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24

セントラル大学近くのカフェのテラス席にて。
常連客にはお馴染みになっている見目麗しい1組のカップルが、午後のティータイムを楽しんでいた。

男性の方は、時たま他の学生達と歩いている姿を目撃されている事からどうやらセントラル大学の学生らしく、一方女性の方は、隙のない身のこなしとキビキビした態度から秘書のような仕事をしていると思われる―――というのが、常連客達の勝手な見解だ。
ちなみに男性の方は、この年上の女性の他にも金髪金目の可愛らしい女性と一緒にカフェを訪れる事もあり、彼らはどんな関係なのだろうか、などと、本人達の与り知らぬところで下世話な噂話のタネにされたりもしている。
本人達に自覚はないが、彼らは皆、充分人目を引く容姿をしているのだ。


―――まぁ、それはともかく。


「それにしても、面倒な事になったわね」
「ほんと、傍迷惑な人達ですよね」

ふぅ、と重いため息を吐いたのは「ロイ・マスタングとエドワード・エルリックをさりげなくくっ付ける会(ホークアイ命名)」名誉会長リザ・ホークアイとNO2のアルフォンス・エルリックの2人である。
決してただの年の差カップルではない。

結成から早3ヶ月の同会は、現在行き詰まっていた。
さりげなく、なんて悠長な事を言っている間に、何やら事態は変な方向に進んでしまっているらしいのだ。

「まずは情報交換といきましょうか。…いきなりだけど、ジェイク・マーロゥとはどんな人物なの?」
「そうですね……一言で言えば、非の打ち所がない完璧な好青年、ですね。学内でも有名です。もちろん良い意味で」
「そう……」
「この前姉さんから紹介されたんですけど、随分意気投合してるみたいですよ。なんか、ちょくちょく会ってるらしいですし」
「そこに恋愛感情は?」
「少なくとも姉さんにはないと思います。ただ、ジェイクが落ちるのは時間の問題かと……」
「相手はエドワードくんですものね……」
「誰かさんに負けず劣らずの天然たらしですから」

アルフォンスは、先日エドワードとジェイクと自分の3人で会った時の様子を思い出しながら、温かい紅茶をひと口飲み、苦笑した。
アルフォンスの見た感じ、ジェイクは既にエドワードに好意を抱いているだろうと思われる。
だが、エドワードには全くそのような素振りは見受けられなかった。
エドワードのジェイクに対する言動は、どちらかというとアルフォンスに対するそれと酷似していて……ジェイクには申し訳ないが、頻繁に会う事が出来ない弟の代わりのように思っているのではないか、とアルフォンスは思う。

「そんな訳なので、姉さんに“ジェイクと付き合うな”なんて言える理由がないんです」
「そうよね……逆にお得物件ですもの」

そう言って悩ましげにため息を吐いたホークアイは、ガックリと肩を落とした。
その表情には、隠しきれない苛立ちが浮かんでいる。
そして、彼女にそんな表情をさせている元凶を思い浮かべ、アルフォンスは口を開いた。

「…少将のあの噂は、実際のところどういう事なんですか?」
「あれは……実は、私達にも分からないの」

アルフォンスの問いに、ホークアイは遣る瀬なさの滲む声でそう答えた。
“あの噂”とは、ロイに纏わるとある噂の事だ。
曰く、

―――ロイ・マスタング少将が、とある起業家の娘と結婚するらしい、と。

エドワードに聞いた時にはあまりの突拍子のなさに何かの間違いではないか、と思っていたのだが、その後、それは軍部内のみならずセントラル市民の間でもまことしやかに囁かれるようになった。
こうなると、もうただの噂話ではない。

「実際のところ、正式に表立った話がある訳ではないの……だけど、私達がいくら真意を問い質しても、何も話してくれないばかりか、否定もなくて」

確かに他の見合い相手の時と違い、自分の意志でその後も数度会っていた。
もしかしたら彼女の持つ“何か”に1度は惹かれたのかもしれない。
例えば、あの美しい金色の髪、とか。
だが、ある時「今日で最後にする」と言っていたはずだった。
それなのに、それ以降も2人は頻繁に会っているのだ。
司令部まで令嬢自ら会いに来たり、わざわざ人通りの多い大通りを2人で歩いてみたり―――まるで周囲に見せつけるようにして。

「きっと何か考えがあっての行動だと思うの。ただ、否定も肯定もされないから……私達も戸惑ってしまって……」

今回ばかりは上司の思惑が理解出来ないのだと、ホークアイはため息を吐いた。

「もしかして、少将…その人の事、本当に好きになっちゃった…とか」
「それはないわ」
「そこは断言するんですね」

クスクスと可笑しそうに笑うアルフォンスに、ホークアイは苦笑と共に「だって、分かるもの」と呟いた。
長い付き合いのホークアイには、ロイの胸の内に変化がない事くらいお見通しだった。
そして、おそらく自分の、エドワードに対する気持ちを自覚したのだろうという事も。

「ただ、少将は初めから諦めてしまっているから……自覚したからこそ、エドワードくん以外の女性を傍に置く事にしたのかもしれない」
「……随分弱気な事ですね……少将ともあろう方が」
「そうね……」
「少将がそんな腑抜けだなんて思わなかったな」

アルフォンスの言葉の刺に気付き、ホークアイは目を瞬かせた。
基本的に姉思いの弟なのだ。
ロイのあまりの腑甲斐なさに怒りを覚えるのも無理はなかった。
だけど、

「それでも、姉さんの事を誰よりも大切に、幸せにしてくれるのは、少将だと僕は思うんです」

幼い2人が苦難の道をひた走っていた頃、誰よりも何よりも自分達姉弟を支え励まし、常に守ってくれていたのはロイだった。
エドワードが無自覚ながらも彼に思いを寄せているのだと気付いた時、アルフォンスの胸に湧き上がったのは寂しさではなく喜びだった。
そうなれば良いなと、心のどこかで思っていたからだ。
これは、所謂“刷り込み”と呼べるものなのかもしれない。
だけど、アルフォンスには他に選択肢など存在しないのだ。

「少将が自分の気持ちを姉さんに伝えてくれたら、きっと姉さんだって、自分の気持ちに気付く……ううん、もう気付きかけてるんだ」
「アルフォンスくん……」
「でも、少将が……姉さん以外の人との未来を選んだなら……僕はどうすれば良いんだろう」

僕、もう姉さんが泣くのは嫌なんだ。

そう言ったアルフォンスは、今にも泣き出しそうに見えた。
分かっているのだ……ロイの結婚が本当の意味での幸せを得るものではないのだとしても、それが彼の野望に必要なものであれば、誰も反対する事など出来ないのだと。

「いざとなったら、エドワードくんにはうちに来てもらうわ。狭いアパートだけど、エドワードくんが一緒に住めるくらいのスペースくらいあるもの」
「お願いします」
「それと……間違いなく仇はとってあげるから、任せて」
「え、……仇、ですか?」

何か物騒な言葉が飛び出したなぁ、と一瞬我に返ったアルフォンスが顔を上げると、背筋が凍るほどの麗しい笑顔でホークアイは更なる言葉を放つ。

「そうよ。もしもエドワードくんが泣く羽目なんかになったら……あのヘタレ無能上司には、一生平穏な生活など送れないようにしてやるわ」
「……お、お願いしま…す?」
「任せて!」

美人の笑顔がこんなにも恐ろしいものだなんて、アルフォンスはこの日初めて身をもって知った。
この人1人を味方につけたら、少なくとも中央司令部の半分は乗っ取れるだろう。
そう漠然と悟ったアルフォンスは、冷めた紅茶をこくりと飲み干し、「姉さん、僕達は最強の味方を手に入れたようだよ」と心の中で呟いた。


そうしてこの日、「ロイ・マスタングとエドワード・エルリックをさりげなくくっ付ける会(ホークアイ命名)」は「エドワードの幸せを最優先に考える会」と名前を変えたのだった。



2011/01/25 拍手より移動

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