home sweet home | ナノ


16

「帰りたいー……」
「……少将ぉー」
「鋼のの作ったご飯が食べたいー……」
「もしもーし……」
「鋼のに会いたいー……」
「お願いですから仕事してくださいよー…」

とある日の昼下がり。
ロイ・マスタング少将の執務室にて、憔悴しきったように机に突っ伏す男がひとり。
誰あろう、この部屋の主である。

「もう嫌だ……かれこれ2週間、まともに家にも帰れてないし、鋼ののご飯を食べてないんだぞ」
「昼も夜も会食で贅沢三昧でしょうが……ったく、何言ってんですか」
「あんなもの嬉しくない……!」

さて困ったな、と彼の勤勉なる部下であるところのジャン・ハボック大尉は、書類の山に埋もれている上司を見ながらため息を吐いた。
ここまで屍と化している上司は非常に珍しい。
大概の場合、気晴らしに街へ視察(という名のサボり)に出かけ、適当に見繕った女性とデートをしては英気を養い、また仕事に取りかかる、という事を繰り返してきたのだが、今回は街に出る気にもなれないらしい。
何しろ会いたい女性は家にいる(昼間は仕事だが)のだから、街に出たところで気晴らしになりえないのだが。

「何だと言うんだ…あのクソジジイ共は。次から次から、視察だ会食だ会談だと湧いてきおって……ただでさえテロだ事故だと騒がしい時に……役立たずの老いぼれのくせに私の邪魔をするとは!」
「ダメですよ、そんな大声で……聞こえますて」
「うるさいバカ犬!…そういえば、貴様……昼に鋼のの手製弁当を食ったらしいな?」
「ひっ!」

いきなり話の矛先が自分に向いたかと思うと、おもむろに発火布をちらつかせて詰め寄られ、ハボックは冷や汗をダラダラかきながら咄嗟に距離をとった。
相変わらず逃げ足だけは早い。

「俺だけじゃないですってば!」
「なら、全員燃やすから連れてこい」
「無茶言わないでくださいよー……元々は少将に急な会食の予定が入ったからでしょう?」
「くそぅ……あのノータリンのごく潰し中将め……絶対失脚させてやる……!」
「だからー…そういう事、言っちゃダメですて……」
「もう嫌だ。やる気がなくなった。帰る」

ハボックの言葉に耳を傾けようともせず、そう言ってまたもや机に突っ伏した上司は、完全に職務を放棄したように動かなくなった。
本当に困った。
このままだと自分まで鷹の目の副官に怒られる。

「少将の気持ちも分かりますが、」
「うるさい……貴様なんぞに分かるものかバカ犬」
「大将も寂しがってましたよ?弁当も、少将に食べさせてやれなくてがっかりしてましたし……」
「……本当に?」

ちらりと目線で問われ思わずイラッとするが、ハボックはそれをおくびにも出さず頷いた。
あまりにもアレな姿にいい加減憐憫の情が湧く。

「嘘言ってどーすんですか……今日も帰りを待ってますよ。早く仕事片付けて、たとえ1分でも早く帰りましょうよ」

懇々と言い聞かせるように言えば、ふと上司はおとなしくなった。
次いで顔を上げ、放棄する気満々だった書類を手に取ると、黙ってサインをし始めた。
どうやらハボックの説得が功を奏したのか、少し前向きに仕事をする気になってくれたらしい。

ハボックはそっとため息を吐くと、静かに執務室を辞した。
昼間見たエドワードも、今の上司と似たような状態だったのだ。
互いに無自覚なくせに、人目を憚らず互いを恋しいのだと言えてしまうところがすごいと思うが、おそらく人目を気にする余裕もないのだろう。
それほどまでに互いの存在を必要としているという事だ。
さすがに気の毒にもなってくる。
こうなったら、何としてでも今日中に帰宅させてやろう。
残業は免れないが、少しくらい話をする時間が取れるはずだ。

ハボックは気合い充分で司令室へと向かった。
何しろ自分は(つい先日まで知らなかったけど)2人をくっ付ける会会員NO3なのだからして、彼らの為に尽力する責務がある。
くっ付いてもくっ付かなくても傍迷惑なら、さっさとくっ付いてくれれば良い。


―――だが。


定時間際にやってきたとある中将の会食への誘いの所為で、ロイをはじめ部下達の諸々の努力は残念ながら無に帰すのだった。



2010/12/24 拍手より移動

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