ブルーベリーにはちみつを | ナノ

ハイエナに要注意
 次の日も先輩は変わらず、いつも通りに明るく接してくれた。それをありがたく思いながらほっとしている私がいて、そんな自分が本当に嫌いだ。
 そんな人じゃないとわかっていても、期待して裏切られるのが怖かった。もうこれ以上何も失いたくなかった。バレーをなくして、先輩までを失ってしまったらと考えると、足をつける地面が崩れるような怖さだった。

…と、思っていたのに。

「入学式の時からいいなと思っててさぁ…名前なんていうの?」
「…百合草です」
「百合草何ちゃん?」

 ああ、そこからなんだ。そうでしょうね、…私も貴方の事まったく知らないもの。…部活へ向かう途中にわざわざ腕掴んで引き止めるから何かと思えばただのナンパですか。そうですか。渡り廊下の途中の裏庭に引っ張られて大迷惑だ。体育館はすぐそこだ。部員に見つかったらどうしてくれる。
 あんまりしつこく名前を聞いてくるので渋々答えると「かわいい名前だね」というナンパの模範解答100点の感想が返ってきた。お約束すぎて笑ってしまいそうになった。

「彼氏いるの?」
「いません」

 ちょっと待ってその前に、貴方はどちら様でしょうか。私の警戒心剥き出しの視線に気付いたのか、日焼けした茶髪の男はバスケ部の古賀と名乗った。うん、やっぱり見た事もきいた事もなかった。それよりも腕が痛いからその手を放して欲しいのですが。

「じゃあ、試しに俺と付き合わない?」

 突然のセリフに、私はぽかんとしてしまった。喋った事もない人間にいきなり付き合おうってすごい人だなぁ。チャラそうだなぁ。自分に自信満々って感じだもんなぁ。学校で女をひっかけてないでそんなことよりも早く部活へ行け。学生の本分を全うしろ。バスケをしろバスケを。

「ごめんなさい」

 私は浮かべた愛想笑いのままに、腕を振り払ってから綺麗に斜め45度にお辞儀した。一言一句丁寧に伝えた私は本当になんて心が広いんだ。正直に言わせてもらえばあなたはまったく好みじゃない。私の好みは泣きぼくろの似合う、爽やか綺麗系ですらりとした優しい人です。むしろその人しか眼中にないのでごめんなさい。

「ぶっほぉおお!!何お前、男に告られてんの!?ひゃっひゃっひゃ!!」
「なんだよ断るのかよ勿体ないだろ付き合えよ!!」

 …ああとんでもなくいやなやつに見つかってしまった。見なくてもその声ですぐわかる。…バレー部の同級生、田中と西谷だ。部活内で煩いやつナンバーワンとツーだ。最悪だ。尾ひれつけて言いふらされる。噂流される。どうしよう。

「なんだテメェら」
「あ?テメェとはなんだコラ」
「ちょっとやめなさい田中!」

 慌ててバスケ男に詰め寄ろうとする田中の服を引っ張って止める。コラは私の台詞だ!何勝手に喧嘩おっぱじめてるんだコラ!あんたこの間もサッカー部に喧嘩売って主将に怒られてたでしょうが!少しは学習しろ!!

「いいぞーやれやれ!」
「西谷も煽ってないで止めてよ!」
「えーいいだろ別に!勝てば!」
「まったくよくないわ阿呆!」

 なんでこいつらは世の中の人間ほぼ敵みたいな態度なのか。バカなのか。バカだった。まだたった2週間ぐらいの付き合いだけどよく知ってた。同級生のバカコンビに泣きたくなっていたら、ふと背後から気配を感じて影が差した。

「ちース…何?喧嘩?」


 日射しを遮るものを見上げれば、何故か髪を解いた状態の旭さんが立っていた。背の高い旭さんに至近距離で見下ろされるとすごい迫力。しかも髪が顔にかかってる。旭さんそれ怖いです。バスケ部の彼も背が高いと思ったけど旭さんの比じゃない。そもそものガタイがぜんぜん違う。ひょろ長のバスケ男と違って旭さんは全体的におっきい。

「旭さん!お疲れ様です!」
「じゃあ、俺行くね紫乃ちゃん」

 おお、旭さんの迫力にビビったバスケ男が退散していった。旭さんすごい、さすがです。助かりましたありがとうございます。なんという救世主が現れてくださった。まずはとりあえず拝ませてください。

「へっ!この俺様の素晴らしい睨みにビビりやがったな!」
「違うからね田中」
「あいつバスケ部のチャラ男だよな?俺らと同じ学年の」

 バスケ男の背中を眺めながら、西谷がそう思い出したように問う。彼女3人いるらしいからお前で4人目かと笑う姿がもう殴りたい。私は今確かにお断りしました。

「今、俺を見て逃げてったよな……髪縛るゴム切れちゃったんだよ…」
「旭さん大丈夫です追い払ってくださってありがとうございます」

 偶然出会った旭さんのおかげで危機が去った。落ち込んで大きな背中をがっくり落としている旭さんには見られてなかったみたいだから大丈夫だとして、あとはどう煩い二人に口止めするかだ。幸いにもさっきまで調理実習だった今日の私は最強だ。餌がある。焼きたてクッキーがある。先輩にあげようと思ってたけど背に腹は変えらえない。この問題児二人に尾ヒレどころか背ビレ胸ビレ付けて言いふらされるよりはマシだ。こいつらなら絶対に私を笑いのネタにするだろう。間違いない。そんな事をコンマ一秒で考えていたら、旭さんの影から孝支先輩がひょっこりと顔を覗かせた。

「!!!」
「おース。こんなトコで固まってなにやってんの?」
「おおおおお疲れ様です先輩!」
「スガさん聞いてくださいよ今こいつ「田中ー!!!」
「バスケ部のチャラ男に告白されて青春真っ最中なんだよな?」
「っ!!!!!」
「…へー…紫乃が?」

 裏切られた。西谷に裏切られた。このチビもう許さない。絶対許さない。私の心労を返せ。よりにもよって一番知られたくない人に知られてしまったどころか、先輩に「え、紫乃が告白された?物好きだなソイツ」みたいな顔で笑われたので私はもう色々と死にたい。私だってそう思う。

「もう田中と西谷にはクッキーあげない…」
「なっ!?」
「おいそれとこれとは別だろ!?」

 ああやっぱり私のクラスが調理実習だって嗅ぎつけてたなこの野郎共め。絶対バレンタインにはそわそわしてるタイプとみた。どうせ他の女の子には貰えなくてあいつマネージャーだからついでに部員に配るだろう?ぐらいの軽い気持ちでいたに違いない。

「哀れな俺らにお前が恵んでくれなきゃ収穫ゼロなんだぞ!?」
「知らない。先輩、今日調理実習だったのでこれどーぞ。」
「え、いいのかよ紫乃」
「ええくれぐれもバレー部2年生だけで、食べてください」

 投げやりな気分で、綺麗にラッピングしたクッキーを先輩の手に押し付けた。ちなみにバレー部の2年生は先輩、旭さん、大地さんの3人だけだ。最初っから先輩にあげるつもりだったので問題ない。

「ま、待てよノヤっさん!あいつめちゃくちゃ料理下手かもしれねーだろ!」
「美味いかもしれねーだろ!」
「いいことを教えてあげよう田中君。西谷君。家庭科は私の得意科目です。このクッキーの評価は10点満点でした。」

 父は単身赴任、母は看護師だ。鍵っ子の生活力舐めんな。ちなみに得意なのは洋食と焼き菓子だ。昔から先輩にあげたくてめちゃくちゃお菓子は練習してました。おいしくなければ先輩にあげてないに決まってる。

「中でもきなこがプロテイン、バニラがカルシウム強化の力作です。ココアも砂糖控えてますが全部味は家庭科の先生が保証してくれましたので安心してください」

 田中と西谷の嫌がらせを含めて満面の笑みで先輩に教えてあげる。入れる材料も工夫したいと先生に申し出たら喜んでOKしてくれたいい先生だ。
 ああ、先輩にどう言って渡そうか悩んでた自分が嘘のようだ。一体数分前までのかわいい自分はなんだったのだろう。

「あ、旭さんこれ使ってください。そのままだと部活やりづらいですよね」
「おお…流石女子…」

 ついでに思い出して、スカートのポケットに入ってたヘアゴムを旭さんに差し出す。髪を纏めようと苦戦してる旭さんに、背後に回って作業を代わり、髪を括った。手櫛で梳いて捻って纏めただけだけどなかなか綺麗にできた。

「ありがとう」
「いえさっきのお礼です」

 まだ先輩に笑われたショックから立ち直れない私は、「じゃあまた後で」と挨拶もそこそこにとぼとぼと更衣室へ向かった。ああなんだか思い返すととっても泣きたい。あんなにクッキー頑張ったのに。















「…旭にはクッキーやらねー」
「なんでだよ!?今2年生で食えって言ってたよな!?」
「スガさん余りは…!」
「余りは俺らに…!!」

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