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02

錬金術研究所に、最近綺麗な女の子が入ったらしい。

同じ敷地内に併設している所為か、中央司令部内はこのところそんな噂話で持ちきりだった。
噂の「綺麗な女の子」とは、もちろんというか何というか、エドワードの事だ。

ロイが推薦するという形で研究所に就職したエドワードは、その日のうちから素晴らしい働きを見せた。
ここしばらくの間複数の研究員達がかかりきりになっていた資料の解析を、エドワードが簡単にやってのけてしまったのだ。
それには科学者肌の偏屈頑固爺達も、その頭脳たるや国宝級に値する、と手放しで称賛した。
てっきりその美貌でもって年若い国軍少将に取り入り推薦を取り付けてきたのだと思っていたらとんでもなかった。
そして改めてエドワードの経歴を知り、驚愕した事は言うまでもない。

彼らとて、名の通ったこの国のトップクラスの錬金術師であり科学者なのだが、元国家錬金術師、殊に鋼の錬金術師といえば、数々の武勇伝を残す時代の寵児だ。
そんな人物を、ちょっと綺麗なお茶汲み程度と侮っていたのだから恥ずかしい。
穴があったら入りたかった。
だが、そんな風に驚き戸惑う爺様達を余所に、エドワードは至って普通に「こんなすごい錬金術師と一緒に研究出来るなんて夢みたいだ!」と喜び、人懐っこい笑顔を見せたのだから堪らない。

―――それはまさしく、偏屈頑固爺様達がエドワードの魅力に堕ちた瞬間だった。
自分の能力をひけらかす訳でもなく、年長者を尊び知識を請うその様は、彼らの科学者としてのプライドを激しく刺激した。


簡単に言ってしまえば、この美しく聡明な孫娘(のようなものだ、彼らからすると)が可愛くてならなくなったのだ。







「あの研究所って、すげー人が揃ってんだな。俺、マジびっくりした」

司令部から依頼されていた資料を届けにきたエドワードがロイの執務室を訪ねてきたのは、エドワードが研究所に就職して1週間後の事だった。
半時間程度の休憩をもらっているというエドワードに、ホークアイは手ずからお茶を煎れ歓待した。
ロイのお茶も一緒に用意されたのは、今日は書類仕事が捗っているからエドワードの休憩に付き合っても良いという事だ。
どちらが上官か分からないが、そんな事は今はどうでも良い。
せっかくの休憩時間を有効活用すべく、まずはエドワードの語りに相槌を打った。

「あぁ、平均年齢が高くて驚いただろう?」

研究所の職員の平均年齢は、確か72歳だ。
ロイがそもそもあの研究所を紹介したのは、軍の機関なら多少なりとも自分の手でエドワードを守ってやれると思ったからだが、それと同時に、研究員達が皆年寄りでエドワードに集る変な虫になりえないからだ。

「んー…でも、一緒に仕事するならあのくらいの方が良いな。仕事しやすいから有難い、つーか。若いヤツは無駄話が多いから面倒臭くてさ。この前もお使いで司令部来たんだけど、事務局にいたヤツにしつこく話しかけられて、ここに寄れなかったんだぜ?」

自然とロイの表情が強張る。
誰だ…せっかくエドワードから訪ねてくれようとしたというのに、邪魔をしたヤツは。
そもそもエドワードが自発的に会いに来るなど、昔から滅多にない貴重な出来事だというのに。

「ほぅ……無駄話とは?」
「なんつーの?どこのレストランが美味いとか、最近流行ってる面白い映画があるとかさ……俺あんまり興味ねぇから、いちいち説明要らねー」

君、もしかしたらそれは口説かれていたのではないのかね?
ロイはそう思ったが、口にはしなかった。
気付いてないなら気付かないままで良い。

「…どこのどいつだね?君にそんな無駄話をしかけてくるのは」
「あ、注意しといてくれるか?マジで仕事の邪魔なんだ」

そう言って、エドワードはホッとしたような顔で指折り名前を挙げていった。
どいつもこいつも親の七光りで同期より一足先に1つか2つ上の地位に就いている者ばかりだ。
ろくな働きも出来ないくせにエドワードに色目を使うとは、とんだ恥知らずにもほどがある。
バカ親が口出しして鬱陶しい事になる前に、まずはそいつらの親からどうにかしてやろう、と心に決め、内心でとぐろを巻いている黒いものの存在などおくびにも出さず、ロイは「任せておきなさい」と笑ってやる。
昔から馴染みのあるその笑顔に、エドワードはホッと肩から力を抜いた。

「ほんとサンキューな。マジで今回はいろいろ世話になったからさ……」
「何、気にしなくても良いさ」
「でも、ほんと今更なんだけど……頼れるのは少将しかいなくてさ。…感謝してる」
「ふむ……君の口からそんな殊勝な台詞が聞けるとは……大人になったな、君も」
「だって俺、もうハタチだもん」

ぷぅ、と拗ねたように頬を膨らませるエドワードの幼い仕草に、ロイは「やっぱり子供だな」と密かに笑う。
昔と比べて若干素直な言動は、年齢的な成長もあるだろうが、おそらく片意地を張って生きなければならなかった原因がなくなったからだろう。
漸くこの子は自分の人生を歩み始めたのだ。

エドワードが成人を迎えたに伴い、事実上ロイは後見人ではなくなった。
だが、今回の件でロイはエドワードの保証人となっている。
エドワードの行く末を見届ける権利を手に入れ、ロイが内心喜んでいるのだと言えば、エドワードはどんな顔をするのだろうか。
昔のように「胡散臭い」と突っ撥ねられるだろうか、もしくは照れ臭そうに笑ってくれるのだろうか。
どちらにしろ、再び巡ってきたこの関係がいつまでも続けば良いと思う。

「そうだ、鋼の。今日の夕食を一緒にどうだ?」
「へ?なんで?」
「そういえば君の就職祝いをしていなかったと思ってね。奢るよ?」
「奢り?なら行く!」

昔なら軽くあしらわれていただろう誘いにエドワードがすんなりと乗ってくれた事へ、ロイは微かな優越感を覚えた。
そしてそれと同時に、自分から誘っておいてアレだが、奢りだと言った途端目がキラキラしだした事に一抹の不安を感じずにはいられなかった。

「君…いくら奢りだと言われても、誰彼なしに付いて行くんじゃないぞ」
「あったりめーだろ?俺そんなバカじゃねーし」
「いや、しかしだね…」

こうして話してみてよく分かったが、エドワードは年齢の割に情緒が育っていない。
口説かれても気が付かないくらいだ。
おそらく男の下心にも気付かないだろう。


―――しまった…ウッカリしていた。
研究所内は安全だが、頻繁に司令部に出入りするとなると、とても危険ではないか。
唐突に気付いてしまったが、後の祭りだ。


「じゃあ、仕事終わったら来るからさ。アンタも残業にならないように頑張れよ」
「いや、鋼の。私が迎えに行くから、研究所の方で待っていたまえ」
「良いよ。どうせ俺の方が早く終わるし、俺ここまでフリーパスで来れるし!」


ニカッと笑ってそう言ったエドワードは、飲み終わったカップを手に執務室を出て行った。
ロイの心配などものともしないで。



2010/11/03 拍手より移動

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