ガラスの靴にくちづけを | ナノ


一目惚れは必須事項

「やぁ、ロイちゃん。相変わらずの色男だが、逮捕されるような真似は勘弁な」
「は?」
「いや、今回の相手は高校生だろ?児童福祉法違反じゃねぇか」
「なんで手を出すのが前提なんだ……」
「だってお前、いつも共演者には当たり前のように手ぇ出してるだろ?」
「ヒューズ……お前は一体私を何だと思ってるんだ」
「え?女ったらしのろくでなしに決まってんだろ?おまけに百戦錬磨ときた。いろんな意味で人類の敵だな、お前」
「人聞きの悪い……生憎、法を犯さなければならないほど女性には不自由していない」

そう言って、先ほどヒューズに手渡された資料にちらりと目を落とす。
そこには、出演予定映画の相手役の写真があった。
大きな目が印象的で闊達そうな少女―――名前はエドワード・エルリック。
男名なのが気になったが、到底男には見えない綺麗な少女だ。
ロイの美的感覚から考えても、平均をかなり上回る美少女といえた。
だが、その穢れのない清廉さ故にロイの情欲を刺激するようなものは一切なかった。
言い方を変えれば、軽々しく手を出して良い部類の女ではなかったのだ。

下世話な言い方になるが、セフレなら何人もいる。
職業柄誰でも良い訳ではないからほとんどが同業者だが、皆互いに割り切った大人の付き合いを楽しんでいるのだ。
もちろん、本気になられるような女性には初めから手を出さない事にしている。
誰か特定の相手を作る気はないし、面倒事は端から御免だった。

―――と、まぁ、そんな事を、つい半時間ほど前には言っていたのだが。

いざエドワード本人を前にすると、あの吸い込まれそうな琥珀に目が眩んでしまった。
正直、人生初の出来事だった。


何をどうしたのかロイの控え室で座り込んでいた彼女は、事前に見た写真よりも数倍綺麗な少女だった。
飴細工のような艶やかな金髪と透けるように白い肌、大きな金色の目は琥珀のように輝き蜜のような甘さを滲ませて潤んでいた。
華奢な身体を包む開襟シャツと細身のジーンズは、シンプルであるが故に彼女という素材の良さを引き立てる結果になり、且つ、芽吹く前の少女特有の危うげな色気のようなものを漂わせていた。

ちょっとからかってみれば、真っ赤な顔で焦っている姿が可愛くて、反応のひとつひとつがいちいち新鮮で。

最初は確かに冗談のつもりだったのに、涙を滲ませた目で睨み付けられてしまえば、背中を走った情動に逆らう事など出来なくて―――


ちらりと視線を上げると、苦々しい表情をしたホーエンハイムがロイを見据えていた。
ロイの控え室で泣きながら騒いでいるエドワードに気付き、娘救出の為に飛び込んできたホーエンハイムは、当の娘本人に殴られ、更に逃げられてしまったのだ。

「酷いよ、マスタング君……いきなり手を出すなんて、約束が違うじゃないか!」
「すみません……つい」
「つい、じゃないよ……全く。ブラッドレイが持ってきた企画だから仕方なく引き受けたけど、これじゃああんまりだ」

さめざめと泣きながら「私だって、ほっぺたにしかした事ないのに…!」などと言っているホーエンハイムにはさすがに同情心が芽生えたが、もうどうしようもない。
原因は自分なのだし。
ここで「結構なお点前でした」とか言ったら刺されるだろうな、などと呑気に考えていたら、隣に座っていたヒューズが眉間に皺を寄せて唸っていた。
どうやら自分の立場に置き換えて考えてみたらしい。

「やっぱり嫌だ!エドワードは映画になど出させない!やめだ、やめ!!」
「ですが、私は相手役がエドワードでないなら出演はキャンセルさせてもらいますよ」
「マスタング君!君はそんな事が言える立場かね!?」
「ですが、ホーエンハイム監督……うちの社も、あの嬢ちゃんにならいくら出しても良いんだが、今更他の女優に変更すると言われても承諾しかねる」
「ヒューズさん!?」

こうなると、ホーエンハイムにはどうしようもなかった。
いや、そもそもブラッドレイが1冊の本を手に「この話でエドワードの主演映画を撮らんかね」と言ってきた時点でどうしようもなかった訳だが。

何しろホーエンハイムには、トリシャとの結婚でブラッドレイに大きな借りがある。
それも、返すに返せない大きな借りだ。
それをブラッドレイは、ホーエンハイムに娘が生まれその子が15になったら女優としてデビューさせる、という約束で反故にした。
よって、今のホーエンハイムにはエドワード主演の映画を撮るという選択肢以外ないのだ。

「マスタング君……あの子はまだ15なんだ。くれぐれも不埒な真似はせんでくださいよ」
「ええ、もちろん。そんな事しませんよ……まだ、ね」
「まだ、って……」
「ですが、誠心誠意口説かせてもらうつもりです。彼女は素敵だ……どうやら私は、彼女に一目惚れしたらしい」

そう言って笑うロイの、その艶やかな笑みに、ホーエンハイムは絶望的なまでに真っ青な顔で肩を落とした。
そうして、すっかり意気消沈したホーエンハイムと正式な書面にて今回の契約を交わしたロイは、ヒューズと連れ立って意気揚々とスタジオを後にしたのだった。










「ところでお前……さっきの台詞、本気なのか?」
「エドワードの事か?…なら、本気だ」
「なら、ちゃんと身辺整理しとけよ……今付き合ってる彼女……名前なんつったっけ?」
「ヴァネッサか?」
「あれ厄介だぞ。お前との事、あちこちで言い触らしてるみたいだ。なんでも、普段クールなロイ・マスタングは、ベッドの中では情熱的らしいぞ」
「へえ……それはすごいな。寝た事もないのに」
「は……?」
「あんな自意識過剰で厄介な女、頼まれたって手なんか出すものか」
「……1回も?」
「ないよ。何度か食事をしただけだ。元々ドラマの宣伝の為に、頼まれて付き合っていただけだしな……そろそろ別れるつもりだったんだが、想像以上に程度の低い女だったな」

何の感慨もなく、それどころか忌々しそうに吐き捨てた後、「さて、エドワードにどうやってアプローチすれば効果的かな」などとうっとり呟いたロイに、ヒューズは「やっぱお前、人類の敵だ」と心の底からため息を吐いた。



2010/05/11 拍手より移動

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