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14

「鋼のは意外と料理上手でな……あれには驚いた」

エドワードとの同居を始めた翌々日、出勤するなりロイの口から飛び出したのは、惚気としか思えないそんな言葉だった。
一体何を思い出しているのか、うっとりと嬉しそうに頬を緩ませ、小さな声で「美味かった…」と呟くに至っては、それはもう、人に言いたくて堪らないと言わんばかりだ。
おそらく自覚はないのだろうが。

「昨日の朝などは何も食材がなかったんだが、鋼のは朝市で野菜や卵や腸詰めを調達してきて、それは見事な手際でスープやらオムレツを作ってくれたんだぞ」
「へぇ……」

昨日の分もついでに惚気る気でいるのか、とハボックは唇の端をひくつかせた。
そういえば昨日は、その前日に後回しにした書類に埋もれていたし、傍にはずっとホークアイが控えていたので、惚気話どころではなかったのだった、と思い至る。
だからといって昨日の分まで聞かされるのは真っ平御免なのだが、残念ながらハボックには拒否権はない。

「更に昨夜の食事も素晴らしかった!メインのローストビーフは肉の焼き加減が絶妙な上に赤ワインを使ったソースが絶品で、ホテルの三ツ星レストランにも勝とも劣らなかった。あまりの美味さに皿に残ったソースもパンに染み込ませて残さず完食したくらいだ。本当に美味かった。あ、パンも鋼のの手製だぞ。今朝は今朝で、具沢山のキッシュを作ってくれたしな。朝からそんなちゃんとした食事が出てくるなんて、すごいとは思わないか?」
「はあ……」

ハボックは次々と畳み掛けるように浴びせられる惚気話を聞き流しながら、上司の机の上に書類を積み上げていく。
何故このタイミングで出勤してくるんだ、と図らずも真っ正面から惚気話を浴びせられた己の不運を嘆くしかない。
5分前なら、この場所にはブレダがいたのに(書類を積む為に)

「……なんだ、その気の抜けた返事は」

―――だが、ハボックの生返事にムッとしたらしいロイは、不機嫌に顔を歪め、ハボックを睨み付けた。
どうやら一緒に褒め称えなければならなかったらしい。
とはいえ、本人は幸せ一杯なのかもしれないが、聞かされる方は堪ったものではないのだが……その辺の配慮はないのだろうか。

「いや、羨ましいなぁーって思ってただけですて」
「言っとくが、お前には食わせてやらんからな」
「…………要りませんよ」

はぁ、と少々大袈裟にため息を吐けば、ロイの眉間に皺が寄った。
全く以て勝手な男だ。
食わせろと言っても不機嫌になるだろうに、要らないと言えば、それはそれで気に入らないらしいのだから。

「いっそ、このままずっと一緒に暮らしてもらえば良いんじゃないスかー?」

さっさと結婚でも何でもしてくださいよ。
暗にそういう意味合いで吐き捨て、うんざりとロイに背中を向けたハボックは、朝から無駄に疲れたと肩を落とした。
何故こんな新婚家庭(もどき)の惚気話を聞かされなければならないのか。
振り返った先にはハボック同様微妙な面持ちの古参メンバー達が、関わり合いになりたくないとばかりに視線を逸らしていた。
もしかしたらこれから毎日こんな調子で惚気られるのだろうか、と考えると、胃がどうにかなりそうだ。

「私も出来れば長くこの状況が続けば良いと思っているのだが……」
「へ……?」

不意に、切なげに呟かれたロイの言葉に、部下達は目を剥いて振り返った。
何、その叶わない願い事を口にするような遣る瀬ない顔は。

「あの子は、私は父親でも兄でもないのだから、自分も早く1人前の大人になりたい、なんて事を言ってね。……私としては、あまり急いで大人にならなくても良いと思うのだがね」

そう言ってため息を吐いた上司の憂い顔に、司令室内の空気はざわりと動いた。

―――それはつまり、彼女が少将への気持ちを自覚した結果、「1人前の女性として扱ってほしい」と懇願したという事なのだろうか?
それでもって少将自身は現状維持を願っていると?
というか、まさか無自覚なまま拒否した、なんて事は……

様々な仮説が浮かんでは消え、部下達は青い顔でホークアイの姿を探した。
彼女なら、その後の経過を知っているかもしれないと思ったからだ。
何しろ同居の件が発覚した際には、盗聴器を仕掛けてこよう、などと涼しい顔で言い放った彼女は、次の日(つまり昨日)には考えを翻していた。
曰く、「どうやらお互いに無自覚ながら両思いのようなので、くっ付いてもらう事にしました」と。
一体何があって、どうなったのか。
巻き込まれるこちらにも何か説明があっても良いのではないか。
そう思っても無理はあるまい。


―――だが、その直後上司の元にかかってきた1本の電話の所為で、残念ながらこの日、この疑問が解消される事はなかった。







「あれ?今日は少将、執務室?」

お昼時になってひょっこりと顔を出したエドワードは、室内をキョロキョロと見回しながらそう聞いた。
こくりと首を傾げ、相変わらず可愛らしい仕草で。

「よぉ、大将ー。少将なら、さっきまで来客があってよ。今は執務室にいるけど……どうかしたのか?」
「あ、昨夜の残りのローストビーフでサンドイッチ作ったんだ。お弁当にと思ってさ。アイツ、お昼まだだよな?」

エドワードがそう言って持っていた紙袋を広げると、中には籐製のランチボックスが2つ。
中身は見えないが、何やら胃に訴えかけてくるような良い匂いがする。
堪らずハボックのお腹もぐぅ、と鳴った。

―――何、この良妻っぷり。
少将が惚気たくなる気持ちが分かる、とハボックは思った。
きっと背後でどよめいている者達も同じように思っているだろう。

「……なんかお前、すげーな」
「は?」
「いや、お前めちゃくちゃ料理上手らしいじゃねーか。少将ベタ褒めだぜ?」
「へ?そうか?」
「男掴むにはまず胃袋から、っつーもんな」

最後の台詞はカマをかけるつもりで言った。
この後のエドワードの反応を見れば、2人の間でどのような意識の変化がなされたか分かるだろうと思ったのだ。
だって、少将が褒めていたと言った時のエドワードの嬉しそうな顔ときたら、今まで見た事がないくらいキラキラしていたのだ。
ここはひとつ、確かめてみずにはいられないだろう。

「アイツ、俺の事すげー子供だと思ってるだろ?だから、これで少しは見直すかなって思ってたんだけど……褒めてた?本当に?」
「お、おう……」

何度も確認するように聞いたエドワードは、照れ臭そうに頬を染めた。
ビンゴか?ビンゴなのか?と、ハボックは嬉しいような悲しいような複雑な気持ちでエドワードを眺めた。
これ以上ないくらいお似合いの2人だとは思うし、さっさとくっ付いてしまえと思うが、いざくっ付いたら寂しいなと思う。

「よっしゃあ!もっといろいろ頑張って、少将に俺はもう子供じゃないって認めさせてやるぜ!」
「あぁ、頑張れよ……」
「おうよ!アイツがちゃんと結婚出来るように、俺は早く1人前になって独立しなきゃな!」
「へ……?」


―――そっちか!


メラメラと意気込むエドワードを余所に、ハボックはガックリと肩を落とした。
てっきり自分達の関係性を自覚して新たな進展があったのかと思いきや、どうやら全く別の場所に着地したらしい。
さすが一筋縄ではいかない豆っ子だ。

「じゃあ、少将んとこ行ってくるな!」
「あ、あぁ……ごゆっくり」

バタバタと駈けていく小さな背中を見送り、ハボックはため息を吐きつつ呟いた。


「めんどくせー……」


その言葉には誰1人反論する者はおらず、皆一様に首を縦に振った。



2010/12/14 拍手より移動

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