06 「なんかもう、姉さんがいつもいつもお世話になってしまってすみません。本当にありがとうございます」 そう言って、申し訳なさそうに頭を下げたのは、金色を纏った好青年だった。 柔らかな物腰に整った顔立ちの、黙っていても人目を引くタイプの彼は、背はロイと同じか少し高いくらいで、適度に鍛えられた体躯は軍人達の中にいても決して見劣りしない。 「なんだよ、アル。まるで俺がみんなに迷惑かけてるみたいじゃねーか」 「実際かけてるんだよ。少しは自覚してよね」 「ちょっと待てよ。俺が、いつ、誰に、迷惑かけたって?」 「ほらほら、姉さん。せっかく姉さんの成人祝いをしてもらってるんだから、騒がないの」 「むぅ……」 ロイがエドワードの成人祝いにと選んだ店は、マスタング組御用達の田舎料理の店だった。 エドワードも何度かロイに連れられて来た事があるが、この店の素朴な雰囲気と家庭的なシチューはエドワードのお気に入りでもある。 身体を取り戻したらアルフォンスにも食べさせたいと思っていたエドワードに、ロイのこの心遣いは嬉しいものだった。 1杯だけ許された果実酒のソーダ割りを舐めながら、エドワードはふわふわと心地よい感覚に身を任せつつ幸せを噛みしめる。 まさかこんな付き合いが続くとは思ってなかっただけに嬉しさは一入だ。 「それにしても……こうやって見ると、綺麗な姉弟だよなぁ」 「はあ?」 「そうですか?」 ハボックの呟きにそれぞれ首を傾げながら、エドワードとアルフォンスは顔を見合せた。 さすが姉弟というべきか、エドワードとアルフォンスはよく似ている。 元来の勝ち気さがはっきりと表情に表れているエドワードに対しアルフォンスは控えめな印象だが、目鼻立ちは整い、その身に纏う金色の色彩が清廉さを際立たせていて、並んで着席した2人を見た店の主人が「まるで宗教画のようだ」と評したのには、皆思わず頷いたくらいだ。 「まぁ、姉さんの場合、喋ると台無しですけどね」 「台無しって何だよ?」 「そういうところだよ。…ったく、いい加減その言葉遣いなんとかしなよ」 「うっせぇなー…必要な時はちゃんと喋ってるよ!」 「もう…すぐそうやって開き直らないでよ」 テンポよく繰り出される言葉の応酬に、知らず皆の口元が綻ぶ。 今や美しく成長し、昔の姿からはかけ離れてしまった金色の子供達は、それでも、内面には昔と変わらないものを確かに持っていて、この2人はまさしく自分達のよく知るエルリック姉弟なのだと漸く腑に落ちたのだ。 「心配しなくても、鋼のはしっかりやっているよ?気難しい研究所の爺様達も、鋼のには一目置いているくらいだ」 アルフォンスを安心させるように言った言葉だったが、それも全て事実だ。 そもそもあの研究所の研究員の平均年齢が異様に高いのも、あの頑固爺達が若い研究員を認めないからで、エドワードは認められたからこそ追い出されもせず、気持ちよく仕事に励んでいるのだ。 「そうですか……とにかく人様に迷惑をかけてないなら良いんですけど」 「しかし、君も随分と心配性になったものだな?それではまるで父親か兄のようだ」 「だって、姉さんですよ?心配するなという方が無理ですって」 鎧姿の時には分かりにくかったが、こうして見るとアルフォンスも結構感情豊かだな、とロイは笑った。 エドワードが破天荒すぎて、どちらかというと自身を抑えがちな傾向にあったアルフォンスが、こうして感情を表すようになった事は好ましい事だと思う。 「分かってるってば!もう、アル煩い!」 「分かってないよ、姉さんは。…そうだ、ちょうど良いから少将にも聞いてもらおうよ。姉さんの暴走っぷりをさ」 「何をだよ……余計な事言うなよな!」 「余計な事じゃないよ。全部事実でしょ?…という訳で、少将聞いてくださいよ」 何やら会話の矛先がいきなり自分に向いた事にロイが驚いている暇を与えず、アルフォンスはここ最近のエドワードの行動について語り始めた。 どうやら相当言いたい事が溜まっていたらしい。 「大体、昔から人の話を聞かない人だったけど、今回も僕がちょっとした独り言で言った“医者になろうかな”の一言で、勝手に僕の進学先と自分の就職先を決めてきたんですよ、このバカ姉」 「……は?」 何やら聞き捨てならない事を聞いた、とロイは目を瞬かせた。 確かに、医者になりたいというアルフォンスを学校に入れる為だとエドワードは言った。 その助けをしたいのだ、と。 だがそれは、2人で相談して決めた事ではなかったのか。 「なんだよ、善は急げっつーだろ?」 「だからって、僕は姉さんを働かせて学校に行きたかった訳じゃないよ。なのに…!」 「良いじゃねーか別に。弟を養うのはねーちゃんの役目だ」 「だーかーらー……んもう、ちょっと少将もなんとか言ってやってくださいよ!」 「つまり……今回の件は、鋼のが1人で先走った結果、という事かい?」 「はい。そもそも僕、東部の学校に行こうと思ってたんですよ。学費も家賃も物価も安いし、バイト先も当てがあったので。なのに、姉さんったらセントラルの方が絶対良いって言い張って…」 初耳だ、とロイは愕然とする。 エドワードの口ぶりから、てっきり既に決定している事なのだろうと大して深く考えなかったのだ。 「だって、セントラル大学の方が設備も整ってるし、レベルが高いだろ…!」 「確かに高いよ、バイトする暇もないくらいね。でも、無理して途中で通えなくなったら元も子もないよね?」 「だから、俺がちゃんと稼いで…」 「だから、僕はそれが嫌だって言ってるんだろ?」 ロイが呆然としている間に、2人の会話は姉弟喧嘩の様相を呈してきた。 ある意味いつもの事だし、互いを思いやる気持ちからのものだが、せっかくの祝いの場で仲違いはよろしくない。 ロイは痛むこめかみを押さえながら、とりあえず口を挟む事にした。 「うっかりしていたな……私も鋼のの性格は熟知していたはずなのに……アルフォンスに確認するべきだった。すまない」 「いえ、少将には感謝してるんですよ!」 「しかし……私が就職口を世話しなければ…」 「考えてみてくださいよ。仮に少将に断られていたら、きっと自分でとんでもないところを探してきてましたよ」 「うーん……」 確かにそうだろうな、と納得出来てしまうから恐ろしい。 一体どんな星の下に生まれたのか、エドワードは昔からトラブルメーカーだったのだから。 「もう、こうなった以上は姉さんを頼るしかないので、少将にはご迷惑をかけてしまうかもしれませんが……」 「迷惑なんて事はないさ。私は君達の保護者のつもりだからね。君は学業に専念してくれ。私も出来る限りの援助をさせてもらおう」 ロイは穏やかな笑顔でアルフォンスに答えた。 端から放っておく気はなかったが、今まではエドワードが多くを語らなかった為に手助け出来る事は限られていたのだ。 だが、事情を聞いた以上は大手を振って援助出来る。 余計なお世話かもしれないと気を揉む事もない。 そう思えば何故か嬉しくなってきて、知らず頬が緩んでくる。 酒が回ってきたのかもしれない。 「……僕、姉さんがセントラルに拘った訳がなんとなく分かる気がします」 「……え?」 どういう意味かとアルフォンスの呟きに首を傾げる。 しかし、アルフォンスはふわりとどこか嬉しそうな微笑を浮かべるだけで、言葉の続きを口にするでもなく黙ってしまった。 それにもう一度首を傾げ、ロイが問おうと口を開いたと同時、 「……あ!姉さんったら寝ちゃってる!」 アルフォンスの声に振り向けば、たった1杯の果実酒のソーダ割りに酔っ払ったエドワードがテーブルに突っ伏して眠っていた。 すよすよと気持ち良さそうに眠る姿にアルフォンスも毒気が抜かれたようにため息を吐く。 「しょうがないなぁ……もう」 「これはまた……酒の席では見張ってなければいかんな」 「もうほんと、くれぐれもよろしくお願いします」 そう言ってうなだれたアルフォンスを宥めながら、ロイは苦笑を噛み殺した。 これではどちらが上か分からない。 アルフォンスの心配も無理はないだろう。 私も保護者を名乗る以上は気が抜けないな、とロイは密かに気合いを入れ直す。 先ほどアルフォンスが呟いた言葉の意味は、うやむやのまま改めて問われる事はなかった。 2010/11/13 拍手より移動 back |