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28

上司との長い付き合いの中で、「この男はバカじゃないか」と思った事は、正直なところ度々ある。
だが、二の句が継げなくなったのは初めてだった。

「ただ、鋼のと一緒にいられるなら、それで良かったんだよ」

そう呟いた言葉に卑屈な響きはなかった。
ただそれだけしか望まないのだと、本来我が儘で欲張りなはずの男が言うのだ。
その為に、いくら頼まれたからとはいえ、好きでもない女性と仲睦まじいふりをして、見合いを勧めてくる上官を牽制していたのだと。

「父親や兄としてで良い。あの子の幸せな行く末を見届けられたら……それだけで良かったんだ」

無償の愛だといえば聞こえは良いが、そんなもの、ただの独り善がりな言い訳だ。
相手の心を知ろうともしないで、自分は想うだけで充分だなんて。

「いろいろと片付いたのでね……もうシャーリィ嬢とは会わないよ。…それでも、あの子は返してもらえないのかい?」
「まるで私がエドワードくんを誘拐したみたいな言い方は止めてください。それはエドワードくん次第です」
「……そうだね」

話すだけ話してしまえばすっきりしたのか、ロイは手元に視線を落とすと、書類にサインをし始めた。
淀みなくペンを動かしている様子は至って普段通りの上司の姿だった。

「嘆かわしい事ですね」
「……何がだね?」
「それほどまでに愛していらっしゃるのに、どうして手にする事を躊躇うのですか?」

さらりと告げたホークアイの言葉は、ロイの意表を突いたらしい。
ロイは、何か意味の分からない事を言われたかのように瞬きを繰り返した。
元々童顔な男だが、そうされるとますます年齢不詳になる。

「だが、あの子は私を父親か兄のようにしか思っていないだろう?」
「彼女に聞いたんですか?」
「いや……だが、聞かなくてもそれくらい分かるだろう」
「私には、あなたがそんなに察しの良い人間だとは思えませんが?」

バッサリ斬り捨てられ、ロイはポカンとした顔でホークアイを見返した。
それがまた尚の事彼を若く見せて、ホークアイは腹立たしげに舌打ちをした。
絶対、この男の分まで自分が余分に年を取っているような気がする。

「欲しいなら“欲しい”といえば良いじゃないですか。それで、さっさと告白でも何でもして、さっさと振られてしまえば良いんです!」
「いや、君……」
「少なくとも、あなたはそんなに諦めの良い人間ではないでしょう?欲しいものには躊躇いなく手を伸ばし、手に入れる為には手段を選ばない。…それが、私が唯一付いていこうと決めた“ロイ・マスタング”という男です」

ピシャリと言い放ち、ホークアイは仕上がった書類を手に上司に背中を向けた。
呼び止める気配がないのは、まだ惚けているからだろう。

「失礼します」

振り返る事なく執務室を後にして、ホークアイはため息を吐いた。
すっかりふやけてしまった上司を情けないと思う反面、それだけ本気でエドワードの事を好いているのだと確信して安心した。

大体、彼女が幼い頃から掌中の珠のように大切に慈しんでいた事は、皆知っている。
父性のようなそれが、やがて少しずつ形を変えていき、彼の中でかけがえのないものに変化していった事に本人だけが気付いていなかったのだろう。
あまりにも緩やかな変化だったが為に。

だが、4年の歳月を経て大人の女性へと成長を遂げた彼女を目にした時、一気に芽吹いたその感情は、彼に罪悪感を植え付けたのだ。
大人の自分と子供だった彼女。
保護者である自分と庇護すべき彼女。
彼の中には、いつだってそんな思いがあったのだろう。
けれど、今はもう違う。
彼女はもう大人で、彼が愛しいと思う感情を差し向けても、自らの手を伸ばしても何ら支障がないのだ。

後はあの上司が心を入れ替えてくれれば話が早いのだが―――

「エドワードくんの自覚を促す方が先かしら……?」

酔わせて聞き出した話によれば、ほぼ自覚しているようだったが……何しろあのエドワードの事である。
こちらから突いてやらねば、かなりの長期戦になってしまうだろう。
もう、こんなドタバタは御免だ。










「破談?…少将と、あの人が?」
「ええ。それはもう、綺麗さっぱり」

家に帰れば、先に戻っていたエドワードが夕食の支度をして待っていた。
それを2人で食べながら、ホークアイはエドワードにロイの破談の件を告げた。
とはいえ、元々婚約などしていないというのだから、破談というのもおかしな話なのだが。

「そんな……あんなに仲良さそうだったのに……」
「そうかしら?私にはそうは見えなかったけど」
「だって、少将……あの人の事、すごく優しい目で見てたし……あの人も、少将の事すごく好きみたいだった」

そう言いながら、エドワードは傷付いた目をしていた。
それは、彼女が心からそう思っているのだという証拠だ。

―――狸達を欺くのは結構ですが、エドワードくんまで欺いてどうするんですか。

ホークアイは内心で上司に舌打ちをしながら、エドワードに向き直った

「…どうする?少将のところに帰ってあげる?」

じっと目を覗き込み、静かに問いかける。
エドワード自身の心は一体どこにあるのかと、問い質すように。

「え……?」
「もちろんエドワードくんにその気がないなら、ずっとうちにいてもらって良いのよ?むしろ私は大歓迎だし」
「俺……」

エドワードの琥珀を思わせる大きな目が、不安げに揺れる。
迷っているのだ。
戻りたい気持ちと、傷付く事を恐れる気持ちの板挟みになって。
そこに彼女の本心を見て、ホークアイはふわりと微笑んだ。

「ただ少将が可哀想だと思うだけなら、ここにいなさい。…だけど、自分の意志で少将の傍にいたいと思うなら、少将のところに戻ってあげれば良いのよ?…少なくとも少将ご自身は、エドワードくんが帰ってきてくれるのを待ってるわ」
「……おれ、……」
「慌てて答えを出す必要はないわ。…しばらくじっくりと考えてごらんなさい。ね?」

こくりと頷くエドワードに微笑みを返して、ホークアイは、今頃1人寂しくあの広い屋敷にいるであろう上司の事を思う。
いつだって自分自身の事を後回しにしてきたのだから、いい加減幸せになったって罰は当たらないのに、と。

ともかく、お膳立てなら充分すぎるくらいした。
後は自分で何とかするだろう。
…というか、してもらわないと困る。


―――後はご自分で頑張ってくださいね。


一抹の不安を感じはするが、後は野となれ山となれだ。
ホークアイは「これ以上の介入はしない」と決め、不甲斐ない上司に心の中でエールを送った。



2011/02/23 拍手より移動

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