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03

「ぬけがけしましたね?」
「は?」

朝、執務室に入るなり憤慨したように言い募ってきたホークアイに、ロイは首を傾げた。
ぬけがけとは、果たして一体何の話だろうか。

「昨夜、エドワードくんと食事に行ったそうですね」
「あ?…あぁ、確かに」
「ほら、ぬけがけじゃないですか」
「もしかして……君も一緒に行きたかったのかね?」
「はい、エドワードくんと。…少将は不要です」

はっきりと吐き捨てられ、ロイは僅かに肩を落とす。
以前同じような状況で女性に詰られた事があるが、その時は「他の女を誘うなんて酷い!私もマスタングさんと食事に行きたかったわ!」という女性からの可愛い嫉妬だったものだが。
まさかホークアイが自分をそのような目で見ているとは思ってなかったが(というか、自分もホークアイをそのような目で見た事はないが)、あっさりと否定されると妙に悲しい。

「随分と仲睦まじいご様子だったとか……まさか手を出したりなさってませんよね?」
「そんな事ある訳ないだろう……相手は鋼のだぞ?」
「だから、ではないですか!…それともまさか、あんなに綺麗になったエドワードくんに文句でもおありなんですか?」

ロイの返答は、どうやらホークアイの不興を買ったらしい。
ホークアイのこめかみにくっきり青筋が立つのを見留め、ロイは混乱する頭で考えた。
実際に手を出したりしたら確実に撃たれるのは間違いないだろうが、かといってエドワードがロイの射程圏外だというのがホークアイには気に入らないのだろうか。

「確かに、鋼のはとても綺麗になった、それは認める。だが、あの子は私にとって庇護すべき子供であって……そのような対象にはなりえない、という事だよ」
「……そのお言葉、どうかお忘れになりませんよう」

そう言って、ホークアイは冷徹な眼差しでロイを一瞥すると、机の上に書類を積み上げた。

「……これは?」
「昨日、少将が浮かれながら帰宅なさった後に舞い込んできた書類です。期限は今日のお昼ですので」
「は?」

次々と積み上げられる書類の山に、ロイは愕然とした。
どう見積もっても昼になど終わらないであろう膨大な量だ。
慌てて書面に目を走らせると、何故か2週間先の日付のものや明らかに部署違いの書類が混ざっている。
確かに彼女の言う通り「舞い込んできた」ままなのだろう。

「何が望みだ……?」
「私もエドワードくんと食事に行きたいです。あと、買い物や観劇とか」
「……手筈は調えておこう」
「ありがとうございます」

ホークアイは先ほどまでの冷たい表情を一掃し、にこりと麗しい微笑みを浮かべると、「では、少し調整させていただきます」と言って、そっと書類の山を回収していった。
おそらく調整(というか、仕分け)すれば半分ほどに減るだろう。


―――しかし。


「ずるいー…少将と少佐だけずるいー…」
「…なんだ、貴様ら」
「俺らも大将と飯行きたいッスー…」


―――モテモテだな、鋼の。


「とりあえず入ってこい……」

ロイはため息を吐きつつ廊下から覗き込んでいる古参の部下達を呼び寄せた。
むさい男共が、揃いも揃って拗ねたように口を尖らせて上司の執務室を覗き込んでいる図はあまりにもシュールだ。
どんな愉快な噂を立てられるか分かったものではない。

「大体、大将が初めに職探しで訪ねてきた時も、俺ら会わせてもらってないんですよ?昨日だって、大将が帰ってから知らされるし……」
「なんだ、ハボック……まさか貴様、鋼のを狙っているのではないだろうな?」
「違いますよ!大将は俺らにとって大事な妹分ですから、久しぶりに積もる話もある、っつーか」
「もう4年も会ってないんで、元気な顔が見たいだけで」
「旅の話も聞きたいですし」
「アルフォンスくんの話も聞きたいです」

次々と直訴の勢いでハボック・ブレダ・ファルマン・フュリーに畳みかけられ、ロイは苦笑した。
確かにそうだ。
エドワードは、ロイにとって大切な子供であると同時に、部下達にとってもまた大切な子供なのだ。

「昨日はあの子の就職祝いをしてやったのだが、成人祝いはまだだからな。近々、皆でしてやろうじゃないか」
「本当ッスか!?」
「嘘を吐いてどうする。だが、全員一緒となると調整が大変だ。もうしばらく待っていろ」
「イエッサー」

確約を取り付けて納得したハボック達は、機嫌よく敬礼して仕事へと戻っていった。
その浮かれた後ろ姿を眺めながら、ロイはやれやれとため息を吐く。

エドワード1人の為に、ここ最近ロイの周囲は大騒ぎだ。
そういえば、エドワードが旅暮らしをしていた頃も、司令部に顔を出すたび大騒ぎだったな、と思い至り、ロイは知らず口の端に笑みを浮かべた。

金髪のみつ編みを揺らし、黒ずくめの服に赤いコートをはためかせ駆けていく小さな背中。
それまでの人生に覚えのない庇護欲でもって4年もの間見守ってきたのだ。

「そういえば、見守ってきた期間と同じ年数会わなかったのか……」

ふと、昨夜のエドワードの姿を思い返してみる。
黒のパンツスーツというシンプルな格好ながら、彼女の内側から溢れる輝きが人目を引き寄せるのか、エドワードはどこにいても周囲の視線を一身に集めていた。
様々な女性達と浮き名を流してきた自分の目から見ても、エドワードは美しいと思う。
感情豊かな表情も、教養の高さを感じさせる会話も、女性らしいたおやかさと少女のような可愛らしい仕草も、全てが彼女の魅力を引き立てていた。

一体いつの間に、こんなに大人になったのだろう。

そう思うと切なかった。
ロイの知らない4年間の中で、彼女が何を思い、感じ、話してきたのか。
その時、その瞬間を、見届けられなかった事を残念に思った。





「……さて、出来るだけ早く揃って休みが取れるようにしなくては、な」

まずは我が副官殿の望みを叶える事が先決だった。
とりあえず自分の気が済めば、その後の調整は彼女が何とかしてくれるだろう…………多分。
何しろ有能な副官だからして。

ロイは希望的観測を胸に、シチューが美味しいと評判のレストランと、セントラル劇場で絶賛上演中のオペラの予約をすべく、受話器を取った。


「鋼のの好みに合えば良いが……」


そう呟き、金色の残像を目蓋の裏に思い浮かべたロイの頬が幸せそうに緩んでいたのを、目撃した者は誰もいなかった。



2010/11/03 拍手より移動

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