ガラスの靴にくちづけを | ナノ


向かうところ敵だらけ

ロイ・マスタング(29)
職業 俳優
役柄の幅は広く、教え子の母親との不倫地獄に堕ちていく高校教師を演じたり、深窓の令嬢との許されぬ恋に溺れるホストを演じたり、はたまた、只今放送中の連続ドラマでは、政財界と警視庁の癒着を暴く正義感の塊のような警視正を熱演している。
独身……ではあるが、熱愛の噂は後を断たず。
お相手は、女優やモデルなど、主に同業者。
同時進行で最高5股まで確認済み。
現在は某有名女優と大人のお付き合いをしているらしい―――


「なんだコレ。最低じゃねーか……」

ハボックから聞き出したロイ・マスタングの情報は、これでもかと言わんばかりにゴシップ塗れだった。

「でも、人徳っつーか、別れた女には恨まれねーんだよなぁ……全く尊敬するぜー」
「ジャン兄……それ、尊敬するとこじゃねーから」
「それにどの女も極上ときたら……っかー!羨ましいぃー!」

あぁ、嫌だ。
兄と慕っていたジャン兄がただのバカ男に成り下がってしまった。
これもみんな、あのロイ・マスタングというクズ男の所為だ。
エドワードは心の中で嘆きながら、スタジオ内をズカズカ進んでいく。

結局、エドワードの意志などまるごと無視で、映画出演は決定事項となっていた。
エドワードの与り知らぬところでは既に宣伝がされていたらしく、後には退けない状態だったのだ。
一体どこの世界に本人の意志確認より先に映画の宣伝を始めるバカがいるんだ。
……いや、まぁ、ブラッドレイに決まってる訳だが。
幼い頃から懐いていただけに「裏切られた」と恨みがましい気持ちになるのは仕方のない事だった。

とにかくそんな訳で、今日は映画の出演者の顔合わせの為に嫌々スタジオにやってきたのだ―――が。


「やぁ、エドワード。1週間ぶりだね。会いたかったよ」

背後から一番顔を合わせたくない男の声がして、エドワードはビクリと肩を竦ませた。
先日の最悪極まりない出会いを思い出せば腸が煮えくり返りそうになるが、それ以上に思い出したくないという気持ちの方が強く、エドワードは振り返らずに歩くスピードを上げた。

「おや、つれないな。しばらく一緒に仕事をするんだから、仲良くしようじゃないか」
「やだね」

すると、男も歩くスピードを上げたらしく、廊下に響くカツカツという足音が速くなる。

「そう言わずに。可愛らしい顔を見せてくれないか?」
「……あっち行け!」
「やれやれ……照れ屋さんだな、君は」
「誰が……!」

思わず振り向けば、満面の笑みでもって両腕を広げ「さぁ、この胸に飛び込んでおいで」と言わんばかりの男がいた―――金髪の美人を連れて。

なんだ、コイツ。
言ってる事とやってる事が真逆じゃねぇか。
俺の事可愛いとか会いたかったとか言うくせに、しっかり美人連れてるとは誠意の欠片もねぇ。

「仕事場にも女連れかよ?」

咄嗟に出たのはそんな台詞だった。
ぎゅっとバッグの肩紐を握りしめて、不機嫌丸出しの顔でずるずると後退る。
ムッ、と眉間に皺が寄ってしまったのは完全に無意識だった。

「おや、焼き餅かい?嬉しいね」
「誰が!!」

すかさず肩に触れようとした手を叩き落とし、エドワードは似非臭い笑顔の男を睨み付けた。
余裕綽々と言わんばかりの様子に苛立ちは募る一方だ。

「世の中の女はみんな自分に惚れるとでも思ってんの?自意識過剰にもほどがあるっつーんだよ!」
「……あなたがエドワードちゃん?」
「へ……?」

噛み付く勢いで男に突っ掛かっているエドワードに、男が連れていた金髪の美人はにっこりと微笑みながら問うた。
黙って立っていると近寄り難い印象だったが、そうやって笑うと親しみのようなものが湧く気がした。
だが、

「……だから、何?」
「私は、彼のマネージャーでリザ・ホークアイといいます。よろしくね」

そう言ってそっと差し出された手を一瞥して、エドワードはプイ、とそっぽを向いた。
その仕草にホークアイは目を瞬かせる。

「俺、その男と友好関係を結ぶつもりねーし。ソイツの関係者はみんな敵だ。これ決定!」

ビシッと指を指して言い放つ姿にホークアイはしばしポカンとして、それから破顔した。
小さな身体で精一杯の威嚇をしている少女が堪らなく可愛らしかったのだ。

「確かに、この人とは友好的に付き合わない方が良いわね。自分は大切にしなくちゃ。それには激しく同意よ……でも、」
「……何だよ」
「私も好きでこの人のマネージャーをやってる訳ではないの。それだけは分かってもらえると嬉しいわ」

優しげに笑いながらも内容は結構辛辣だ。
ロイは唇の端をひくりと歪ませたが特に反論しなかったところを見ると、彼女には強く出られない何かがあるのだろう。
例えば、この人にも手を出した……とか。

―――と、そこまで考えて、胸の中で突如として湧き上がったもやもやする感情に舌打ちをした。
どうにもこの男はエドワードを苛立たせ、感情を制御出来ないくらいに乱してしまう。
理由がよく分からないが、きっと自分はこういう男を生理的に受け付けないのだ。
うん、そうに違いない。

「とにかく、仕事は仕事としてちゃんとやる。けど、アンタらと仲良くするつもりは一切ないからな!」

そう言ってまたもやビシッと指を指して言い放てば、ロイは「仕方ないなぁ」とでも言いたげな大人の顔で笑った。
その表情に、エドワードの一旦治まっていたはずの苛立ちが再燃する。

「お…、お前…っ、俺をバカにしてんのか!?」
「まさか。可愛いなぁ、と微笑ましくてね。そんな君が好きだよ、エドワード?」
「な…っ、…ふざけるな!!」

精一杯の虚勢でもって睨み付けてみたが、潤んだ目で睨まれたところで煽られるだけなのだが……そんな男の事情などエドワードは知らない。


「良いか!?俺の半径3メートル以内に近付くんじゃねぇぞ!!」


ふるふると肩を震わせ涙目で吐き捨てると、エドワードはもう二度と顔も見たくないとばかりに、金色に煌めくポニーテールを揺らして走り去った。


数分後にはまた顔を合わせる事になるのだが。



2010/05/22 拍手より移動

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