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35

金色の可愛らしい生き物がいる―――


キョロキョロと警戒心剥き出しで周囲を見渡しながら、金色の小さな頭が柱の陰から姿を現す。
手には分厚い紙の束を握りしめ、小さな身体を更に小さくして。
本人は必死に隠れているつもりなのだろうが、お供の鎧の弟も含め自身の存在感は決して隠しきれていない。
そもそも鎧の弟は、最初から隠れようともしていなかったのだが。

「姉さん……そんな事しても無駄だよ。ちゃんと報告書を出さないと、特別閲覧室の許可証ももらえないし、口座を止められたら旅も続けられないでしょ?」
「黙ってろ、アル!んな事は俺だって分かってんだよ」
「だったら、潔く怒られてきなよ」
「うっさい!なんだよお前、他人事みたいに!」
「だって他人事だもん。面倒臭がって報告書出さずに溜めまくったのも、中央で絡まれたチンピラをボコボコに伸したのも、泥棒を追いかけてアパートを半壊させたのも、テロリストを捕まえる為に汽車を壊したのも、全部姉さんの仕業じゃないか」
「う……っ」

鎧の巨体から発せられる厳しい意見に、びくりと赤いコートの背中が震える。
そのやりとりをさりげなく窺っていた東方司令部の軍人達は、そのあまりにも可愛らしい様子に頬を緩めた。

確か子供達が前回ここに顔を出したのは、かれこれ4ヶ月も前の事だ。
その時この少女が、司令官代理且つ後見人であるところの男に「もっとマメに顔を出せ」とか「無茶をするな」とこっぴどく叱られていた事を、ここの人間は皆知っている。
何でもスマートに受け流す事に長けているはずの司令官は、この少女の事になると途端に酷く不器用になるのだ。
その時も、数ヶ月ぶりに帰ってきた少女が怪我をしていた事を心配するあまり、かなりくどくどと苦言を垂れていた。
挙げ句、当の少女自身に煙たがられ、更に少女の足が遠退くという悪循環なのだから報われない。

そして今回。
見た感じ少女に怪我をしているような様子はない。
ただちょっと薄汚れているというか、くたびれているというか、ヨレヨレしてるというか…まぁ、そんな感じで。
ただ、その間の彼女の武勇伝はここにも届いており、件の司令官の堪忍袋の緒が切れかかっている事は自明の理だった。

「姉さん……まさか反省してないなんて事、ないだろうね?」
「…っ、それは……悪かった、とは…思ってる、つーか……」
「なら、さっさと入りなさい」
「ぅわぁ!!」

隙だらけの背後から音もなく忍び寄った司令官は、首根っこを捕まえ、まるで猫の子にでもするように少女をつまみ上げた。
どうやら視察に出ていたらしく、背後には副官を従えている。
建物の中にばかり警戒をしていた少女には、全くの死角からの登場だった。

「大佐…っ、放せよ!」
「全く君は……なんだ、この格好は」

キーキーと猿のように暴れる少女を一瞥し、ほつれて埃を被った金色のみつ編みにため息を吐いた司令官は、背後にいる副官に振り返る。
互いに口元に浮かぶのは、苦笑以外の何物でもない。

「中尉、この子を風呂へ」
「かしこまりました」
「うわぁ!なんだよ、放せよっ!」
「うるさい、このチビ!こんな汚いなりで帰ってきおって…!」
「チビ言うな!」
「チビはチビだ!少しはおとなしくしなさい!…あ、アルフォンス君はハボック達のところで待っててくれたまえよ」
「はぁい」

ギャーギャーと騒ぐ子供を肩に担ぎ上げ、司令官はさっさと廊下を進んでいく。
一見乱暴な扱いに見えるが、その実この司令官が壊れ物を扱うが如く少女を大切にしている事を、そこにいる全ての人間は皆知っていた。

そしてそれを、とても好ましく思っていたのだ。










金色の可愛らしい生き物がいる―――


中央司令部の玄関にて。
キョロキョロと警戒心剥き出しで周囲を見渡しながら、金色の小さな頭が柱の陰から姿を現す。
手には弁当の入った紙袋を握りしめ、成人してもなお小さな身体を更に小さくして。
本人は必死に隠れているつもりなのだろうが、現在はお供がいないにも関わらず自身の存在感は決して隠しきれていない。

中央司令部事務方の皆さんは、ここ最近見られるようになったエドワードの奇行に首を傾げながらも、「美人は何をしても(それが例え奇行でも)美人だなぁ」などと、呑気な感想を抱きつつ眺めていた。

「…よし。今だ!」

しばらく警戒の姿勢を崩さなかったエドワードは、意を決したように柱の陰から飛び出すと、受付のジュリエッタの下へ駆け寄り、紙袋をカウンターの上に乗せた。

「ジュリエッタさん!これ、少将んとこにお願い!…じゃあ、」
「こら、待ちなさい!」

だが、言うだけ言ってすぐに踵を返そうとしたエドワードの腕を素早く掴み、ジュリエッタはため息を吐いた。
他の者達はこのエドワードの奇行を微笑ましげに眺めているが、ジュリエッタはそうではない。
毎日毎日、隠れるようにコソコソとやってきてはジュリエッタに弁当を預けて逃げてしまうエドワードに、聞きたい事や言いたい事は山ほどあるのだ。

「アンタさぁ……いつまでこんな事やってるつもり?」
「う……いつまで、と言われても……」
「何があったのか知らないけど……喧嘩した訳でもないんでしょう?なら、いい加減に…」
「ごめん!小言ならまた今度ちゃんと聞くから!」
「あ、エドワードくん!?」

一体何に慌てているのか、エドワードは顔色を赤くしたり青くしたりしながらジュリエッタの言葉を遮り、腕を振り払った―――が、

「やぁ、鋼の。いつもすまないね」
「なっ!…アンタ、どこから!?」

振り返った目の前に、エドワードが死に物狂いで避けていた男が立っていたのだ。
一体どこに潜んでいたのか完全にエドワードの死角から現れた男は、あっさりとエドワードの退路を断ち、ジュリエッタに捕われた方とは逆の腕を掴んだ。

「全く君は……昔から変わってないな」
「っ、…何が……」
「君は昔から、都合が悪くなるとよくそんな風にして私から逃げようとしていただろう」
「……逃げてなんか……」

ない、とは言えない。
逃げて逃げて逃げまくっている自覚はエドワードにだってあるのだ。
大概往生際が悪いとは思うが、こうやって時間を置けば、もしかしたらこの前のアレはなかった事にならないだろうか、なんて事を考えた。
あり得ない事だと分かっているが、忘れてくれやしないか、と。

だが、この男は昔からエドワードを簡単に逃すような事はしなかった。
隠し事は通用しないし、言い逃れも効かない。
エドワードの事など何もかもお見通しだったのだ。

「鋼の……」

それに、何よりこの漆黒の瞳に見つめられると、胸の奥の方がぎゅっと締め付けられて動けなくなる。
掴まれた腕が熱い。
極度の緊張からか胃が痛み、吐き気までもよおしてきた。

「…ぅ……」
「鋼の!?」

その場に座り込みそうになる身体を逞しい腕に引き上げられ、エドワードの緊張状態は極限を超えた。
ますます込み上げる吐き気に冷や汗が出て、なのに身体は熱を上げて、頭がおかしくなりそうになる。

「やだ…触んな…!」

口元を押さえながら腕を振り払おうとするが、離れるどころか更に強く胸に抱き込まれる。
その力強さに驚いて顔を上げれば、やたらと真剣な表情をした男に見つめ返され、エドワードは息を呑んだ。

「最低な事をしたという自覚はある。…だから、責任はとる…いや、とらせてくれ」
「え」
「君の事も、腹の子の事も大切にする。だから、私と結婚してくれないか」

決して大きな声ではなかったが、ロイの言葉はその場にいた全ての人間の耳に届いた。
ロイとエドワードの組み合わせに今更驚く者はいないが、だからと言っていきなり「腹の子」などという言葉が出ると話は別だ。
あまりにもショッキングな内容に、あちらこちらから悲鳴が上がりどよめきが起こる。

「……腹の…子?」
「妊娠しているんだろう?あの時の…あの時出来た子なんだろう?」

どうやらまるっきり勘違いしているらしいロイは、そう言ってエドワードの腹に手を添えた。
服の上からとはいえ今までにない直接的な生々しい接触に、エドワードの頭には一気に血が上り、取り繕う事も忘れて口を開いた。

「はあ!?何もないのに子供が出来るか!」
「あの状況で何もなかったと白を切るほど、私は卑怯でも恥知らずでもないぞ」
「だから!…あれは……あの時は……俺が自分で、アンタのベッドに潜り込んだんだ!」

エドワードがそう声を張り上げた瞬間、その場の騒めきが一瞬にして消え失せ、辺りは水を打ったようにシンと静まり返った。

「…………え?」

そこで漸くエドワードは、自分がおかれている状況に初めて思い至った。

中央司令部の玄関先で、おまけにロイに思いきり抱きしめられた格好で、周囲にはたくさんの軍人達が2人の様子を窺うように眺めている―――皆、目を見開いて。


「うわああああああああ!?今のなし!!」


そう叫ぶなり慌ててロイを突き飛ばすと、エドワードは真っ赤な顔を隠しつつ逃げ出した。
「少将のバカヤロウ」の言葉と共に。



2011/04/11 拍手より移動

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