Carpe diem | ナノ
03:まだ、さよならが言えない




「…おい、動くな」
「ありがと大丈夫」
「どこがだ」

 リヴァイの立体起動で壁の上へと下り立ったものの、自分で身体を支えられず崩れるように膝をついてしまった。こんな事している場合じゃない。ダークを引き上げるリフトを用意してもらわなきゃ。たかが馬一頭相手では壁外へ続く門は開けてもらえないのだから。


「きこえねぇのか、動くな」


 立ち上がろうとしたら有無を言わない力で肩を抑え込まれて、ふらつく身体はその場にべたんと尻餅をついた。だらだらと血を流し続けていた足をリヴァイが布で縛り上げる。


「他に出血は」


 あの、あのリヴァイがこんなに私に優しいだなんて。今夜は雪か霙が降らないだろうか。でも私を気にかけてくれるなら私の馬も気にかけてもらえないだろうか。彼は怪我をしていたのに私を乗せて長い距離を移動していたのだ。彼の足の方が心配だ。


「アイナ!アイナー!!」


 大声をあげてこちらに駆け寄ってくる人達の先頭の顔を見つけて、座り込んだまま手を振った。猛ダッシュで辿り着いた親友は勢いよく私に抱き着いて来て、強い抱擁にさっきリヴァイのマントで汚れを拭った手をその背に添えた。


「…ハンジ、」
「本当に生きてる!?幽霊じゃないんだね!?身体は無事か!?」


 錯乱してるのか、今にも死にそうに見えたのか、そんなに大声で叫ばなくても大丈夫だよ。


「五体満足だよ」
「なんてこった!君は超人か!!」
「ふっ…いっ、…」


 手足も指の先も欠けてはいないけど巨人の歯型はいっぱいついてるかもしれない。笑うとまたお腹と胸の傷が痛んで、悶絶する羽目になった。笑った拍子にごほごほと血が混じった咳が出て、笑いたくてももう笑う元気と体力がなかった。


「私の馬、は?」


 そうだ、こんな事してる場合じゃない。早くダークを迎えに行かなきゃ。ダークの怪我を一刻も早く診てもらわなきゃ。ひとりでさみしくないだろうか。寒くないだろうか。


「」


 立ち上がりたいのに、それどころかハンジに預けた体重を持ち上げる事すらできない。あたたかい肩に乗せた頭すら離れるのを拒んでいるようだった。


「アイナ…?」


 人の体温が心地よくて、安心してしまったのだろうか。身体だけではなく、瞼がとても重かった。このまま目を閉じたら気持ちよく眠れそうだ。


「しっかりしろ」


 リヴァイ、私は大丈夫だから、ちょっと眠いだけだから。ダークをお願い。貴方なら朝飯前でしょう。一緒に戦った相棒をもう、失いたくない。ひとりにさせたくない。


「担架は…っ担架はまだか!!」


 泣きそうな顔をしないでよ、ハンジ。折角ちゃんと私は生きて帰ってきたんだから。こんなに私が生きてる事を喜んでくれる人がいてくれてよかった。生きて帰って来て良かった。


 身体の重さとだるさに抗っていたつもりなのに、気付けば私の意識は狭まる視界と一緒に黒く塗りつぶされていた。










 + + + + + + + + + +










 夢をみていた。
 夢を夢だと私はわかっていて、それでも覚めないでほしいとただ願った。
 身体の感覚がない。立っている筈の地面の感触も、呼吸をしている筈の空気も。意識も。感情も。
 全てが白くおぼろげだった。


 視線を上げた先に同期の彼がいた。


   どうしたアイナ!情けねぇ顔してんじゃねぇぞ


 唇が動いて、私を呆れたように見るその視線がふと笑顔を作る。
 声が聞こえないのに、どうしてか彼の言った言葉が分かった。


   アイナ先輩、俺の娘もう歩けるようになったんですよ


 駆け寄ろうとしてふと、脇に立つ家族思いの彼を振り返った。
 いつものように、家族の事を思うと締まりのない顔をする。


   アイナさん!きいてください俺また同期の中で成績1番でした!!


 その反対から現れて、嬉しそうにガッツポーズを取る彼を見た。
 キラキラと輝くその瞳は、いつも希望に溢れていた。


   アイナ班長、新しい曲を覚えたので聴いてもらえませんか


 背後からの気配に振り向けば、音楽好きの彼がいた。
 いつも少し照れくさそうに、ギターを抱いた彼は微笑んだ。


 皆が皆、元気だったころのままの姿で笑っていた。
 その笑顔たちに笑い返して、すぐに表情が歪んでしまう。
 どうして私は、みんなが笑っている方がこんなに哀しいのだろう。
 耐え切れずに俯く私から、次から次に涙が零れ落ちてく。
 漏らしてるはずの嗚咽がきこえない。
 はらはらと音もなく滴るそれは雨ではなく雪のようだ。


 頭を撫でる手がある。
 背を叩く手がある。
 肩に添えられた手がある。
 涙を拭う手がある。


 ありがとうと言いたいのに、声を出したら終わってしまう。
 もっと情けない私を叱ってほしかった。
 もっと大切な家族の自慢話をしてほしかった。
 もっと明るい未来を語ってほしかった。
 もっと心癒す音楽を奏でてほしかった。

 大好きだよ。
 とてもとても楽しかったよ。
 もっと一緒に生きたかった。


 皆は笑っているのに。
 大丈夫だと教えてくれているのに。
 もう苦しんでいなくてよかったのに。
 楽になったのならよかったのに。

 なのに、その手には温度がなかった。
 それがとてもとても、かなしい。


 これは夢だ。
 もう叶わない、私の夢だ。


back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -