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19

悩みを抱えていても仕事に取りかかってしまえば頭の中は錬金術で一杯になる。
最悪な気分で出勤したにも関わらず仕事には一切支障がなく、エドワードは自分の錬金術バカな性質を有難いと思った。


―――だが。


「あ、エルリックくん。司令部の方へ行くなら、資料の返却を頼みたいんだが……良いかね?」
「え……あ、はい」
「受付に渡してくれれば良いから。後はそのまま昼休みに入って良いよ」
「はい」

爺様達は、エドワードが昼食の為に司令部に行くのを当たり前のように思っている節があり、よくこうやって司令部へのお使いを頼まれる(おまけに、休憩時間を余分にくれるというお駄賃付きだ)
まぁ、当たり前だと思われるくらい入り浸っていた結果なのだから仕方ないのだけれども、今日はあまり有難くなかった。


『急な呼び出しがあったので早めに出る。すまないが今日も昼食と夕食は要らない』


今朝の置き手紙を思い出し、少し気分が沈む。
それでもエドワードは、表面上にこやかに研究所を出た。
嫌とは言えないのが平研究員の辛いところなのだ。










「あれ?」

エドワードが司令部へ向かっていると、1台の黒塗りの高級車が玄関口に横付けされているのが目に入った。
軍の高官か、はたまた財界の実力者か、とにかく要人には違いない。
さすがに傍若無人に割り込んでいくのは憚れて、エドワードはその場で車が移動するのを待った。

どうやら車は到着したところらしく、初老の紳士と金髪の若い女性が降りると、司令部の玄関から数名の軍人が彼らを出迎える為に姿を現した。

「少将……?」

よく見れば、ロイだけではなく彼の副官や他の部下達もいる。
それだけの手厚い出迎えをしなければならないほど大切な客人なのだろうか。
見たところ軍人ではなさそうだ。

そんな事を考えながらぼんやりと眺めていると、ロイはたった今2人が降りた車に女性をもう1度乗せた。
それから少し振り返り、紳士と部下達に何か言うと、自分も車に乗り込んでしまう。

「なるほど……昼も夜もメシ要らねー訳だ」

いきなり2人で出かけるところを見ると、見合いというよりは既に見知っている相手なのだろう。
きっと今からホテルの三ツ星レストランとか行くんだろうな。
そう思ったら、こんなところでぼんやりとつっ立っている自分がバカみたいだと思った。
要らないと言われていたお弁当を、わざわざ持ってきたりして。

車が走り去るのを見送って、それでもエドワードはトボトボと司令部へ足を向けた。
資料を返却しなければならないし、1度持って出たお弁当を抱えたまま研究所には戻れないと思ったからだ(そんな事したら爺様達が心配する)

「こんちわー」
「エドワードくん?…あ、あの…少将は今、…」
「あ、いねーんだろ?良いよ、用があるのはアイツじゃねーし……はい、資料!確かに返却しました!」

何故か気まずそうに言うジュリエッタに資料を手渡し、エドワードは司令部の廊下を走る。
こういう時、エドワードが真っ先に頼れる人物は―――


「ハボック大尉ーメシ食おうぜー!」


昨日の今日で、またもやお弁当片手に司令室にやってきたエドワードは、開口一番そう言い放ち周囲を騒然とさせた。
下士官達の顔にはあからさまに「何故ハボック大尉?」と書いてある。
名指しされたハボックはといえば、しばらくポカンと口を開けて固まっていたが、ハッと我に返ったように立ち上がると部屋の隅に逃げた。
心なしか顔色が悪い。

「ハボック大尉ー?」
「昨日は悪かった!悪気はなかったんだ!頼むから許してくれ!」
「あ?」
「お前アレだろ……俺に仕返しに来たんだろ!?うわぁぁぁ…ごめんなさい!殴るのはどうか勘弁してください!」

ガタイのでかい軍人が可憐な美人に土下座の勢いで謝る姿はシュールだった。
だが、ハボックは昨日エドワードの気分を害した張本人なのだ。
昔を知っている者としては、報復に来たのだろうかと身構えたのも仕方のない事だった。
実際のところ、既に機械鎧ではない右手で殴られたところで大したダメージは受けないが、その昔、エドワードを派手に怒らせ、その身に鋼の右腕で鉄槌を食らわされた事があるハボックには、拭いきれない恐ろしい記憶として胸に刻み込まれている。
それはもう、立派なトラウマだった。

「何、訳わかんない事言ってんだよ?ほら、弁当食おうぜ?」
「つか、それは少将のじゃねーのかよ!?」
「これは大尉のだって言ってんじゃねーか!」
「つか、なんで俺!?」
「なんでも良いだろ。…よし、中庭行くぜー」

少将にバレたら殺される!と嘆きながら、金色の美人に胸ぐらを掴まれて連行されていく男を、下士官達は羨ましげに、古参の同志達は憐れみを籠めて見送った。

「もしかして、また何か拗れてるんでしょうか?」
「ハボを連れていくって事は……そういう事かもな」
「少将、さっき出かけましたけど……関係ありますかね?」

ふぅ、とファルマン・ブレダ・フュリーの3人はため息を吐いた。
昔馴染みで話しやすい、というだけなら他の誰かでも良かったはずだが、あえて選ばれてしまうハボックには苦笑を禁じえない。
昔から懐かれている所為も多分にあるだろうが、他の人と比べて少しばかり口が軽い事も災いしているのだろう。
どちらにしろ、面倒事に巻き込まれやすい可哀想な星の下に生まれてきた男だと諦めるしかない。
見ている分には楽しいから良いが、血の雨が降らなければ良いな、と。
やっぱりどこか他人事のように思いながら、3人は昼食を摂る為に食堂へ向かった。






「…で。少将と何かあったのか?」
「……別に」
「別に、って顔じゃねーぞ?」
「…………さっき」

エドワードはそこまで言って口を閉じた。
きゅっ、と唇を噛みしめて、何か気持ちの波をやり過ごそうとしているかのような表情を浮かべて。

「さっき?」
「…少将、女の人と出てったろ?」
「え……いや、あれは……」
「あの人、少将の本命なんだろ?」

鋭い視線でハボックを射貫くと、エドワードは自信満々で言い放った。
どうしてそんな急転直下な考えに至ったのか、ハボックは慌てて首を横に振る。

「なんで、いきなりそんな結論になるんだ!?」
「昨夜、少将にすっげー怒られてさ……そん時は意味わかんなくて困ってたんだけど、なんかその意味が分かった、っつーか……」
「いや……あの、エドワードさん……?」
「そしたら、今までみんなに言われた事も腑に落ちた、っつーか……うん、そうだよな」
「もしもーし……!?」

何があった!?
何があって、どうなった!?

エドワードはすっかり納得したように話しているが、ハボックには何が何やら意味が分からない。
とにかく、何かややこしい事態に巻き込まれている事だけは理解していたが。

「みんなには心配かけたけど、俺、大丈夫だから」
「は?……あ、あぁ」

何が大丈夫なんだろうか。
そう思いながらも、ハボックはとりあえず頷く。
頷かずにはいられない迫力がエドワードにはあったのだ。

「俺、寂しいけど我慢する!そんで、少将が本命のあの人と1日でも早く結婚出来るように、俺も頑張って自立する!」


―――なんで、そっち!!??


確か前にも同じような事を言っていたが、更に決意が固くなっている。
これでは進展どころか果てしなく後退しているではないか。
一体、昨夜2人の間に何があったのか……話が見えないだけに、どう対処すれば良いのか分からない。


「……どうすれば良いんだ」
「ん?何が?…あ、ほら、大尉。早く食えよ」


昼休みの中央司令部・中庭にて。
三ツ星レストランの料理に勝とも劣らないと評判の絶品弁当を手に、長閑な陽だまりに佇む金色の頭が2つ。
見るからに幸せそうな光景に、長身の方の金色には司令部内のあちこちから嫉妬に狂った視線が寄せられる。


―――だが、その実。
幸せそうな見た目に反して、ハボックが心底不幸な男である事を知る者はいなかった。



2011/01/14 拍手より移動

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