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みひら




「ちょっ、あき、待て、待てって!」
「黙って」
「んん…っ!」



性急に奪われる唇。制止しようとする手もベッドへと縫い止められて、抵抗など微塵も許されずに貪られるように口づけられる。怖いぐらい真剣なその顔に、瞬間見惚れた。こんな形振り構わず彬が俺を求めていることに興奮して、ぞくりと背中を悪い痺れが駆け抜ける。
しかしそんなことを考える余裕があったのも一瞬で。声から唾液から呼吸から、なにからなにまで奪おうとするかのような激しいそれに、意識が霞んだ。



「ん、んん"っ、ん」
「ん、は、しゅん…っ」
「んんっ、はっ、ん"ーっ」



ぞくりと脳髄まで痺れるような感覚は、しかしそれを凌駕する荒々しさに持っていかれる。酸欠でぐらぐらと揺れる頭。もがく指先が彬のスーツを滑る。長く荒いキスからようやく解放された瞬間、ひゅっと喉がおかしな音をたてた。



「は、はあっ、ごほっ、ん"、あき、ら…っ」
「俊、しゅん…っ」
「わかっ、たから、あきら…っ」



酸素を取り込もうと必死に喘ぐ胸。ぐったりとベッドへと横たわる俺に甘えるように彬が擦り寄ってくる。そのままぷちぷちとワイシャツのボタンを外され、なんの痕も残っていない綺麗な上半身が晒された。すぐに這わされる舌。熱いその感触にぞくりと背中を震わす。火照った肌を強く吸われ、びりっと甘く愛しい痛みが走った。
わかってる。俺だって、まっさらになってしまった自分の姿を鏡で見る度に苦しかった。所有印が消えていくのが苦しかったのは、俺も同じだけれど。



「ちょっ、んっ、彬まって、」
「んっ、俊…」
「やっ、あき、待てって」



俺だって、俺だって早く彬に触りたい。
三週間、だ。家の厄介な仕事が入ったと言って彬が消えてから、三週間。三週間ぶりの、彬。
会えない間は狂おしく切なくて。刻まれていた所有印が消えていくのは、時間が形となって主張してきているかのようで。音沙汰なく過ぎていく日々に、気が狂いそうなほど心配で。
お前がいない空間では、呼吸のしかたを忘れたかのように苦しかった。

だから、俺だってお前が欲しいのは同じなんだ。やっと上手く呼吸ができる。お前がいて初めて、俺は生きようと思える。お前の存在が、俺の存在意義だから。その実感がほしくて堪らない。お前を感じたくて、堪らないんだ。
だけど―――いや、だからこそ、その前に。



「彬!嫌だって!」
「っ、いい加減おとなしく…」
「だって血が、お前、血の臭いが…!」



彬の腕を握り締め、わけもなく喉の奥が焼けるように熱くなって歯を食い縛った。馬鹿みたいに泣き喚きたいような衝動を抑え込み、喘ぐように言葉を紡ぐ。宝石のように綺麗な真っ黒な瞳が、はたと俺を見つめる。
どうして自分の感情がこんなにも昂っているのかわからない。心配だったから?怪我してるのが怖いから?不安だから?
彬が大怪我なんて、そんなへまをやらかすわけないのはわかっているのに。それでも、内側から込み上げてくる、わけのわからない激情。



「ああ、ごめん…シャワー浴びてきたんだけど、まだ残ってたか」
「違う、違うそうじゃない」
「俊?」
「お前の、血の臭いが…っ」



泣きそうなのとも違う、この感覚。すん、と自分のスーツの臭いを嗅ぐ彬に微かに首を振る。震える手でぎちりと握った腕。
声まで震えそうになるのを堪えながら絞り出した言葉に、けれど彬は、驚くほど綺麗に笑って。



「ああ、こっちか…」
「っ、」
「たまたま相手が持ってたものにぶつかってね、切れたんだ」



ばさりと彬の肩から落ちるジャケット。剥ぎ取るように脱ぎ捨てられたシャツの下に隠れていた、綺麗な体。
その肩に残った一本の筋のような傷痕に―――視界が、明滅した。



「ははっ、すげぇエロい、その顔」
「あき、彬、それ…っ」
「いいぜ…上書きしろよ、俊」



べろりと唇を舐め上げて、獰猛な色気を撒き散らしながら彬が笑う。びりびりと背中が痺れる。本能に突き上げられるがまま、その首へと腕を絡ませた。
この激情は、悲しさだとか、切なさだとか、愛しさだとか、そんな複雑なものじゃない。
これはただの―――純粋すぎる、独占欲。

躊躇なく、その白い肩へと歯を突き立てた。



「っ、」



まだ柔かった傷から口内へと広がる鉄の味。
目眩がするほどの満足感と高揚感。
堪らないというように、髪をぐしゃりと掻き回される。



「はっ、もっと…もっと、おいで」



耳元で吹き込まれた掠れた声。
誘われるがままに顎へと力を込め―――ぶつりと、皮膚の裂ける感触がした。






***






「ん、ん"ーーーーッ」



真っ白になった思考。上り詰めた意識が落ちてきた瞬間にビククッと体が不自然に痙攣する。
がくりと力の抜けた体は、それでも勝手にひくひくと微かな痙攣を繰り返す。食い縛っている口からとろりと唾液が溢れた。



「はっ、はあっ、俊…っ」
「ひ、あ…」



中からずるりと引き抜かれた逸物。その刺激だけで体に甘い痺れが走り、喉が震えた。くたりと力の入らない体を今度は仰向けにされ、汗を滲ませる真剣な顔と向かい合わされる。美形は真剣な顔をすると怖いくらいに美しい。熱に浮かされた頭でその迫力に見惚れていると、それに気づいたのか彬がふっと表情を崩した。
瞬間、ずんっと中に熱く猛ったモノが押し入ってくる。何度も中に出された残留物の滑りを借りて一気に貫かれ、スパークする視界。



「―――…ッ!」
「ははっ、ナカすげ、気持ちいっ?」
「ひぐっ、あ、ん"、んん"ーーーッ!」



乱暴に揺すられて、抉られ過ぎて敏感になった内壁をごりごりと擦りながら出入りするモノ。すべてを溶かしにかかるキツすぎる快感にぼろぼろと涙が溢れる。申し訳程度に応急処置された彬の肩の包帯が首筋に擦れて、過敏になった体はそらだけでぞくりと肩を震わせた。シーツを握り締め、その快感を少しでも逃そうと背が勝手に反り返る。しかし覆い被さる彬の汗の臭いだけでもぞくぞくとクる体には、そんなこと気休めにもなってくれない。



「ひッ、んッ、ッ、ッ!」
「は、はっ、俊…っ」
「やっ、ひ、いあ"……っ!」



再び視界が白んでいく。もう何度目かもわからない。今わかるのは、また上り詰めていっているということだけ。逃しようのないえげつないまでのそれに、ぐりぐりと頭をシーツへと押し付ける。はくっと声もなく胸が喘いだ。
このまま溶けて、彬と一つになってしまえればいいのに。



「はっ、あき、あきらっ、あ、」
「しゅん…っ!」
「―――ッ!」



がちり、鎖骨に歯を立てられた瞬間、真っ白になった。同時に体内に広がった熱い飛沫に体が大袈裟に痙攣する。
視界に入るのは天井と、がくりと俺に覆い被さり荒く呼吸する彬の艶やかな黒髪。感じるのは耳元の彬の熱い息遣いに、どくどくとうるさい自分の心臓。
この瞬間が好きだった。世界が俺と彬だけの、この瞬間が。ただ無性に幸せだった。涙が出そうだった。



「はっ、あ、しゅん…」
「ん、はあっ」
「はっ、薄いな…」
「ふ、はっ、あきら…?」



ゆらりと起き上がった彬は、俺の腹の上の精液を見てくつりと笑った。凹んだ腹筋に上手いこと溜まったそれは、散々出し尽くしたせいで確かに薄い。掬おうとする彬の手が腹筋を押さえて中まで少し圧迫され、その微細な刺激にふるりと震える。



「んっ、」
「あー…やば、止まんない」
「ちょっ、なにし…っ」



彬の白く長く、しかし決して華奢ではない節くれ立った綺麗な手が掬い上げた精液。手と手の間からつーっと零れる薄くなったそれは、行為の激しさを表しているようで酷く卑猥で。そこにこれまた綺麗な唇が近づいたかと思うと―――そのまま勢いよく、じゅるりと吸い上げた。



「な―――…っ」
「っん、」



見開かれた俺の目に映る、こくりと上下する喉仏。すべて飲み下した彬は、満足げにべろりと唇を舐め上げた。うっすらと白濁を纏う真っ赤な舌に、ぞくりと言い知れぬ興奮が体を駆ける。



「はっ…ダメだ、足りない」
「っ、も、あきら…っ」



これ以上は無理だと訴えようとした瞳は、濡れて淫靡な光を灯す、真っ黒な瞳に捕まって。逸らすことの出来ないそれ。それはそれは、綺麗に笑って。



「大丈夫―――…三週間分、愛してあげる」



耳元で囁かれた言葉。
たったそれだけで、一瞬で燃え上がる体。蕩けだす思考。

―――愛される準備は、出来ている。






*end*




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