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07

「あら、エドワードくん。今日もお使い?」
「こんにちは、ジュリエッタさん。借りてた資料の返却に来たんだけど、第一書庫の鍵貸してもらえるかな?」

昔とった杵柄というか、人脈というか……とにかく、エドワードは中央司令部に知り合いが多い。
受付嬢のジュリエッタは、今でも昔のようにエドワードと接してくれる1人だ。
既に軍属ではなくなっているので資料室や書庫は規定の手続きを踏まないと入室出来ないが、エドワードの場合それも形だけのものだし、ロイの執務室などは来客時でなければフリーパスだ。
如何に破格の扱いを受けているかは誰の目にも明らかだが、異を唱える者はいない。
だって、それは全てロイ・マスタング少将の意向だから。

「第一書庫なら、今マスタング少将がいらっしゃるから、今のうちに返却してきちゃえば?」
「ほんと?やった!手続きの手間が省けたぜ」

たった1枚の書類すら面倒だと憚りなく言ってしまうエドワードに、ジュリエッタは苦笑を漏らし、それから思い出したように駆けていこうとしたエドワードを呼び止めた。

「そうそう。いつものやつ届いてるけど、どうする?」

そう言ってエドワードの目の前に広げられたのは、何十通もの手紙の束。
所謂ラブレターなどと呼ばれるものだ。
さり気ないアプローチや遠回しなデートの誘いでは気付いてもらえないと思い知った連中は、直球勝負あるのみとばかりに愛の言葉をしたためた手紙を寄越すようになったのだ。

「また?…ったく、みんなしつこいなぁ……悪いけど、適当に返しといて?」
「やっぱりね。了解。…でもさ、実際のところ気になる人とかいないの?」
「気になる人?」
「わぁ…私もそれ聞きたいです!」

エドワードとジュリエッタの会話に周囲が耳を澄ます中、我慢ならないとばかりに食い付いてきたのは新人受付嬢のデビーだ。
大きな青い目を瞬かせ興味深そうにエドワードを見つめる彼女には、実は以前から聞きたかった事があったのだ。

「エルリックさんは……やっぱり、マスタング少将とお付き合いされてるんですか?」
「は?」
「こら、ちょっと……デビー!」

これに慌てたのはジュリエッタだ。
こんな誰が聞いてるとも知れない場所で、噂話程度とはいえ特定の上官の名前まで持ち出すなんて、と。
この手の話は、殊にこの軍部において足元を掬われる原因ともなりかねない。
仮に厳重に秘匿されているのであれば尚更だ。
もしもマスタング少将失脚を目論む者が耳にすれば、何らかの形でエドワードを利用しようと画策するだろう。
今だって先ほどから耳を澄ましていたと思われる軍人達(幸い興味本位のようだが)が、固唾を呑んでエドワードの返事を待っているのだ。
ジュリエッタには、この昔馴染みの可愛い友人が何らかの駆け引きの材料にされるかもしれないと思うだけで、激しい憤りを感じずにはいられないのに。

「え、と……なんでそんな話になってんのか分かんないんだけど……少将は俺の保護者、つーか…親?みたいなもんで……」

そう言って、エドワードは困ったように笑った。
付き合いの長いジュリエッタには、それが何よりの本心だと分かる。

「あら……そういうとこ、昔から変わんないのね」
「つーか、変わりようがないじゃん」

そう言って肩を竦めるエドワードは、もう少年のようななりをした子供ではなく、立派に成長した綺麗な娘だ。
久しぶりに再会した時にはあまりの変貌ぶりに驚いたものだが、中身があまりにも変わってなくて更に驚いた。
そして今、2人の関係が全く変わっていないという事実にもっと驚いた。
―――というか、がっかりした。

ずっと以前、ロイが中央に配属になった頃から2人を見てきたが、その頃2人の間にあったものは大切な家族を思う感情に似ていた。
互いの目に宿るのは常に親愛とも呼べる優しい色で、ロイは常に大人であり保護者で、エドワードは常に子供であり庇護されるべき存在だった。
そこに恋情を伴う激しい感情が存在したとは思えない。

だが、ジュリエッタには、まだ少年のようだった頃のエドワードとただの保護者だったロイに何某かの予感があったのだ。
いずれこの2人は唯一無二の素晴らしいパートナーになるのではないかと。






「……鋼の?」
「へ?……あ、少将来ちゃったじゃん!ジュリエッタさんの所為だぞ……手続き面倒臭いのに!」
「私だけの所為じゃないでしょう?…ほら、仕方ないんだから申請書書きなさいよ」

たかが書類1枚に名前を書くだけだというのに一体何がそこまで面倒なのか、エドワードは唇を尖らせて猛抗議する。
それをいなしながらジュリエッタが申請の用紙を取り出すと、しばらくその様子を不思議そうに眺めていたロイは、やがて事の次第が理解出来たのか小さく笑って、エドワードの手から資料の束を取り上げた。

「ハボック、お前この資料を第一書庫に返却してこい。終わったら鍵の返却も頼む」
「イエッサー」
「え?あ?」
「私はまだ鍵を返却していないからね。ついでだ」

キョトンとするエドワードに、ロイは対エドワード専用とも呼べる優しい笑顔を向けると、人目を憚る事なく優遇措置をとった。
これにはジュリエッタもデビーも呆気にとられるしかない。
だが、そんな周囲の微妙な空気をものともせず、ロイは懐から銀時計を取り出し時間を確認すると、エドワードに向き直って言う。

「さて、鋼の。君、時間はあるかね?」
「あ、うん。あの資料返却したら昼休憩……」
「なら、昼食を一緒に。中央通りに新しいデリが出来たらしいぞ」

ロイにはおそらく自覚はないのだろうが、女性なら皆うっとりするような微笑みでエドワードに語りかけるその姿は、見ている者を妙に恥ずかしい気持ちにさせる。
あまりの居たたまれなさに、ジュリエッタは思わず視線を逸らしたほどだ。
…エドワードはまるっきり平気な顔をしていたが。

「デリ……?」
「もちろん奢りだが?」
「行く」

即答したエドワードににっこり微笑むと、ロイはハボック・ジュリエッタ・デビーに「後はよろしく」と言い残し、颯爽と司令部を後にした。
昼食のメニューに思いを馳せるエドワードが階段を踏み外しそうになったのを捉まえ、無意識なのか手を繋いだまま歩いていく後ろ姿は見るからに微笑ましい。


―――微笑ましい、のだが。


「本当に昔と変わらないのねぇ……」
「あ〜…確かに俺もびっくりしたんスよ。なんつーか、ベタベタに甘いくせに、男女の関係を匂わせるものが全くないんスから」
「なんか微妙にがっかりしてるんだけど……私、おかしい?」
「いや、俺もなんでくっ付かねーのか不思議なんで。今の大将って、少将の好みのタイプど真ん中だと思うんスけどねー」

惜しみなく愛情を注ぎベタベタに甘やかして、まるでこの世の宝を愛でるような眼差しでエドワードを見ているロイと、その愛情を一身に受け、疑う事も知らぬとばかりに甘え懐くエドワード。
互いに好意を持っているのは間違いないのに、どうもその思いは上手く着地出来ずに迷走しているらしい。

「いつになったら自覚するのかしら」
「さぁ……というか、自覚する時は来るんですかね?」
「あんなにお似合いなのにぃー…」

残された3人は思い思いに呟くと、胸に何とも言えないモヤモヤ感を抱えたまま、遠くなる2人の背中を見送った。
一方、そんな心配をされているとは露とも知らない2人は、穏やかに笑い合いながらデリまでの道のりを歩いていった。



2010/11/22 拍手より移動

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