いたもんだから、とんでもない激痛が伴って。
あまりの痛みに―――つい、耐えかねて声を上げてしまった。
瞬間、彬の空気が一瞬で冷えたのがわかる。やってしまったと後悔するも遅く、ふーっと息を吐いた彬の据わった目に、ぞわりと悪寒が走った。殺され、る。



「俊さあ、お前俺がここにいんのに、今誰に向かって喋ったわけ?」
「あがっ、わ、わる…かっ、があっ…」
「あ?聞こえねーよ」
「んぐっ、う…ごめ、な、さ、あ"」
「や、やめろよ!お前だな、俊に酷いことした奴は!!ダメだぞこんな乱暴しちゃ!今謝れば許してや―――ひぎッ!」
「うるせぇ邪魔だ」



彬の無感情な言葉と共に、ぐちゃりと、嫌な音がした。俺の上に乗っていたものが消える感覚。喚いていた声が一瞬だけ止み、すぐに絶叫へと変わった。
気を緩めれば歯の根が合わなくなりそうなのを、ぐっと食い縛ってぎりぎりで耐える。目を瞑りたかった。でもそれは絶対に許されない。逃げ出したくなりながら、それでも真正面からまっ暗闇のような据わった瞳を見据えれば、いつものようにそれはふわりと緩んで笑みを作ってみせる。
けれどまだ、その奥は底冷えするような冷たい光を灯していて。



「かわいいね俊…俺が怖い?」
「………怖い、」
「うん」
「怖い―――…けど、お前がいなきゃ自分がダメになるのも、わかってる」
「…そうだね」



今度こそ本当にふわりと笑って、よくできましたと口付けられた。ぬるりと侵入してきた舌に、驚くほど優しく口内を愛撫される。
さっきまで突っ込まれようとなにをしようと冷たかった体に、ようやく血が通いだした。繋がれていて縋りつけなき両手がもどかしい。もっともっと深く重なりたくて、がちゃがちゃと近づこうとしながらキスを強請る俺から、しかしあっさりと離れていく体。なんで、ときっとみっともなく蕩けているであろう瞳で彬を見上げた。



「彬…?」
「かわいいね…でもまだ終わりじゃないよ、俊」
「え?」
「俺の許可なく他の奴にここを許したこと、俺はまだ、許してない」
「な―――…っ」



言葉を失う俺を余所に、彬はベッドサイドからずるりとなにかを引き上げた。だらりと脱力しながらひっひっとしゃくり上げる金髪。



「お前、突っ込んで俊をイかせてやれよ」
「ちょ、え…っ?」



嘘だろう。つい今まで甘くキスを交わしていたはずの口から、さらりと発せられた言葉を、信じられるわけがない。
べしゃりとベッドの上に落とされたそいつが、ぶるぶると起き上がるのが、どうしようもなく恐怖で。起きるな、起きるんじゃねぇ。頼むからそのまま気絶して眠ってろ。がたがたと震えながらずるずるとシーツに皺を作って後ずさるも、すぐに行き止まりに背がぶつかる。



「早くしろよー俺待たされんの嫌いなんだよねー」
「ひっ、」
「なに?せっかく鼻だけにしてやったのに、今度は顔潰されたいの?」



ひんやりと冷めた彬の声。
それまでのろのろと起き上がっていた華奢な体が、それを合図のようにゆらりと起き上がる。涙と鼻血と鼻水でどろどろな虚ろな顔と、目が合った。



「はっ、はっ、はあっ、」
「ひっ…やめ、やめろ…っいやだ、彬!彬ぁ!!」
「はあっ、はあっ!くうっ!」
「ひぐっ…!」



ガバッと伸し掛かってきた奴のモノが、ずんっと勢いよく挿入される。割り開かれる衝撃に痺れる体。さっきまでも散々犯されていたはずなのに、容赦のない異物感に息が詰まった。彬とのキスで熱を取り戻したはずだった体が急激に冷えていくのがわかる。



「ひっ、ぐっ、や、彬、あき、あきら、」
「…ねぇ俊、つらい?」
「あっ、あ"、くるし、もうやだ…ひぐ、っごめ、ゆるして…っ」



潰れた鼻から鼻血を垂れ流しながら形振り構わず振られる腰に、体が軋んで悲鳴を上げる。痛くて苦しくて堪らない。
どうして、どうして。視界にはこの苦痛を与えてくる張本人しか写らない。それでも俺は、優しく髪を撫でてくる彬に縋るしかなくて。



「あーあ可哀想に、こんなに冷えて…」
「も、もやっ、ゆるし、あっうああ…たすけ…っ」
「ちょっとだけ手伝ってあげようか」
「へっ?ひ、や、やめ、んんん"ーっ!」



唐突に、彬の長い指が俺のモノを弄りだす。くちゅくちゅと引っ掻くように指先だけで刺激され、途端にぞくぞくと背中を駆け上がる甘い痺れにしなる背中。口を開けばとんでもない声が飛びでそうで、ぎりぎりと噛み締めた歯の間からそれでも堪えられない矯声が迸った。
体内で蠢くモノは相変わらず不快な異物でしかない。まだその律動は確かに苦しいと思うのに、それでも彬の指が動くだけでそれを上回る悦楽が全身を駆け巡った。



「気持ちいい?」
「ひはっ、い、いいっ…いいっ、アキ、あきらぁっ…」
「あはは、泣いちゃって。ほんとかわいーんだから」



馬鹿みたいに彬の名前を呼びながら、勝手にぼろぼろと流れてくる涙。彬がほしい。彬しかいらない。彬だけがいい。彬じゃなきゃいやなのに。
俺の視線を受け止めて笑った彬は、そっと顔を伏せて。片手で尚も俺のモノを優しく弄りながら、赤黒く醜い色へと変色している俺の腹へ、ピチャ、と真っ赤な舌を這わした。



「っは、あ…!」



ガシャン!と鎖が派手に鳴った。
相変わらずスプリングの効いていないベッドが軋む音も、腰を打ち付ける間抜けな音も響いているのに。
それなのに―――ピチャリ、ピチャリ、と舌を這わす微かなはずの音が、苦しいほどに鼓膜を犯す。



「ひっ、んん"、ああっ!あああ…っ!」
「堪らなそうだね、俊」



背を反ることはできても折ることはベッドが阻む。逃げ場のない体を捩る度に、頭上の鎖がそれを嘲笑うかのようにうるさく音を立てて。
散々痛めつけられてまだじくじくと痛み熱を持つそこを、生暖かい舌が這うのが堪らない。よすぎて、頭がおかしくなりそうで。

くるくると柔く刺激されるモノ、優しく舐められる痣。不快感と苦痛を覆い、快楽で塗り潰される思考。
ぐずぐずの俺を見上げる彬の目がゆるりと細められ―――唐突に、ぐりっと尖端を抉られた。



「ッ―――…!」



一瞬で、意識が白んだ。
詰まる息。声も出せずに引き攣った体。綻んだ彬の顔に散っている白濁に、自分が果てたことを知る。



「はあっ、はっ、あ、あ…」
「ちゃんとイケたね俊、気持ちよかった?」
「っひ、あき…あきら、あきらぁ…っ」



余韻で呆とする頭。俺が果てると共に律動が止まった物体を、用済みだと彬がベッドから蹴り落とした。その音で戻ってきた意識には、彬のことしかなくて。俺の世界には、彬以外なにもなくて。
いつの間に鍵を奪っていたのか、カチャリと手錠が外される。自由になった途端、しかし動けるということを認識する間もなく体が勝手に彬へと抱きついていた。



「あきら、あきらあきらぁ…っ」
「いい子だな、怖かったな」
「ごめっ、もっ、もう嫌だ、彬がいい、彬しかいらない…っ」
「うん、俺も、俺も俊しかいらない―――愛しているよ」



ちゅ、ちゅ、と降らされる口づけ。
もうそんなんじゃ我慢できなくて。彬を感じたくて堪らなくて。



(―――愛してる、あいしてる、アイシテル)



無理矢理その体を押し倒し、噛みつくようにキスをした。






*end*



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