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18

「え?少将いねーの?」
「おう。さっき急に呼び出しかかってさ。渋々出かけた」
「なんだよー…今日はお昼一緒に食おう、って言ってたくせに」

同居を始めた途端ロイの身辺が急に忙しくなって、エドワードはここ最近ずっと、こんな風に約束を反古にされる事ばかりだった。
昼食も夕食も会食続きで、夜はエドワードが寝た後に帰宅するし、朝は朝で、前日の会食の所為で胃もたれするらしく、コーヒーだけ飲んで出勤していくのだ。
一緒に食事どころか、ろくに会話もしていない。

「少将を責めないでやれよ。大将の弁当食えなくて、すっげー拗ねてたんだからさ」
「……将軍との会食ってさぁ……実際のとこ見合いだったりするんだろ?」
「……なんで」

ショックついでに、本当は聞くつもりのなかった事を口にしてしまい、エドワードは密かに後悔した。
ハボックの様子からして、ほぼ間違いないだろう。

「いや、この前ジュリエッタさんに忠告されたっつーか……実を言うと、俺にも縁談を勧めてくる将軍がいてさぁ。少将ならさぞかし引く手あまただろうな、って思って」
「お前に縁談!?」
「あ、うん。断ったけど。…つか、物好きなヤツもいるもんだよなぁ?」

へらりと暢気に笑うエドワードの背後でどよめきが起こる。
水面下で進行していた2人の仲を割こうとする高官達の計画が、第2段階まで進んでいるのだと知れたからだ。
だが、肝心のエドワード本人は、そのどよめきの意味が分からず首を傾げた。

「え?…断ったら不味かった?」
「いや、断れ。絶対断れ。これからも山のように縁談の話が舞い込んでくると思うけど、とにかく断れ」
「いや、そんな物好き、そうそういないだろ?前は“付き合ってくれ”とか言ってくるヤツもいたけど、みんな目が覚めたみたいで最近そういうの全然ないし」

ケラケラと笑うエドワードに、ハボックはじめ下士官達は「そりゃそうだろう」とため息を吐いた。
本人はそう認識していなくとも、周囲の認識ではロイとエドワードは同棲する仲である。
どちらも地位や名声は人並み以上な上に、容姿も申し分なく、並んでいると絵画のような2人だ。
そこへ命知らずにも割り込む勇気のあるヤツといえば、それなりの権力があって、それを慢っている者だろう。
ある種、今から現れる輩は厄介な事この上ない連中だと言っても過言ではないのだ。

これまた肝心のエドワード本人は分かってないようだが。

「実際のとこ……どうなんだ?」
「何が?」
「お前と、少将の事だよ」

ハボックがそう問えば、周りの者達もさりげなく聞き耳を立てた。
常々気にはなっていたものの、さすがに上官から不躾に聞き出す訳にもいかず、機会があればエドワード本人に探りを入れてみようと思っていたのだ。

「別に、何もないぜ?」
「マジで……?」

エドワードの表情には照れも焦りも全くなかった。
当然だ、本当に何もないのだから。
だが、それには聞き耳を立てていた者達全てが驚きに目を剥いた。

昔から溺愛と言っても差し支えないほどの勢いでこの金色の少女を構い倒していたあの男が。
嫉妬心丸出しで彼女の周囲に気を配ってみたり、どう聞いても惚気にしか聞こえない話をしているあの男が。
彼女を特別だと思っている事は誰の目にも明らかなのに、彼女を自分の手元に置いて早ひと月以上、その間に何の進展もないなんて、と。

「ねぇよ。…つか、みんななんでそっち方面を疑うかなぁ?俺と少将の間に何か起こるはずねーじゃん」
「いや、だってあの少将だぞ?」
「それって遠回しに“一緒に住んでて手も出されないなんて女失格だ”とでも言いたいのかよ?」

さすがにエドワードの機嫌が地に落ちた事に気付いたハボックが顔色を変えたが、エドワードは不機嫌な表情を隠しもせずに立ち上がった。
室内に異様な緊張感が充満していく。

「違う!んな訳ねーって!むしろ逆だっつーの!」
「昔のままでいるのがそんなに悪い事なのか?…ハボック大尉までそんな事言うとは思わなかった」
「大将ー……」
「これやる。1人で食ったって美味くねーし」

エドワードはそう一言言い置くと、ランチボックスの入った紙袋をハボックに渡して司令室を出た。
ただでさえここのところ情緒不安定なのに、腹立たしいのか悲しいのか何だかよく分からない感情に振り回されて、勝手に涙が出そうになる。

寂しい、のだと思う。
ロイに会えないのが寂しいのだ。
旅をしていた頃は何ヶ月も会わないのが当たり前だったのに。

「昔と、何が違うんだろ……」

考えてみても、よく分からなかった。
ただ、もうしばらく昔のままでいたかった。

いつかは離れていかなければならない事は分かっているけれど、もう少しだけ傍にいたかった。







だから、久しぶりに顔を合わせる事が出来て嬉しかったのだ。
ロイの都合も聞かずにお茶に誘ったのも、少しで良いから何か話したかったから。

下着を着けてない事に気付いたのは、ロイの傍に腰掛けた時だ。
未だ成長中の胸がふるりと揺れ、パジャマの中で泳いだのを気付かれなかっただろうかと密かにヒヤヒヤしたが、ロイは普段と全く変わらない様子で文献の解析にアドバイスをくれていた。

2人の関係をすぐに色事に結び付けたがる周囲の人間達に、胸の内でこっそりと「ほら、みろ」と呟く。
昔から2人の間にあった関係が、そう易々と変わる訳がないのだ。
彼は保護者で自分は庇護される子供で、それ以上でもそれ以下でもない。
その証拠に、彼は全く自分を意識していないではないか。

そこまで考えて、ちくりと小さく痛んだ胸に首を捻ったけれど、その時のエドワードにはほんの些細な事だった。
久しぶりにした会話は楽しくて、昼間感じた複雑な感情は綺麗に取り払われた気がして。

「私はそろそろ風呂に入って寝るよ。君もほどほどにしておきたまえよ」

そう言って、ロイがソファから立ち上がった時、本当は「もう少しだけ」と我が儘を言いたかった。
だけど、彼が疲れた顔をしている事に気が付かないふりは出来なかった。

「うん。…じゃあ、残りは部屋でやるよ。付き合わせてごめんな」
「構わないよ。…じゃあ、おやすみ」

なのに、あっさりと向けられた背中に感じたのは、どうしようもない焦燥感だった。
口では素直に「おやすみ」と返しながら、足は勝手に後を追おうとしてテーブルの足に躓いた。

背中に思いきり抱きついたのだから、下着を着けていない事に気付かれただろう。
だけど、そんな事意識してるのは自分だけだ。
自分は彼に異性として扱われるような存在ではないのだから。
だから、照れ臭さを隠す為に努めて「なんて事はない」という態度をとったのだ。

少将は着痩せするのか、実際に触れてみると殊の外がっしりしていて、逞しいのだと知った。
いや、今までそんな風に見た事がなかったのだ。

少将が男だという事くらい分かっている。
だけど、そう意識した事はなかった。
する必要がないのだと思っていた。
自分は彼にとって、男だとか女だとか特別意識しなければならない存在になりうるとは思っていなかったから。

だけど―――そうではないのだと、彼に言われてしまったのだ。
自分の前でも無防備な真似はしてくれるな、と。


―――それは、もう今まで通りではいられないという事?






「少将……?」

いつもの時間に起きて、朝食の準備をする為にキッチンに行けば、テーブルに空のコーヒーカップが残されていた。
カップの横には小さなメモ書きが1枚。


『急な呼び出しがあったので早めに出る。すまないが今日も昼食と夕食は要らない』


見慣れた文字の、残酷な言葉。
それをくしゃりと丸めて、エドワードはため息を吐いた。


「変わるったって……今更どんな風に?」


ため息をついたエドワードの顔が泣き出しそうに歪む。
自分は、ロイは、どうなる事を望んでいるのだろうか。

それに答えてくれる人はいない。
答えを出すのは、自分なのだから。



2010/12/24 拍手より移動

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