ブルーベリーにはちみつを | ナノ

憧れの高校生活は楽しい
「百合草紫乃です。今日からよろしくお願いします!」

 入学早々、先輩目的でこっそり覗いたつもりの体育館で、マネージャーの潔子さんに入部希望と間違えられてしまった。第二体育館は小さいから、男子バレー部しか使ってないらしい。私はこれ幸いに、男子バレー部のマネージャーになる事を決めた。それが先輩の側にいたいからなのか、バレーへの未練だったのかは自分でもわからない。多分きっと両方だった。

「この足なのでもうプレーはできませんが、バレーが大好きで、少しでもバレーに関わりたくて入部しました」

 部員全員との初顔合わせで、装具を付けた状態の足は様々な視線を集めた。哀れまれるのも鬱陶しくて、努めて明るく振る舞った。皆気のいい人ばかりだったのがありがたかった。複雑な表情をした先輩と目があって、私は笑顔で手を振った。今日からはほぼ毎日部活で顔を合わせられると思うと、嬉しくて仕方ない。

「紫乃!」

 主将の掛け声で皆ランニングに出ていく中、先輩が私に駆け寄ってくる。久しぶりに近くで見た先輩は身長が伸びていて、少し見上げる視線が嬉しい。小学校までは私より小さかった先輩に、いつの間にか身長を抜かされてしまった。こうしてちゃんと面と向かって話すのは、いつぶりだろう。

「諦めきれなくて入っちゃいました、バレー部。それにしてもやっぱり高校生の身長や体格は迫力ありますね!もう練習とか試合とか見るのが楽しみで、うずうずわくわくしちゃいます ね。先輩のプレーも見えるので嬉しいです!やっぱり烏野にしてよかったな」

 ああ、きちんと挨拶からしなければいけなかった。勝手に口からするすると、会ったら話そうと思っていた言葉が次から次に出ていた。緊張している事に気付いただろうか。私の足を見て痛みを堪える瞳に、ただ申し訳なくなる。

「バレー部の方でも、これから宜しくお願いします」
「……っ」

 ああそうだ、私が先輩に言えなかったのは先輩のこの顔が見たくなかったからだ。やさしいやさしい先輩のことだから、きっと一番痛んでくれる。それが何より辛かった。何よりそれが先輩だから。先輩も、声をかけたもののどう話しかければいいのかわからないようだった。

「…先輩、皆に置いてかれちゃいますよ?」

 気まずい空気を振り払うように、笑顔で皆が出て行った方を指差す。先輩が来るのを待っているのか、私たちのやりとりに興味津々なのか、数人が隠れるようにこちらを伺い見ていた。力なく返事をした先輩に私も踵を返し、

「…紫乃、今日一緒に帰ろう」

 にわかには信じがたい言葉に慌てて振り返った。

「えっ…え、えぇ?」
「え?」
「いいんですか…?」
「いいも何も、どうせ帰り道一緒なのに別々で帰る方が不自然だろ?」
「えっだって、その………か、彼女さん…っとか!」

 思わず、ずっと聞きたくて聞けなかった疑問が力一杯飛び出してしまった。ついつい力の入った拳に、しまったと口を噤んでも、もう飛び出してしまったそれは戻って来ない。

「……に、悪い、…かなぁ…と…」

 今更ものすごく動揺している自分に気づいて、段々と恥ずかしくなってくる。顔が熱くなってくると同時に言葉が尻窄みになってしまった。握りしめた拳を緩めて背後に隠した。

「彼女?いないよ」
「えっ…モデルみたいな彼女いるって、…ききましたよ…?」
「本当にいないってば。誰だそんな噂流したヤツ…」

 俺が侘しい学校生活と、ひたすらバレーしかしてないのは紫乃もよくわかってんだろ?
 そう苦く笑う表情に、ああ先輩はいつも通りで、全然変わってないんだと少し安心した。
 こんなにあっさり答えてもらえるんだったら、もっと早くに聞いておけばよかった。勇気がなくてうじうじしていた自分を恨みたい。でもきっと彼女がいると言われていたらそれはそれで落ち込んでいたんだろうなとも思う。

「そういう紫乃は、」
「いませんいません」

 先輩一筋です!と本人に言えたら本当にいいのに。ちなみに友達との約束もありません。と付け足す。悲しいことに唯一の部の同性、潔子さんは家がまったくの逆方向らしい。

「おいスガー!!」
「うるせー今行くー!」
「じゃあまた帰りに!」
「おー着替えたら門で待ち合わせな」
「はい!」

 先輩を呼ぶ声に話を切り上げて、私も仕事をせねばと体育用具室へ向かう。会話を思い出すたびに、跳ね回って喜びたいのを抑える。きっとにやにやしてしまったのは抑えきれなかった。久しぶりに姿を見れたことや話せたことも私にとっては奇跡なのに、なんと先輩と一緒に帰れる。 しかも先輩に彼女はいなかった。それだけで私はいつもより2倍も3倍も頑張れる気がした。
 クールビューティーな部のマドンナ、潔子さんについて回って仕事を教えてもらいながら、つい先輩の姿を探してしまう。バレーをしている先輩はやっぱりものすごくカッコよかった。真面目な瞳。先輩の上げたトスが綺麗に入って、張り詰めた表情がほころぶ瞬間。汗を拭う仕草。それぞれ一人ずつ丁寧に何かを伝えているその笑顔。それをずっと見ていたいような、早く終わって先輩と話したいような。でもマネージャーとして、きちんとやることはやらなければ。ずっと見ていられないのは寂しいけれど、その時折見える先輩の姿が何よりも嬉しく、励みになった。
…掛け声、声援、歓声や怒声、ボールの弾む音、忙しないシューズの音。背後で感じるそれらを、少し切なく噛み締めながら。











「お、」
「おぉ」
「…こいつらがお前紹介しろって」
「おおおおお疲れ様です!」

 短いようで長い部活の後、向かった先には他の部員の方も待っていらっしゃった。ちょっとがっかりしたのとほっとしたのと混ざり合っていて不思議な気分だ。おっきな二人が先輩と三人で立っているとなんだか迫力がある。確か先輩と一緒に練習していた二年生だ。

「こっちが大地で、こっちが旭」
「お、あっ…百合草紫乃です!よろしくお願いします」
「よろしく」
「スガの幼馴染なんだって?」
「はい、小さい頃から遊んでもらってました」

 流石先輩と一緒にいるひとだなと思った。見た目は迫力あるけど話すと優しい。ついさっきまで見た目は小さいのに煩い西谷と、見た目も中身も煩い田中を見ているのでなおさらだった。上級生の貫禄というやつだろうか。改めて、一年の差というのを感じた。…でも西谷と田中が来年こうなる姿は一切想像できないけれど。

「あ、悪い紫乃、歩くの早かったか。足痛くないか?」
「大丈夫です私こそちんたらすみません!」
「ゆっくりでいいから」
「転ぶなよ」
「気をつけます」

 歩き出した先輩に慌ててついていくと、私に気づいた先輩がすぐに振り返ってくれる。さりげなく道路側に回って私の隣を歩く先輩は紳士だ。ありがたいのと申し訳ないのと、あと少し恥ずかしくて緊張する。後ろの大地さん旭さんも歩調を合わせてくれていてもう皆やさしすぎる。上級生の包容力すごい。感動した。隣や後ろに立ってくれてるだけでこの安心感、すごい。

「あの…」
「ん?」
「練習の時の、皆さんの連携プレーすごかったです!」

 まるで憧れのプロ選手が目の前にいるような興奮で、私はついそう口に出してしまった。高校生の男子バレーを生ではじめて見た迫力は、とにかくすごいの一言だった。

「大地さんのレシーブ、先輩のトス、旭さんのスパイク、全部息がぴったりでフォームが本当に綺麗で、流れるようでいて…なのにとても力強くて勢いと迫力があってすごく感動しました!」

きっと高校生だからというわけでなくて、この三人のそれぞれのレベルが高いのだ。その三人が今まで幾度となく共に積み重ねてきた経験が、信頼関係が、あの素晴らしい連携を作ってきたのだと思うと、私の知らない先輩の一面を知れて嬉しかった。

「巡り合わせというのか…そういうの、すごいですよね。今までのそれぞれの経験とか、練習とか、試合とか。一緒に築き上げてきたものとか。誰かひとり、どれかひとつが欠けても今の完璧なプレーはないんですもんね。改めてたくさん勉強になりました」

 私に語彙がなくてこの興奮をうまく伝えられないのが悔しい。さっきからすごいばっかり言ってるのは自覚している。もっと国語の勉強をしようと心に決めた。そしてつい言葉を探していたら喋りすぎてしまった。

「いい子だなぁ百合草」
「うんうん」
「だべ?」

 しみじみとつぶやいた旭さんと大地さん。それになぜか誇らしげな先輩。一人で喋り過ぎてしまったという不安は、それぞれ嬉しそうに笑っていたので心配しなくてもよかったようだ。ほっと胸を撫で下ろす。話が長いとか煩いとかクサいとか思っているらしき表情は見当たらなくてよかった。しかもお褒めの言葉?をいただいてしまった。これはちょっと、というよりめちゃくちゃ嬉しい。上級生の包容力すごい(2回目)

「百合草、中華まん食べるか?」
「!!」
「あそこの、肉まん美味いんだよ」
「いただきます!」

 坂ノ下商店、と看板の掲げられたお店に大地さんが入っていく。こういうの、なんだかすごく高校生っぽくて楽しい。隣には先輩がいてすごく嬉しい。暫くして戻って来た大地さんにお金を渡そうと鞄をがさごそしていたら、すっと紙袋を差し出された。

「やさしい先輩がかわいい後輩に奢ってあげよう」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
「餌付けだ餌付け。紫乃気をつけろよ?」
「大地にお菓子もらってもふらふらついて行かないようにな」
「人を誘拐犯扱いとは聞き捨てならないな」
「でも旭の方が犯人ヅラしてるよな!」
「なんだよ犯人って!」

 湧き上がる笑いに和みながら、それでも皆に奢ってあげてる大地さんはいい人じゃなくて、めちゃくちゃいい人だ。どうやら旭さんはいじ…愛されキャラのようだ。一番大きな体をしてるのに、一番気が小さいのだそう。先輩はなんとなく、やっぱり同級生といるからか年相応に見えた。三人が仲良く談笑する姿はなんだか微笑ましい。

「大地さんいただきます!」
「どうぞ」

 あつあつのうちにかぶり付いた生地はふわふわもちもちで、中の餡はしっとりとしていて口にいれるととろとろで、たしかにこれはすっごくおいしい。部活初日から酷使した体に染み渡る。

「……美味…」
「部活後の食い物ってこう…身体に入ってく、染み込んでく感じするよな」

 口いっぱいに頬張りすぎた私は先輩の言葉にこくこくと何度も頷いた。おいしいものならなおさらだ。まだ入学したてだけど高校生活楽しい。学校後の買い食いとか、先輩におごってもらうとか、後輩に奢ってあげるとか、こういうのすごく憧れだった。幸せすぎる自分が怖い。

「じゃあ俺らこっちだから」
「また明日」
「おー」
「!!っお疲れ様でした!」

 先輩の背中を両側からばしりと叩いて、大地さん旭さんは颯爽と去っていった。なんとなくその行動にやっぱり三人は仲がいいんだなぁと再確認する。通じ合ってる、そんな気がする。いつか私にもやってもらえるぐらい仲良くなれるだろうか。…でもちょっと先輩が痛そうだからやっぱり遠慮しておこう。ご馳走様です!お疲れさまでした!再度お礼を言って手を振った。…先輩にお辞儀じゃなくて、手を振ってよかったのだろうか。ちらっと不安に思ったけれど、二人は笑顔で振り返してくれたので、お二人にはいいという事にしておこう。





(スガさんのモデルの彼女の噂は紫乃本人の事だったりします)

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