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10

ロイが仕事(今日の分のみならず明日の分まで)を終え、副官を伴って帰宅したのは、午後のお茶の時間も過ぎた夕方頃。
エドワード1人分の荷物は早々に運び終わったらしく、既に業者は撤収済みのようだった。

「少将、おかえり。早かったんだな?…それに、ホークアイ少佐まで?」
「あぁ、ただいま。少しくらい手伝えるかと思ったのだが……遅かったかな?」

エドワードは、定時よりも随分早く、おまけに副官を伴って戻ったロイに、驚いた顔をしながらも笑って出迎えた。
その時の上司のだらしなくやに下がった顔を視界に収めたホークアイは、これではまるで新妻に出迎えられた新婚家庭の夫のようだ、とため息を吐いた。
ここまであからさまに態度に出ているというのに、未だに無自覚な上司を情けなく思う。
しかし、それと同時に、自覚した後の事を考えると頭が痛むのを禁じえない。
今でさえこんな調子なのに、自覚なんてした暁には周囲に対して常に威厳を保っていられるのか、些か不安になるというものだ。

「後は衣類とか化粧品とか……とにかく細かい物の片付けだから…」
「では、私の出番ね」

残念がる上司を押し退けてホークアイがそう言えば、エドワードは申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「わざわざ手伝いに来てくれたの?少佐、忙しいんじゃないの?」
「あら、気にしなくて良いのよ。私から手伝いたいって志願したんだから」
「でも……」
「こういう時くらい頼ってちょうだい。その方が私も嬉しいのよ?」

ホークアイはそう言って微笑むと、さっさと上着を脱いで腕まくりをする。
その柔らかな笑みに、エドワードはホッとしたように肩の力を抜いて笑った。

「じゃあ、部屋へ案内してもらえる?」
「うん」

そのやりとりに僅かな疎外感を感じたらしい上司が拗ねたような表情をした事には気付かない素振りで、ホークアイはエドワードの背を押した。
どうせ自分の不機嫌の理由すら分かっていないのだ。
いちいち関わってはバカを見る。
背中に刺さる恨みがましい視線にも、ホークアイが振り向く事はなかった。





さすが少将という肩書きを持つだけあって、広々とした屋敷に住んでいる。
ホークアイの印象としてはそんな感じだった。
この場合、部屋数の多さというよりは、1部屋辺りの広さが半端ないのだ。
1階にはお風呂・トイレ・キッチンなどの水回り設備が集められ、広いダイニングとリビング、それから応接室と、膨大な蔵書を収めた書庫がある。
そして2階には主寝室と客間がいくつかあり、それに禁書を含めた希少本専用の書庫と研究室が奥に続く。

ホークアイはさりげなく屋敷内を検分しながらエドワードの部屋へと辿り着いた。
運び込まれた荷物が山と積まれた部屋は、それでも充分広く、快適そうだ。

「なるほど……お風呂とトイレは部屋にも付いてるのね」
「あ、うん。すごく良い部屋で驚いた」

これならば、エドワードがお風呂でうっかり上司と出くわす事はないな、とホークアイは胸を撫で下ろす。
何しろ1番無防備になる場所なのだ。
万が一の危険も、回避出来るならそれに越した事はない。
ホークアイはテキパキと荷解きをしながら、エドワードにさりげなくいくつかの注意をした。
曰く、

「まずはドアに鍵を付けなさいね。それから、この部屋には少将を絶対に入れない事」
「?ここ、少将の家なのに?」
「エドワードくん……あなたもしかして、少将の事を男だって忘れてない?」
「いや、分かってるけど……アイツは親みたいなもんだし、アイツだって俺なんかにどうこうしないだろ?特に問題ないと思うけど」

どうやら本気で言っているらしいエドワードに、ホークアイは目眩を感じた。
ロイを完全に安全牌だと思ってるというよりは、そもそも自分がロイにとってそのような対象になると思っていないのだ。
こんなに無防備では、仮にそんな気がない相手でも万が一の過ちを犯してしまうのではないか。
少なくともロイは、無自覚とはいえエドワードに好意を持っているのだから、隙を見せた時点で危ない事になるのは間違いないのに。
ここはひとつ、教育的指導が必要だろう。

「良い?年頃になったら、父親や兄と言えど女の子の部屋には入れないものなのよ」
「そうなの?」
「そうなの!だから、いくら少将がエドワードくんにとって親のようなものであっても、ぜっったいに、部屋に入れてはダメ。分かった?」
「う、…うん」

ホークアイのあまりの勢いに、エドワードは反射的に首を縦に振った。
後にも先にも、この時ほどホークアイの笑顔を怖いと感じた事はない。

―――というのは、本人には内緒だな、とエドワードは内心コッソリと思った。





「そういえば、こんなにたくさんの化粧品や香水、どうしたの?」
「え?」
「随分倹約した生活していたみたいなのに……これなんか瓶からして高そうじゃない」

ホークアイは、段ボール箱から次々に出てくる香水瓶やら化粧品の類に首を傾げた。
広く流通している商品ではないのか、いずれも見た事のないデザインもしくは商標だ。
もしかしたら工房の1点物かもしれない。
そんな高価な物を、この倹約に倹約を重ねてきたエドワードが果たして買うだろうか。
ホークアイは単純にそう考えたのだ。

「あ、それは……旅の途中で知り合った南部の香水の工房の兄ちゃんに貰った香水なんだ。中身も瓶も俺のイメージだ、って作ってくれて……これと、これも。後、これは……」

ひとつひとつ思い出しながら告げられる言葉に、ホークアイはまたもや頭を抱えた。
どうやらこの山のような香水や化粧品、アクセサリーの類は、全て貢ぎ物らしい。

「良かったら送るから住む家が決まったら住所を教えて、って言われたんだけど……」
「教えちゃダメよ」
「うん。さすがに厚かましいよな?」

いいえ……そういう問題じゃないのよ。
ホークアイは無言でうなだれると、心の中で呟いた。
言ったところで通じない気がして、頭が痛かった。

「とにかく、これからは他人から物を貰ってはダメよ?間接的に少将を狙ったテロリストかもしれないから」
「あ、そうだな。うん、気をつけるよ!」

ホークアイはひとまず無難な例を挙げて注意をしておいた。
実際なきにしもあらずなので、この注意喚起は充分威力を発揮するだろう。


―――しかし、本人は至って無自覚のようだが、この子は上司に負けず劣らずの天然タラシだ。
百戦錬磨の上司も、モタモタしているとライバルが増えて面倒な事になるのが目に見えている。
こうなったら早くくっ付いてもらわなければ。


当初は、上司が間違いを犯さないように、エドワードの望まない結果にならないように、目を光らせながら見守っていこうと思っていたのだ。
だが、これは少し双方の背中を押すべきかもしれない。

先が思いやられる、と密かにため息を吐き―――とりあえず上司にも注意しておこう、とホークアイは思った。



2010/12/02 拍手より移動

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