ガラスの靴にくちづけを | ナノ


あらすじから始めましょう

「エドワード……父さんからお前に、大切な話があ…」
「うっさい親父。入ってくんな。どっか行け」
「エドぉ〜…そんな事言わずに父さんに顔を見せておくれよぉぉぉ!」
「知らん!お前なんか、もう親でも子でもない!」
「エードー!!!」

エドワードの部屋の前で泣きながら必死に話しかけているホーエンハイムと、部屋の中からすげなく返すエドワード。
その様子を見ながら、エドワードの母親トリシャと弟アルフォンスは苦笑いしていた。
一部、立場が真逆な台詞があったが、そんな些細な事は誰も突っ込まない。
そのくらいこれはよくある光景なのだ。

「とはいえ、さすがにこのままという訳にはいかないわね」
「うん……そうだね」

トリシャはアルフォンスと頷き合うと、おもむろにドアに近付きホーエンハイムを脇に寄せた。
縋るような目で押し黙るホーエンハイムに穏やかに笑ってみせ、それから部屋の中へ呼びかける。

「ねぇ、エド。かぼちゃのパイを作ったんだけど、食べない?」
「…………ぅ」
「好きでしょ?」
「……うん」
「なら、出てきてちょうだい?大切なお話もあるし」
「……はぁい」

父親には殴りかからんばかりの剣幕だったにも関わらず、母親には驚くほど素直なエドワードだった。
ただ単にかぼちゃのパイが食べたかったからかもしれないが、それでなくとも母親に反抗する気持ちなど端から微塵も持ち合わせていないのだ。

部屋の中からはガタガタと何かを動かす音がしている。
きっと本棚か何かをバリケードにしていたのだろう(これもいつもの事だ)
しばらく大きな音がしていたが、やがてそれも止み、ひょこっとエドワードが顔を出した。
トリシャは、少し照れ臭そうにぱちりと瞬きをしたエドワードと目が合うと、ぱぁっ、と花が綻ぶような笑みを浮かべた。

「エド、出てきてくれたのね。母さん嬉しいわ」
「……うん」
「父さんも嬉しいよ、エドワードー!!!」

微笑み合う母子に気を良くしたホーエンハイムがエドワードに抱きつこうと手を伸ばした途端、

「クソ親父うっせぇ!」
「ごっふぅ……っ」

みぞおちに一発キめられ、ホーエンハイムは呆気なく崩折れた。










「母さんね、エドにきちんと話しておかなければならない話があるの……聞いてくれる?」

場所をリビングに移し、トリシャはそう口火を切った。
15歳と14歳の2児を持ちながらいつまでも可愛らしい母親に、エドワードもアルフォンスも思わず微笑んでしまう。
エドワードは母お手製のかぼちゃのパイを一口食べると、話の先を促すように頷いた。

「実はね、母さんは昔、女優のお仕事をしていた事があるの」

にっこりと微笑みながら言われた言葉に、エドワードはポカンと口を開けて―――くきっ、と首を傾げた。
パチパチと忙しない瞬きは、おそらく理解が追い付いていない所為だろう。
そして数十秒後、漸く口から出たのは「へ?」というマヌケな声だった。

「ていうか、やっぱり知らなかったんだね、姉さん……」
「アルは知ってたのか!?」
「知ってるよ。テレビでよく昔の映像とか放送してるじゃない」
「んなの、見ねぇもん」

そうなのだ。
何しろエドワードときたら、年頃の娘らしい噂話を好まず、テレビは観ない、ラジオは聞かない、雑誌は読まないの三拍子で、芸能の話題にもとんと疎かった。
おまけに通っている学校は超が付くお嬢様学校だ。
皆知っていても、不作法に問うような者はいなかったのだろう。

「15歳でデビューして……その時撮影した映画の監督がお父さんで、私達は恋をしたの」
「うむ。“恋に落ちる”とはよく言ったものだな……まさしくそういう感じだった」
「つーか、親父……それって、犯罪じゃねーの?」
「う…………」

確か両親の年の差は20くらいあったような気がする。
そう思い付くまま言えば、ホーエンハイムはギクリと身を竦ませた。
一応、犯罪者の自覚はあるらしい。
…いや、父親が犯罪者なのは今更だとして。
それよりも、母親の歳が今の自分と同じというところに変な生々しさがあって、エドワードは顔を顰めた。
だが、戸惑うエドワードを余所に、トリシャの話は続く。

トリシャが一人前の女優になる事をトリシャの叔父でありホーエンハイムの友人であるブラッドレイはとても楽しみにしていて、その為の協力も惜しまなかった。
だからこそ、2人はしばらく交際を隠していたのだ。
いつか折を見て話そうと…きっと分かってもらえると信じて。

そして、その間もトリシャは何作かの映画に出演し、僅か2年の間に人気も実力も不動のものにしていったが―――ある日、ブラッドレイに秘密がバレてしまう事態になった。
トリシャの妊娠だ。

トリシャは、生まれてくる子供の為にも華やかな世界から引退し普通の母親になる事を望んだ。
だが、ブラッドレイはすぐには許してくれなかった。
ブラッドレイには、信じていた友人に裏切られたも同然だったのだから、到底許せる話ではなかったのだ。

「それで、生まれてくる子供が女の子なら15の年に女優としてデビューさせるっていう約束を交わしたの」

ブラッドレイが親類だったとは初耳だったが、今はそれどころではない。
改めて聞けば、何とも言えない話だ。
つまり自分は、両親の不始末の尻拭いの為に今のような状況に置かれている、という訳ではないか。

「なんだよ、結局親父の所為じゃねぇか!!」
「許してくれぇぇぇ…エドぉぉぉ…!」

殺さんばかりの勢いでホーエンハイムの襟首を締め上げるチンピラのような娘に、トリシャは小さくため息を吐くと「やめなさい」と一喝する。
強い口調ではなかったが、エドワードの勢いを削ぐだけの力はあったらしい。
ぐっ、と息を呑んだエドワードは、悔し紛れに唇を尖らせて父親を睨み付けるだけに止めた。


―――だが、エドワードを驚愕させるような話はまだまだ続くのだ。



2010/05/13 拍手より移動

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