15 「へ?接待?」 「あぁ、急なんだがな。…そういう訳で、今日の夕食は……」 「要らねーんだな。うー……また俺1人か……」 「だからと言って、手を抜かずにちゃんと食べてくれよ?」 「むぅ……分かってる、けどさぁ……」 同居し始めてから定番となったお弁当タイムは、連日マスタング少将の執務室にて催されていた。 別に人目を憚っている訳ではなく、副官から「そういう事は執務室でやってください」と司令室を追い出された結果だ。 当人達にはイマイチよく分かっていなかったのだが、垂れ流される幸せオーラに耐えかねた部下達の総意によるものだったらしい。 それはともかく。 「最近そういうの多くね?」 「私にもよく分からないんだが、何かと会談を持ちたがるご老人が多くてね……一体どういうつもりなんだか」 ほとほと困ったと言わんばかりに首を竦めると、ロイはホットサンドを頬張った。 パリパリの香ばしいパンと白身魚のフライ、そこに加わるタルタルソースのまろやかさが三位一体となって、ロイの口の中に優しく広がる。 「美味い……」 「だろー?ちなみにタルタルソースは俺特製な」 「はぁ……レストランのフルコースより、君の作った夕食が食べたい……」 「んな事言われても……俺だって、1人じゃ腕の奮い甲斐ねーっつの」 「くそぅ……暇ジジイ共め……!」 ロイは食事の手を止める事なく呪咀の言葉を呟き始めた。 聞いたところ老将軍達との会談は、特に何か嫌味を言われたり嫌がらせを受けるような類のものではないらしい。 どちらかというと世間話の延長のような話題ばかりで、これといって重要性を見出だせないからこそ、ロイには無駄だとしか思えないのだ。 「そう腐るなって。またアンタの好きなもん作ってやるからさ」 疲れているだろうとあらかじめ用意しておいた砂糖とミルクたっぷりの紅茶をポットから注いで差し出せば、ロイはホッと一息吐いて口をつけた。 温かく優しい甘さが喉を通りすぎ、ロイの身体から刺々しかった気配が抜け落ちる。 「あぁ……やっぱり君はすごいな」 「何が?」 「最近の私は今までにも増して有能だと皆に言われるのだが、少佐が言うには、生活が充実しているから…つまり君のお陰だ、とね」 そう言って、ロイは柔らかい笑みを浮かべた。 それがあまりにも無防備で、好意を隠そうともしない表情だったから、エドワードの胸は変な感じにドキドキと跳ね上がる。 未だかつて、こんな風に手放しで褒められた事などなかったのだから。 「あんまり褒められるとむず痒いんだけど…つーか、自分で有能とか言うなよ」 「自分で言わないと、君は褒めてくれないから」 「っ…バッカじゃねーの?」 わぁわぁとやり合いながら、穏やかな時間は過ぎていく。 こんな時間を嬉しいと思うのも、1人の夜が寂しいと思うのも、少しずつ2人の関係に変化が起きつつあるという事なのかもしれないけれど、今はまだ考える事はしないまま。 「まぁ、しばらくすれば落ち着くだろうさ」 「そうだな」 ―――だが、その後しばらく経っても、落ち着くどころかすれ違い続ける事になるなんて、この時には思いもしなかったのだ。 「なんかぶっ飛んだ事になってるわね」 「何が?」 「アンタとマスタング少将の事よ」 「少将がどうかしたのか?」 パチパチと瞬きを繰り返しながら不思議そうに首を傾げるエドワードに、ジュリエッタはこめかみを押さえ、深い深いため息を吐いた。 「……エドワードくん、それはわざとなの?」 「へ?」 「…な訳ないわよね……そうよ、アンタはそういう子よ」 「?」 ジュリエッタは、怪訝そうに首を捻り続けるエドワードの肩をポンポンと叩くと、さりげなく周囲を見渡した。 2人がいる場所は、いつもの中央司令部受付前ではない。 人気のない中庭だ。 何故そんなところにいるのかと言えば、ほんの数分前、いつものようにホークアイの淹れるお茶をご相伴に与ろうと司令部に出向いたエドワードが受付でジュリエッタと目が合った瞬間、彼女の手によって拉致されてきたからに他ならない。 「なぁ、何?なんか内緒の話なのか?」 「内緒も何も、知ってる人は一杯いるから今更なんだけど……アンタ達の同棲の話よ」 「同棲?んなの、してねーし」 「ばっくれても無駄よ。アンタ達、一緒に暮らしてんでしょ?」 「あ?それはそうだけど……親子や兄妹が一緒に暮らすのに同棲なんて言い方おかしくね?この場合、同居だろ?」 どうやら本気で言ってるらしいエドワードに、ジュリエッタは頭を抱えた。 その上、「何、訳分かんない事言ってんの?」と言わんばかりのジェスチャーまで交えられては、一発殴ってやろうかと思ったとしても無理はない。 実際、グーで殴ると問題がありそうだったので、とりあえずデコピンを一発お見舞いする。 「いってぇ!」 「アンタ達、本当に自覚ないのねぇ……」 「だから、何だよ!?暴力反対!」 「良いこと?後悔ってもんは、後からするから後悔っていうのよ。…でもね、そんなもの、しない方が良いに決まってるんだから。アンタは、もうちょっとちゃんとマスタング少将と向き合いなさい」 ジュリエッタの真剣な目に居竦められたように、エドワードはポカンと口を開けたまま立ち尽くした。 そして、しばらく途方に暮れたような顔で視線を彷徨わせていたが、やがて申し訳なさそうに口を開いた。 「え、と…ごめん。…意味分かんないんだけど……」 「マスタング少将ね、最近家に帰るの遅いでしょ?」 質問の答えではなく逆に問われ、エドワードは首を傾げた。 確かに、ここ最近帰宅時間が遅い。 一緒に暮らし始めて早ひと月以上になるが、少なくとも2週間くらい前から夕食のみならず昼食まで度々キャンセルされている。 出勤前の僅かな時間しか顔を合わせていないのだ。 「え、…うん。…それが?」 「少将ご本人は自覚がないようだけど、将軍方はアンタ達の関係を探ってるのよ」 「探る、って……俺達を?」 「そうよ。もっと正確に言うなら、探った結果、2人が恋愛関係にあってもなくても別れさせるつもりでいる、って事よ」 「……なんで?」 というか、どちらであっても対処は一緒なのか、とか、恋愛関係って何だ、とか、言いたい事は山ほどあるが、そもそも他人にとやかく言われるような事だろうかという疑問が先に立つ。 自分達の間柄がどうであれ、それが将軍達に何か関係があるのか、と。 「そんなもの決まってるじゃない。自分の娘や息子を売り込む為よ」 「いや、娘は分かるけど……息子?少将に息子売り込んでどうすんだ?」 「息子はアンタによ!」 「は……?」 「この際だから言っとくけど、アンタは今や将軍方の息子の1番の嫁候補なんだからね」 「………………へ?」 何か不可解な事を言われた気がして、エドワードは呆然とジュリエッタの顔を見返した。 何がどうしてそんな事になったのか、エドワードにはさっぱり分からないのだ。 「将軍方は今まで少将に入れた探りから、アンタ達の関係は保護者と被保護者だと判断したらしいわ。…となると、アンタ達を婿や嫁にと狙ってる人が今から挙って現れる可能性は高いのよ」 「んな事言われても……」 「少将はこういう事に慣れてらっしゃるけど、アンタは隙を見せないように気をつけなさいよ。権力に胡坐をかいてる人間ほど、力ずくで欲しいものを手に入れようとするものだから」 そう言って釘を刺すだけ刺すと、ジュリエッタは仕事へと戻っていった。 その背中を見送り、エドワードは途方に暮れたようにため息を吐く。 「…て言われてもなぁ……」 自分達の与り知らぬところで何かが変わろうとしている。 そしてそれは、自分達の意志とは関係なく、自分達の関係性を変化させるような気がして――― 「なんか嫌な感じ……」 変わらなければならないのだと、ちゃんと分かっている。 だからこそ、エドワードだって自立するべく努力しているつもりなのだ。 ―――なのに、どうしてみんな、放っといてくれないんだろう。 ふと、ロイに会いたいと思った。 そういえば、ここ最近まともに言葉を交わしていないのだ。 気付いてしまえば、堪らなくなって涙が出た。 エドワードは、しばらくの間そこから動けなかった。 2010/12/14 拍手より移動 back |