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09

「今日はうちに引っ越し業者が来ているから、早く帰りたいのだが」

その日の昼前、いつものように書類仕事に精を出していたロイが、副官ホークアイに向かっておもむろに言った。
今日は幸い軍議も事件もなさそうだし、特に問題なかろう、と。

「少将……お引っ越しされるのですか?」
「おや?ハボック達に聞かなかったのかね?今日から鋼のがうちに住む事になったのだが……」

ヒイッ、とハボック達は声にならない悲鳴を上げて椅子から立ち上がった。
関わり合いになりたくなくて、あの日この場であの話を聞いた事は内緒に…というか、忘れてしまおう、と居合わせた者全てに箝口令を敷いていたというのに。
この上司ときたら平然と副官に白状したばかりか、部下達の関与(直接的ではないが)も認めるなんて。

―――というか、あれからまだ3日しか経ってないのですが?

全く悪びれる様子のない上司に内心毒づきながら、部下達は副官の動向を見守る態勢に入る。
いざとなったら上司を捨てて逃げるつもりだ。

「どうしてそんな事に……?」

呆然と、そう呟いたホークアイは、次の瞬間、何とも形容し難い表情で上司を見た。
ただ単に驚いているとか、いっそ怒っているとか、そのような感情を一切感じさせない表情は、己の本能のみで上司の意向を探ろうとしているかのように見えた。
きっと僅かでも上司の中に疾しいところを見つけたら、躊躇いなく額を撃ち貫くだろう。
ハボックはゾッとする感覚に身体を震わせた。
一瞬その場の空気が凍り付いたのは間違いないのだ。

「私も驚いたのだが、鋼のときたら裏通りの雑居アパートに住んでたんだぞ?あの界隈は薬の密売や性犯罪もたびたび起こっているというのに…全く危ないと思わんか?」
「それで少将の家に?」
「なんだ……君まで反対するのか?あの子を危険に晒したまま放っておけとでも?」

ロイは憮然とした顔でホークアイを睨んだ。
ホークアイは目を逸らさずにしばし睨み合いを続けた後、ふ、とため息を吐いた。

「仮にも独身男性の家に、年頃の女の子を同居させるのはどうかと思いますが?」
「だが、私の家なら安全だろう?」

ケロッとした顔で言い放った上司に、部下達はポカンと口を開けて固まった。
どの口がそれを言うか、と呆れて声も出なかった。
女性には「セントラルの恋人」などと呼ばれ、女性という女性の心を奪っては数多の女性達と浮き名を流した男が、若い女の子を家に引き入れて何もしないはずがない。
それもあんなに綺麗になったエドワードだから尚更だ。
この男がエドワードに対して保護者以上の感情を持っている事は、皆の目にも明らかなのだ。

「私はあの子の保護者のようなものだしな。年頃だろうが何だろうが、親や兄と暮らす事がおかしい事とは思わないが?」

どうやら本気で言っているらしい上司に部下達は頭を抱える。
これはあれか、やっぱり無自覚なんだろうか。
それにしては鈍すぎる気がするのだが。
ハボック達は恐々とホークアイの様子を窺い見た。
そろそろ彼女の愛銃が火を噴く頃合いだ。

「……では、」

ホークアイがおもむろに口を開く。
ハボック達は安全な場所に逃げ出すべく片足に体重をかけ、ごくりと唾を呑み込んだ。

「―――今日中に必要な書類を全てお持ちしますので、最低限それだけはお願いします」
「あぁ、分かった」
「それと、私もエドワードくんの手伝いをしたいのですが、同行しても構いませんか?」
「ぜひに頼むよ。細々した片付けは女性の方が良いだろうし、君に頼もうと思っていたんだ」
「ありがとうございます」

にこりと微笑んだホークアイに「頼むよ」と一言言い残し、ロイは執務室へと戻っていった。
水を打ったような静けさが司令室を包む。

「……良いんですか?」

思わず聞いたハボックの声は震えていた。
恐いくせに聞かなくては気が済まないところがハボックのハボックたる所以だ。

「今のところ危険性はないと見たわ」
「でも、そのうち危険になる、かも……」
「そうなれば、きっと少将も努力なさるでしょう?」
「へ?」

ホークアイは書類を選り分けながら、何やら納得したような面持ちで頷いた。
ハボックが未だよく理解出来ずに首を傾げていると、ホークアイは晴れやかな笑顔でとんでもない事を言った。

「私ね、ずっと思ってたのよ……エドワードくんが少将のお嫁さんになってくれないかしら、って」
「え?…あの……?」
「だって、元国家錬金術師で頭も良くて、少将と対等に話が出来て、優しくて気立ても良くて、おまけにあんなに綺麗なのよ?これ以上の女性なんていないわ」

ホークアイは拳を握りしめて力説する。
そして、皆にも同意を求めるように周りを見回した。
その迫力に、誰もが口をパカッと開いたままで押し黙る。
もはや反論は許されそうになかった。

―――だけど、とハボックは思う。

「あの……確かに、似合いだと思いますし、そうなったら俺らも嬉しいッスけど……大将はそういうの望んでますかね?」
「大丈夫よ。かなり無自覚な様子だけど、エドワードくんは少将を慕っているわ。アルフォンスくんも言ってたでしょう?エドワードくんがセントラルに拘った訳が分かった、って。つまり、そういう事よ」
「うーん…?」
「私とすれば、どちらが先に自覚しても結果は同じだと思うの。少将の自覚が先なら尚の事、無理やりどうこうしたりはしないでしょうし、エドワードくんが先なら、それは合意の下という事で問題ない訳で」
「……それにしちゃあ強行すぎませんかね?」
「モタモタしていたら面倒な事になるのよ」

そう言ってハボックの目の前に広げられたのは、何十通もの手紙の束。
見れば、全てエドワード宛のラブレターだった。

「これはまだ1部よ?他にも山のように届いているの。これは中でも質の悪い部類よ。名前に見覚えあるでしょう?」
「あー…将軍方の息子か孫ですね」

ファミリーネームを見ると、そうそうたるメンバーだ。
なるほど、権力を傘にエドワードに無理強いするとも知れない訳だ。

「それならいっそ少将とくっ付いてほしいわ。今はまだ親か兄のようにしか思っていなくても、少なくとも慕っているのだし。もちろん、エドワードくんの意志を無視したい訳じゃないから、とりあえず家の状況を確認してくるわ。あと、エドワードくんに諸注意と…」

テキパキと書類の選別をしながら、ホークアイはあれこれとこれからすべき事を考える。
きっと意地でも早く仕事を終えようと頑張るだろうから、明日の午前が期限の書類も余分に入れておこう……それから、


「とりあえず盗聴器を仕掛けましょう」


ポツリと小さく呟かれた言葉に、ホークアイの本音を知る。
なんだかんだでこの副官は、あの上司を上司として信頼しているが、男として信用はしていないという事だろう。


「さぁ、忙しくなるわね」


両手に大量の書類を抱えたホークアイは、にっこりと極上の笑みを浮かべてそう言うと、颯爽と上司の執務室へと向かっていった。
その背中を見送り、ハボック達は背筋を凍らせる。


後はもう、上司の良心に賭けるしかなさそうだ。



2010/11/22 拍手より移動

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