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21

初めに引き合わされた時、好感を抱いたのは確かだった。
でなければ、次の約束を請われた時点で、他の見合い相手の時のように当たり障りなく断っていたはずだ。

貴族の血筋に連なるセントラル有数の富豪で、起業家のゴールドバーグ家。
その現当主の末娘シャーリィ嬢は、末っ子らしく無邪気で明るくたおやかな、何より金色の艶やかな髪が美しい女性だった。


―――そう、金色の髪が美しかったのだ。


自分の気持ちを自覚して分かった。
彼女自身ではなく彼女の金色の髪に惹かれたのだ、と。
彼女の金色の髪を、まだそうとは意識していなかったとはいえ、エドワードの金色の髪と重ね合わせて見ていただけに過ぎないのだ。


彼女と会うのは、これで3度目だった。
そして、今回で最後にしようと思っていた。
自分の気持ちに気付いた今、これまでのように澄ました顔で会う事など出来そうもなかったし、何より結婚を前提に引き合わされた以上、このままずるずると会い続けるのは不味い。
エドワードに気持ちを伝えるつもりはないが、かといって他の誰かを娶るような、自分自身に嘘を吐くような真似は、到底出来そうもなかったのだ。


―――だが、


「私……マスタングさんにお願いがあるんです」

2人で食事に出かけたレストランで、不意に彼女はそう切り出した。
ロイはその言葉に僅かな戸惑いを滲ませた表情を浮かべる。

大切な支援者である彼女の父親の手前、極力穏便に、出来れば彼女を傷付ける事なく、もう会わないと告げるつもりでいたのに。
そのタイミングを計りながら最善の言葉を探しているうちに先を越されてしまった。

隠す事なく好意を示してくる彼女に、無意識下の事とはいえ罪作りな事をしてしまったという罪悪感が、ロイにはある。
その罪悪感から彼女の願いを一蹴する事は出来ず、話の先を促した。
私に出来る事なら、と。

「実は……」

だが、思い詰めたように紡がれる彼女の言葉に、聞くんじゃなかったと思っても、もう遅い。
聞いてしまった以上、冷たく首を振る事などロイには出来なかった…いや、出来なくなった。


例えばそれが、自分の心を偽る事に繋がるのだとしても―――











「少将……」

あぁ、どこからか鋼のの声が聞こえる。

「少将ー……」

何か問題が起こったのだろうか。
困ったように私を呼んでいる鋼のの、秀麗な眉がへにゃりと下がる様子が簡単に想像出来て、思わず笑みを漏らす。

「なぁ、少将ー……」

あぁ、本当にどうしたんだろう。
何が君をそんなに困らせているんだ。

「少将ってば……」

私で助けになるのなら、いくらでも手を貸してあげるのに―――


「おい、少将!てめぇ、いい加減に起きやがれ!!!」
「っ!!!???」

不意に大音量で怒鳴られ、ロイはパチリと目を覚ました。
ベッドに行儀よく寝ているロイの顔の目と鼻の先には、覗き込むような格好のエドワード。
どうやら耳の傍で怒鳴ったらしいが、あまりの至近距離にロイは激しく動揺した。
ちょっと身体を起こせば、唇が奪える距離だ。
そう思った途端、一気に頭に血が上る。

「は、鋼の……っ?」
「アンタ、今日休みじゃないよな?もう時間じゃねーの?」
「は?……あ!?」

慌てて時間を確かめれば、迎えが来る時間まであと30分といったところだ。
どうやらうっかり寝過ごしたらしい。

「マズい…朝イチで会議なんだ!」
「ほら、早くしろよ!会議なら尚更、朝飯抜く訳にいかねーだろ?」

呆然とする間も与えず、エドワードはロイの腕を引っ張り起こすと、追い立てるように背中を押した。
背後でガチャガチャ音がするのは、エドワードがクローゼットからワイシャツなどの着替えを取り出しているのだろう。

―――いや、それはともかく。

「…朝食を、作ってくれたのか?」

些か呆然とした言い方になったのは仕方ないと思う。
何しろ昨夜は、我ながら感情的になってしまった自覚があるのだ。
一方的に問い詰め、エドワードを怒らせたのは他でもないロイで、しばらくは口を聞いてもらえない覚悟までしたのだから。

「会議なんだろ?食いたくないなんて我が儘は聞かねーからな!」
「あ、いや……」
「ほら、とっとと顔洗ってこい」

だが、エドワードは至って普段通りにそう言うと、着替えを一揃え準備して部屋を出ていった。
ロイはキツネに摘まれた気分になりつつも、慌てて洗面所に駆け込んだのだった。






「昨夜はごめん」
「え……?」

不意にそう切り出されたのは、食事を開始してしばらくしてからの事だ。
一瞬、一体何の話だろうか、とロイの反応が遅れる。

「少将は心配して言ってくれてんのに、俺、酷い事言った……」
「鋼の?」

食事の手を止めて顔を上げると、向かいに座っているエドワードが上目遣いにロイを窺うように見ていた。
いつも自信に満ちた光を宿している目は、どこか頼りなく揺れ、泣き出してしまいそうな脆さを内包している。
それには胸が潰されそうになった。

「いや、私もつい感情的になってしまったから……君が腹を立てるのも無理はなかったよ。こちらこそ悪かった」
「でも、…ごめん」
「あぁ、鋼の……頼むから、顔を上げてくれ」

昔から、エドワードのこの手の表情に弱いのだ。
恋心を自覚してからは更に弱くなった気がする。

そっと頬を撫でれば、エドワードはその手に頬を擦り寄せるようにして目を閉じた。
言葉にしなくても、エドワードのロイに対する信頼や親愛の情が伝わってくる。
ロイの思いとは形が違えど、この上ないほどの愛情をロイに傾けてくれているのだと。

今のロイにはそれが何よりだった。
これ以上を望むなど、それこそ許される事ではないと心から思う。


―――もうこれで充分だ。


「私は、君を大切だと思っているよ。君には幸せになってもらいたい」
「……うん」
「だから、つい心配になってしまって……いかんな。君はもう子供ではないのに」

言葉とは裏腹に、子供にするような仕草で頭を撫でると、さらりと艶やかな金色の髪に指を滑らせる。
怒るかと思われたエドワードは、じっとしたままロイの所作を甘受していた。

このまま引き寄せて、抱きしめて、口付けてしまえたら―――

だが、今までならすぐに行動に移せていた事が、今は出来そうもない。
愛しすぎて手が出せないなんて、それこそ初めての事だった。
こんな愛しい存在は、今までなかった。

「君は……素敵な恋をしなさい」
「……こい……?」
「そして、誰よりも幸せになりなさい」

ぱちぱちと瞬きを繰り返すエドワードに、出来るだけの慈愛を込めて、ロイは笑った。
それから、いつまでも触れていたがる手を叱咤してエドワードの頭から引き剥がすと、残りのコーヒーを飲み干し、椅子から立ち上がる。

「今日は通常勤務以外、特に予定がないんだ。昼は久しぶりに外で食べないか?」
「え……あ、うん」
「では、決まりだな。そろそろ迎えが来そうだ…行ってくるよ」
「うん。いってらっしゃい」

そこで、タイミングよく玄関のチャイムが鳴らされ、ロイはエドワードに背中を向けると、ゆっくりとした足取りで玄関に向かった。
見送ってくれたエドワードに小さく笑って手を振り、迎えの車に乗り込む。
走りだした車の後部座席に身を沈め、ようやくロイは肩の力を抜いた。

果たして自分は、いつも通りの保護者の顔で上手く笑えただろうか。
この身に巣食う欲を見咎められなかっただろうか。
そして、これからもそうやって笑ってやれるだろうか。


―――いや、やれるかやれないかではない。
やり遂げなければならないのだ。
エドワードが好きな人と結ばれ、幸せになるその時まで。


ふ、と自嘲気味に笑って、ロイは目を閉じる。


目蓋の裏では、幼いエドワードが屈託なく笑っていた。



2011/01/14 拍手より移動

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