ガラスの靴にくちづけを | ナノ


昨日の敵は今日の騎士

15歳の少女・ジゼルは、明るく元気な普通の高校生。
ある日、体調を崩したジゼルは病院で検査を受け、不治の病に冒されている事を知る。
自暴自棄になり荒れていたジゼルは、その病の治療法の開発研究に勤しんでいた医師スコットに出会う。
主治医となったスコットに反発しながらも闘病生活を送るようになるジゼルは、やがて最初で最後の恋をするのだった―――


「という話だ。エドワードにぴったりの話だろう?」
「意味わかんねーから」

エドワードがピシャリと撥ね除けると、ブラッドレイはしょんぼりと肩を落とした。
いつも掛け値なしの笑顔を向けてくれていたエドワードの素っ気ない物言いに、ブラッドレイは眉間に皺を寄せつつ打開策を思案する。
このままエドワードに嫌われたら、とても悲しい。

「エドワード……撮影が終わったら、どこか旅行に連れて行ってあげよう。どこか行きたいところはあるかね?海外でも構わんよ?」
「裏切り者のおっちゃんとなんか行きたくない」

だが、エドワードの冷たい一言にブラッドレイは撃沈するしかなかった。







出演者の顔合わせが終わった後、自主的に事務所に残った人間は数人いた。
エドワードのご機嫌を宥めるのが主な目的の人達は、ムスッとしたままのエドワードを窺いながらそれぞれ打開策を練っていた。
メンバーは、ホーエンハイムにブラッドレイ、ロイ、ヒューズ、ホークアイである(ちなみにホーエンハイムは、エドワードの味方陣営に入れられている)
そして、たった今、先陣を切って出たブラッドレイが撃沈したところだ。

「なぁ、嬢ちゃん……そろそろ機嫌直さねぇか?可愛い顔が台無しだぞ?」
「煩い、オッサン。黙れ」
「オッサンとはひでーなぁ。この前は“ヒューズさん”って呼んでくれただろー?」
「共犯者のくせに煩い」

良い人だと思ったのに、騙された。
そう呟いて唇を尖らせたエドワードは、プイッとそっぽを向いて拗ねているのだという態度を顕にした。
ヒューズも撃沈か……と、誰もが思った、その時

「あ、うちのエリシアから預かり物があったんだ。……これだ!」

ヒューズが懐から取り出した紙を広げると、そこには金色の髪の少女を描いたと思われるクレヨン画があった。
拙い字で「エドワードおねえちゃま」と書いてある。

「エリシアがなー、資料にあったお前さんの写真を見て描いたんだ。金色のお姫様だ!って言ってよぅ」
「エリシアちゃんが……?」

エドワードは、先日ヒューズの車で見た写真の幼い女の子の姿を思い出してみた。
小さくて可愛い女の子だった。
エドワードは「こんな妹が欲しいな」と、その時ヒューズに言ったのだ。

「エリシアが、ぜひともお前さんに会いたいって言ってんだけどよぅ……今度連れてきて良いか?」
「……抱っこさせてくれる?」
「もちろん。いや〜エリシアが“お姉ちゃんが欲しい”ってよく言うもんだからよ。ぜひそうしてやってくれると嬉しいよ」
「じゃあ、ヒューズさんはこっち!」

エドワードは目をキラキラさせながら自分の隣のソファをバシバシ叩いた。
どうやらヒューズを自分の味方陣営に入れると認定したらしい。

「よっしゃあ!」
「ヒューズ、狡いぞ貴様!」
「あ、ちなみにアイツと縁切らなきゃダメなんだぞ」
「おう、切る切る!じゃあ、ロイ。元気でな!」
「ヒューズ!!」

この中で一番敵視されている自覚があるロイは、自分の実力(?)以外でエドワード陣営に入ろうとするヒューズに非難の声を浴びせたが、逆に何の躊躇いもなく縁を切られ激しくへこんだ。
だが、ただへこんでいるだけでは性に合わないとばかりに非難轟々といった目付きで睨めば、エドワードの隣に当然のような顔で座るヒューズが嫌味なくらいニヤニヤしていた。

現在、エドワード陣営はエドワード含め3人、こちらも3人だ。
お調子者のヒューズを上手く使って向こう陣営に切り込もうと思っていたのに、早々に裏切られたのは痛かった。

―――さて、どうしてくれようか。
ロイがそう考えるのと同時、軽やかなノックの音がした。

「エドワード嬢、まだご機嫌は斜めかな?」
「アームストロングさん!」

ぬっ、と顔を出した巨体の男にロイが度肝を抜かれていると、エドワードは(ロイが)見た事もないとびきりの笑顔で男に笑いかけた。
そして、ふと、彼の手元に気になる物を見つけ、目を瞬かせた。

「そ…っ、…それは……!」

エドワードの視線を奪ったのは、アームストロングの身体に似合わない小さなトレー(というか、アームストロングが大きすぎるのだが)の上に乗った大きなガラスの器だ。
アームストロングは楽々持っているが、おそらくエドワードなら両腕で抱えても持ち上がらないだろうそれに、果物やらアイスやらケーキやらクリームがごっちゃりと山盛りに盛られている。
内容物が雑多な割に上品な仕上がりなのは、アームストロングのセンスの賜物だろう。

「ブラッドレイ殿から頼まれた特注品ですぞ」
「ブラッドレイのおっちゃんから?」
「そうだよ。それを食べて機嫌を直してくれないかね?」
「ううう……」

うわ!あのオッサン、食い物で釣りやがった!
内心そう詰りながら、ロイはブラッドレイを睨んだ。
だが、ブラッドレイはどこ吹く風とばかりにロイから視線を逸らし、更なる言い訳を始める。

「私も、エドワードには悪い事をしたと思っている……だが、聞いておくれエドワード……私だって、女優としてのトリシャの目覚ましい成長を見守っていたのに、その楽しみをいきなり奪われたんだよ。トリシャの代わりとは言わないが、その夢をエドワードに託す気持ちも分かっておくれ」

切々と語るブラッドレイに、エドワードは眉尻を下げた。
基本的にエドワードは、人を疑う事を知らない。
おそらくエドワード本人は否定するだろうが、なんだかんだ言っても箱入り娘なのだ。

「じゃあ、ブラッドレイのおっちゃんも……こっちでいいよ」
「ありがとう、エドワード!…さぁ、クリームが溶けないうちにお食べ」
「うん!」

あぁ……またエドワード陣営が増えてしまった。
ロイは涼しい表情の裏で舌打ちをした。
どいつもこいつも狡いやり口だ、と罵ったところでどうにもならない。
というか、ロイが同じ手を使っても、きっとダメだったろう事は火を見るより明らかだ。

ちらりと隣にいる自分の片腕の女性を見れば、彼女は涼しい顔で座っていた。
とりあえずは彼女と今後の対策を練るのも良い、と思い直して、肩の力を抜いた―――その時、

「あ……失礼」

バサリと音を立てて、ホークアイは手帳を落とした。
手帳の間から、黒くて小さな犬がボールと戯れている写真が零れ、テーブルの上に散らばる。

「それ……」
「あ、これはうちの愛犬なの。可愛いでしょう?」
「う、うん……」
「とても利口なんだけど、困った事に寂しがり屋なのよ。…今度連れてきても良いかしら?」
「抱っこさせてくれる!?」
「ええ。もちろん」

ぱあぁっ、とエドワードの輝かんばかりの笑顔が眩しい。

ロイは、目の保養だな、と思いつつそれを眺め―――この時点で、唯一自分が孤立無援になったのだと気付いて肩を落とした。



2010/05/24 拍手より移動

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