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04

これといった事件も事故も起こらない穏やかな日の、とある昼下がり。
まったりとした時間が流れる中、所謂マスタング組と呼ばれるロイ直属の部下達と、そのまた部下の皆さんが揃う司令室のドアが軽快な音を立ててノックされた。
普段ならざわざわと賑やかこの上ない部屋だが、生憎暇を持て余していて、誰もがそのノックの音をしっかりと耳にした。
何かあったのかと一斉に振り返り、そこに立つ光の具現化とも思える金色に輝く人物を目にして、一同は魂を抜かれたように口をあんぐりと開けて固まった。

ここは最高級ホテルのロビーではない。
ましてや三ツ星レストランでも御貴族様御用達の宝石店でもない。
軍部の、おまけにむさ苦しい下士官達が出入りする部屋だ。

なのに、目の前にいるのは、こんな場所には似つかわしくない極上の美人だったのだ。
艶やかな金色の髪は光を弾き、飴細工のような光沢を纏い背に流されている。
陶器のような白い肌が際立つ黒いスーツに身を包み、琥珀と見紛う大きな目をパチリと瞬かせ、赤く可憐な唇は微笑みの形に弧を描く―――


「え、と……少将、は…?」


だが、次の瞬間。
美人のその一言で、その場の皆さんのテンションがガタリと下がった。
「なんだよ、やっぱ少将かよ!」と誰かのやけっぱちな声まで聞こえる。
こんな、なかなかお目にかかれないと思われるとびきりの美人が、まさか自分如きに用があるとは端から思っていないが、だからといって頭脳明晰・容姿端麗・若手の出世頭の国軍将校(おまけに国家錬金術師)の上司のものだなんて、世の中不公平すぎる。
何かひとつくらい分けてくれたって罰は当たらないはずだ、と下士官達が嘆くのも無理はない。

「いないの?……あれ?ここだって言うから来たのに……」

どんよりと淀んだ空気の充満する部屋で、金色の美人だけは頓着する事なく何やら首を傾げてキョロキョロしている。
そんな仕草までもが愛らしいのだから反則だ。

だがしかし、困っている美人を放ってはおけない。
仮にも上司の客人なのだから、万に1つの粗相も許されないのだ。
もしかしたら上司の更に上官の娘か孫娘かもしれないし。
ほら、いつもの見合い相手とか……うん、そうだ、そうに違いない。

「あの…少将は執務室だと思いますんで……ご案内しましょうか?」

様々な内心の葛藤の末、現在この部屋で一応1番地位が上であるハボック(ブレダもいるが)が、この美人を上司に取り次ぐ役目を担うべく名乗り出た。
ちなみに先ほど心の叫びを披露した御人である。
些か緊張気味にドギマギと話しかけたハボックは、次の瞬間、自分を見つめ返していた美人に花も綻ぶような麗しい微笑みを向けられ、危うく昇天しかけた。
美人に微笑みかけられるなど、彼の人生において極稀な事である。
だが、美人の発した次の言葉に、ハボックは正気を取り戻したばかりか目を剥く羽目になった。

「ハボック少尉…じゃなかった…大尉、久しぶり!」

そう言って、にこりと親しげな笑みを向けられ、ハボックは下士官達からの鋭い視線を一身に浴び、驚愕に目を見開いた。

「え……あの、…どちら様で?」
「えぇー…忘れちゃったのか?…ハボック大尉の薄情者……」

いやいや、こんな綺麗な女性なら1度会ったら忘れないだろう。
こんな、蜜を溶かしたような艶やかな金色の髪と琥珀のような目を合わせ持つ極上の美人、そうそういるものではない。

「いや、あの……」
「俺だよ、俺!」

ぷぅ、と美人の頬が可愛らしく膨らむ。
元よりつり気味の金色の目が抗議するように真っ直ぐハボックを見据え、そのどこか拗ねたような表情は「あぁ、こんな綺麗で可愛い子が世の中に存在するんだなー」と見惚れていたハボックの記憶の琴線に触れた。
この表情……どこかで…―――

「……つーか、“俺”…?」

またもや記憶の琴線に触れるものがある。
自分を「俺」と呼ぶ女性は稀だろう…というか、そうそういない。
実際ハボックが知る中に自分を「俺」と呼ぶ女性など存在しな……―――いや、いた!
金髪金目の、チビで天才でとんでもねー悪ガキの…―――


「あぁ、鋼の。来ていたか」
「あ、少将!受付で“司令室に行け”って言われたからこっち来たのに、アンタいないし、酷くね?」
「いや、ハボック達が自分達にも鋼のに会わせろと煩いのでな、それでこっちに案内させたのだが」
「でも、ハボック大尉は俺ん事分かんないって言った!」
「そりゃ、仕方ないだろう。それだけ変われば別人だ」
「えぇー…んな変わってねーし」
「君は本当に自覚がないね」

放心状態のハボック始め部下の皆さんを放置して金色の美人と話し始めたロイは、くるりと周りを見回すと意地の悪い笑みを口元に浮かべた。
頭の上に疑問符を飛ばしている下士官達とは対照的に、古参の部下達は一斉に顔色を変える。

「まさか……」
「その“まさか”だよ。彼女は鋼の錬金術師エドワード・エルリックだ」
「あ、俺もう軍属じゃねーから、“元”鋼の錬金術師だけどな!」

ニカッと笑った顔は、確かに昔の面影がある…あるけれど。
エドワード・エルリックといえば、チビでガリガリで目付きが悪くて粗野で乱暴で男にしか見えない悪ガキで……こんな、細身なのに柔らかそうで綺麗な顔立ちに薄化粧しておまけに花のような良い匂いがして思わず抱きしめたくなるような……こんな―――

「詐欺だ……!」
「は?なんだよ、いきなり?」
「少将!俺、あれが大将だなんて信じられません!」
「仕方ないだろう…事実なのだから。認めろ」
「無理ッス!」

悶え苦しむハボックの後ろでロイの古参の部下達は、うんうん、と一様に頷いた。
何度この目で見ても、あれが鋼の錬金術師であったあのエドワードだとは思えない。
どうやら本人は至ってすんなり大人へと成長を遂げたらしいが、昔馴染みの人間にとっては昔の印象が強すぎて、上手く脳内で切り替えが出来ないのだ。
あまりにもあの頃の記憶が鮮明すぎて。

「なぁなぁ、俺、休憩時間なくなりそうなんだけど……」
「あぁ、今ホークアイ少佐がお茶の用意をしているから。執務室へ行こうか?」
「あ、うん」

部下達の慌てふためく姿に満足したように唇の端に笑みを浮かべたロイは、さっさとエドワードの背中を押して退室を促した。
その表情に、ロイの目的がエドワードと部下達との感動の再会などではなく、驚き慌てふためく部下達をからかう事だったのだと、付き合いの長い古参の部下達は理解した。


「ったく、あの人が1番質が悪ぃ」


後に残されたものは、腑抜けにさせられた部下達とエドワードの甘いフレグランスの匂いだけ。



2010/11/13 拍手より移動

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