11 「そういえば、アンタんちのキッチン。食材も調味料も何もないけど、アンタ普段何食ってんの?」 「何、って……主に外食だが」 「それじゃあ、ハウスキーパーの仕事は掃除と洗濯だけ、って事?」 「そうだよ。とにかく帰宅時間がバラバラだからな」 「ふーん……」 同居初日の夕食は簡単にデリバリーで済ませた。 料理しようにも食材がなく、食べに出かけるのも面倒だったのだ。 ちなみにホークアイは「お2人で親睦を深めてください」などという台詞と共に意味深な視線をロイに向け、さっさと帰っていったのだが。 「あぁ、君も家事に関しては深く考えなくて良いよ。洗濯はクリーニングに出せば良いし、その辺を適当に掃除してくれれば良いだけだ。元々、掃除も洗濯も週に1度だけ来てもらっていたのだし。食事も今まで通り外食で良いしな」 「ちょっと待てよ。んなの、不経済だ」 「だが、私は君をハウスキーパーに雇った訳じゃないからね。君にも仕事があるし、無理をさせたい訳じゃない」 食後にエドワード持参の紅茶を飲みながら今後の事を話し合う事になったのは、自然の流れだった。 いくら気安い相手とはいえ他人同士が共に暮らすのだから、共同生活を送る上で大切な事は初めに話し合っておく必要がある。 「でも、飯くらい俺が作るぜ?」 「だが、君の負担になるだろう?」 エドワードの申し出に、ロイは思わず眉間に皺を寄せた。 確かに家賃の代わりに家事を頼むという条件を出したが、先ほど言ったようにエドワードをハウスキーパーとして使うつもりなど端からない。 気兼ねせずに暮らしてほしいという気持ちから口にしただけの言葉なのだから。 「別に?つか、俺は元々自炊するつもりだったし。大体、1人分作るのも2人分作るのも大差ねーし。…あ、好き嫌いとかある?」 「え?…いや、特にないが……」 「じゃあ、明日から楽しみにしてろよ?」 ニカッと笑った顔には昔の面影が確かにあって、知らずロイの肩の力が抜けた。 どうやら少しばかり力が入っていたらしい。 4年ぶりに再会したエドワードの変貌ぶりには目を瞠るものがあったが、中身が全く変わっていなかった為に、わりとあっさり以前のような関係に収まる事が出来た。 初めこそロイも戸惑ったものだが、それ以降特に意識した事はなかった。 今回の同居の提案も、自分の庇護下にいる子供を保護してやろう、という気持ちから発したものだ。 部下達は何やら怪訝な顔で反対するような素振りを見せたが、ロイにはそのような反応をされる意味が分からなかった。 だが、自分の自宅にエドワードがいるというこの状況に、どうやらロイは少し緊張していたらしい、と気が付いた。 1人前の女性として成長したエドワードが、既に日も暮れた時間に、自宅のリビングにいる。 それどころか今日からここで一緒に暮らすのだ。 今まで恋人という関係になった女性ですら、自宅に招く事などした事がなかったのに。 「そういえば、今更なんだけど。アンタ、女連れ込む予定ないの?俺いると邪魔にならねぇ?」 「あぁ、そのような予定はないな。というか、そもそも自宅に連れ込んだ事がないから、どのみち心配は要らないよ」 まるでロイの頭の中を覗いたかのようなタイミングで問われた質問に、ロイは笑って答えた。 事実そうなのだから、エドワードには今更遠慮などしてほしくなかったのだ。 「君も男を連れ込むのは止めてくれよ」 「いねーよ。んなヤツ」 ムッ、と唇を尖らせる仕草が可愛くて、ロイは笑った。 昔から、エドワードを前にすると温かな気持ちになれたし、無条件に愛しいと思う気持ちが湧いた。 ロイが見つけ、庇護し、大切に慈しんできた子供である彼女。 その彼女に、まだ心に決めた男がいないなら、ロイは今までと同じように彼女に接する事が許される。 まだ手放さなくても良いのだと思うと、不思議と心が踊った。 その根底にあるのがどんな感情なのかなんて、未だよく分からなかったけれど。 「ともかく、生活に必要なものは全て揃っているから、適当に使ってもらって構わない。足りないものがあったら言ってくれ。私が用意しよう」 「何もかも少将に負担かけるのは嫌なんだけど……」 「良いじゃないか、家族なんだから」 「良くない!…その辺はっきりしとこうぜ。でないと続かねーよ?」 「そうか?」 「そうだよ」 続かないのは困るな、とロイは思う。 まだほんの数時間しか経っていないのに、この空間にエドワードが存在する事が、もはや当たり前のように感じている自分がいるのだ。 「とにかく、俺個人にかかる費用は俺が出す」 「…では、この家のメンテナンスや管理にかかる費用は私持ちだ。後、食費も」 「食費は割り勘しようぜ?俺も食うし」 「君は作ってくれるだろう?だから、労働に対する報酬だと思えば良い」 「だったら、やっぱ掃除や洗濯も俺がやる!」 気を使わなくて良いのに、とロイは思うのだが、エドワードの性格上納得出来ないのだろう。 無理はさせたくないが、遠慮されるのも嫌だ。 ましてや、エドワードとの生活が早々に破綻するのはもっと嫌だ。 という訳で、ロイは渋々頷いた。 疲れている時は無理に家事をしない、月に1・2回はロイと外食に出かける、という約束をしっかり取付けた上で。 「あ、と…2階の書庫と研究室の掃除はどうすれば良いかな?」 「あぁ、掃除はともかく、入っても構わないよ。2階の書庫には結構な希少本もあるし、必要なら研究室を使ってくれても良い」 「でも……」 「確かに、書庫や研究室は錬金術師にとって特別な場所だが、そこへ立ち入る事も含めて君をここへ受け容れたのだから、遠慮なく使ってくれたまえ」 何の躊躇いもなく告げられた言葉にエドワードは驚いたようだが、ロイにとっては今更な話だった。 エドワードがロイの不利益になるような事をするはずがないのだと、ロイはもう知っているのだから。 「そっか……うん、ありがと……少将」 照れ臭そうにエドワードが笑う。 その笑顔は、昔よくしていたような皮肉の混じったものではなく、掛け値なしの好意を感じさせるものだった。 唐突に、あぁ可愛いな、と思う。 いっそ抱きしめて頭を撫でてやりたいような衝動が湧き上がってきて、娘を持つ親の気持ちとはこういうものなのか、と1人納得してみたりした。 「と、なると……家でも階級で呼ばれるのは堅苦しいな。何か良い呼び方はないものだろうか」 「へ?」 「例えば、お父さん…は私が可哀想だな。では、お兄さんと呼んでみる気はないか?」 「えー…何それ、気持ち悪い」 バッサリと斬り捨てられ、ロイは肩を落とす。 だが、それ如きで挫けないのがロイ・マスタングだ。 伊達に少将などという地位に就いていない。 「だが、マスタングさんというのは他人行儀すぎるだろう?」 「もう、別に良いじゃん、呼び方なんてさ」 「何を言う!私達は同じ家に住む家族だぞ?」 「そうは言うけど、アンタこそ俺の事を鋼のって呼ぶじゃんか」 エドワードは、「自分はそれで不都合はないのだから、今更呼び方を変える必要はない」と言ったつもりだった。 だがロイは、「自分の呼び方も考慮してほしい」と解釈した。 そうして、納得したように何度か頷いた後、そっとエドワードの手を取り、にこりと笑ってロイは言った。 「エドワード」 「っぎゃああああああ…!!!」 出来るだけ優しく呼びかけたつもりだったのに、エドワードは悲鳴を上げて手を振り払うと、ソファから転げ落ちた。 顔といわず耳まで真っ赤にして、よく見れば腕には鳥肌が立っている。 「……エドワード?」 「アンタ、それ止めろ!!ヤバいキモいサムイ!!!」 「え?」 「背中がムズムズするから止めろ!」 我ながら良いと思ったのに、エドワードのお気に召さなかったらしい。 今度また名前で呼んだらボコる!とまで言われ、ロイは残念そうに肩を落とした。 2010/12/02 拍手より移動 back |