26 「うぅぅ〜…たいさのバカヤロウ……」 「ほらほら、昔の呼び方に戻ってる」 「いーんだよ、もう…あんなヤツしらねー…ばかあほまぬけおんなったらしのしきじょうきょー…!」 ぐでんぐでんに酔っ払ったエドワードは、テーブルにぐりぐりとおでこを擦りつけながら舌足らずに管を巻いていた。 たったグラス1杯のリキュールでここまで酔えるとは、安上がりというか何というか、ジュリエッタはため息を吐くしかない。 「ったく、何なのアンタ。弱いくせに飲むんじゃないわよ。この酔っ払い」 「ちっとしかのんでねーもん…よってねーし」 「酔っ払いほど酔ってないって言うのよ」 ピシッとおでこを叩けば、エドワードは口を尖らせて「ジュリエッタさんのおこりんぼ」などと文句を言う。 全く可愛らしい酔っ払いだ。 憎めない上に、うんと甘やかしてやりたくなる。 それでなくともエドワードは、ジュリエッタにとって大切な友人であり可愛い妹のようなものなのだ。 そのエドワードが「泊めてほしい」とジュリエッタのアパートにやってきたのは、ほんの2時間ほど前の事だ。 何やら思い詰めたような深刻な顔で、その手には酒瓶を抱えて。 この可愛らしい容姿でこの手土産なのか、とギャップに笑いそうになったが、笑うと確実にヘソを曲げられそうだったので、賢明なジュリエッタは耐えた訳だが。 「で?…マスタング少将と、何かあったの?」 思い詰める原因といえば、ロイの事しかないだろう。 ジュリエッタも、ロイに関わる例の噂にはやきもきしていた口だ。 …いや、噂だけなら「よくある事」で済む。 だが、頻繁に司令部を訪れる件の女性をその都度目にする身としては、気が気ではなかった。 一体この2人は何をしているのか、と。 「んー…べつに…なんもねー…」 「何もないのに帰らないの?少将、心配するんじゃない?」 「やら。おれはかえらねーよ。…らって、うちんなかこうすいくさいし……あいつばからし……」 ますます呂律の回らない口調でそう言うと、エドワードはくしゃりと顔を歪めた。 必死に唇を噛みしめているが、今にも泣き出してしまいそうだ。 ジュリエッタにはだんだんと事情が読めてきた。 何か事情(?)があってロイが女性の香水の匂いをつけて帰ったのを、エドワードは怒っているのだ。 おそらくこれは嫉妬と呼ばれるものだろう。 だが、エドワードがロイへの気持ちを自覚しているかそうでないかによって対処法は変わってくる。 どこまでが事実なのかジュリエッタには分からないが、ロイには結婚の噂があるのだ。 エドワードに自覚があるなら、慰めて、未来の為に背中を押してやらなければならないし、自覚がないなら、あえて自覚させないように仕向けなければならない。 傷付くと分かっていて、わざわざそんな気持ちに気付かせる必要はないのだから。 「ちきしょー…たいさなんかきらいらぁー…」 「はいはい、そうね。嫌いで良いじゃない」 「う?……いーろ?」 「良いわよ。それにあの人、昔から女タラシじゃない。アンタに嫌われても文句言えないわ」 ジュリエッタは適当に話を合わせながら、酔いが回っている所為か普段よりも幼く無防備な表情を晒しているエドワードの背中を撫でる。 何度も優しく撫でているうちに肩から力を抜いたエドワードは、ジュリエッタに甘えるように凭れかかり、小さくため息を吐いた。 「……きらい、じゃらい」 「エドワードくん?」 「ちがう…おれ、たいさきらいじゃらい」 「……そう。嫌いじゃないの……」 「うん……らから、たいさには…しあわせにらってほしいんら……れも、おれ…こどもらし、じゃまらし…」 「エドワードくんは、もう子供じゃないでしょう?まさか少将が、邪魔だ、って言ったの?」 何やら訥々と語りだした話は、エドワードが心密かに思い詰めていた事なのだろう。 こうなったら吐き出させてしまった方が良いだろう、と金色の髪を撫でながら話の先を促す。 事と次第によっては、話の内容をあの鷹の目の副官にリークするつもりだ。 「ううん、ちがう……たいさは、きれいらひとがすきなんら」 「…………」 「…びじんで、おっぱいおっきくて……あしがきれいで……いろっぽくて…おとなで……」 「アンタのイメージする少将は、随分と即物的なのね」 「らから、おれじゃらいんら」 そう締め括ったエドワードは、へらりと笑って―――ぼろりと涙を零した。 「あで……?」 「エドワードくん……」 「なんら、これ……?」 ぼろぼろと涙を零しながら、それでもよく分かっていないかのように首を傾げている姿があまりにも切なくて、ジュリエッタはエドワードを抱きしめた。 小さな子供にするように、背中を撫で、頭を撫で、頬を撫でる。 際限なく頬を濡らす涙は、自覚が追い付かないながらもエドワードの心が泣いているのだ。 「ほんと、バカな子ねぇ……」 「うぅぅ……ばかっていったやつがばかなんらろ」 「ほら、もう良いから。泣くだけ泣いて寝なさい」 「おれ、らいてれーし」 「何言ってんのか分かんないわよ、バカ」 その後もしばらく「バカじゃねー」やら「泣いてねー」やら「まだ寝ない」などと喚いていたエドワードは、やがて泣き疲れたのかジュリエッタにしがみついたまま眠ってしまった。 その幼子のような寝顔を見つめ、ジュリエッタはこの話の一部始終を鷹の目の副官に報告しよう、と決めた。 何を隠そうジュリエッタは「エドワードの幸せを最優先に祈る会」会員NO4なのだからして。 「ジュリエッタさん、おはよう!今日すげー良い天気だぜ?気持ち良いよなぁー」 「エドワード…くん……?」 「なんかよく寝た!って感じ。すっげすっきり!」 「はぁ……」 翌朝、エドワードはすっきり爽快な寝起きを披露し、昨夜のアレは誰?とジュリエッタを呆然とさせた。 だってそうだろう。 昨夜、無自覚の恋心に涙を決壊させ切なげに泣いていたあのエドワードと、元気に起き出して柔軟体操をしているこのエドワードは、どう見たって同一人物ではない。 「どうかしたのか?今日仕事だろ?」 「そうだけど……アンタ、頭痛くないの?昨夜めちゃくちゃ酔ってたけど……」 「え?俺、酔ってたっけ……あんまり覚えてねーんだけど」 「何も覚えてないの?」 「うん。てか俺、何か言ってた?」 あんなに切なげに(以下略)だったくせに、どうやら綺麗さっぱり忘れ去ってしまった挙げ句、吐き出した爽快感だけが残されているらしい。 羨ましい酔い方と言えるかも知れないが、この記憶の飛び方は問題だ。 「いや……少将の悪口を、少々……」 「あー……」 さすがにその辺は覚えているのか、ただ単に心当たりがあったのか(まぁ、帰りたくないから泊めてくれと言った事は覚えているだろう)エドワードは気まずそうに視線を泳がせた。 そんなエドワードに、このままにしておく訳にはいかないな、とジュリエッタは思う。 肝心なところは忘れている上に、やっぱりまだ自覚には至っていないらしいが、いずれ直に気付くだろう。 ロイの真意が分からない今、エドワードを無駄に傷付ける事は避けたい。 「アンタ、しばらくうちに泊まりなさいよ。嫌な人とは離れているに限るわ」 「良いの?」 「私だってアンタがいると楽しいし、アンタもたまには年頃の女の子らしく羽根を伸ばしなさいよ。よし、今夜はデビーも呼ぶわよ」 「俺、そういうの初めてだ。ありがと、ジュリエッタさん!」 お礼に俺が朝飯作るから、と言って部屋を出ていくエドワードを見送り、ジュリエッタはため息を吐いた。 とにもかくにも今日真っ先にやる事は、ホークアイと連絡をとる事だ。 こちらの状況を伝え、あちらの動向を探る訳だが、ここまでの事態になれば彼女も黙ってはいないだろう。 「さて、鬼が出るか蛇が出るか」 みんなの願いはいつだって幸せな結末なのだけれど。 2011/02/05 拍手より移動 back |