ガラスの靴にくちづけを | ナノ


よくある展開

「……で?なんだって?」
「こらこら、目付きが悪いよエドワード」
「これは生まれつきだ!話逸らすんじゃねぇよ!」

テーブルの上の冊子を睨み付けながら、エドワードは目の前の人物に怒鳴り声を上げた。
その剣幕に周りの目が一斉にそちらを向くが、ある意味ここ「ホーエンハイムシネマスタジオ」では「よくある事」なので、周りにいる人間に口を挿む者はいなかった。

ちなみに怒鳴られているのは、世界的に有名な映画監督ホーエンハイムである。
そして、その映画監督に偉そうな口で文句を言っているのは、彼の娘のエドワードだ。
更に2人の間に投げ出された冊子というのは、所謂ところの台本というヤツだ。
ヴァン・ホーエンハイム監督の新作映画の。
ご丁寧に「主役ジゼル役=エドワード・エルリック」と書いてある。

「今回のスポンサーがなぁ……お前を気に入ったらしくてね。この役をぜひお前に、とだな……」
「はぁ?意味わかんねーよ!スポンサーって、どこのどいつだよ!?勝手に俺を見るんじゃねぇ!!」
「だがなぁ……あっちもこっちも、お前のデビューはいつだ、と煩くて……そろそろ限界なんだよ……いろいろと」
「しねぇよ、んなもん!俺は業界になんざこれっぽっちも興味ねぇっつの!」
「でも、スポンサーに降りられたら……映画の撮影が出来ない……」
「知るか!!」

こういう業界では、俳優や監督など有名人の娘や息子という話題性だけで重宝がられる。
それ故、何かと同じ道を歩まざるをえない場合が多々あるのだ。
それも自分の意思とは無関係に。
エドワードも例外ではなく、まだ幼い頃から「デビューはまだか」という声が上がり続けていた。

だが、エドワード本人はといえば、華やかな世界を嫌い、母親の旧姓を名乗って普通に学校生活を送っている。
例えその存在感を消しきれていなくとも、本人はそのつもりだった。

そう―――だからこそ、普段から迂濶に撮影現場になど近付かないようにしていたのに、一体いつ、どこで、見られていたというのか。

「大体なんだってそんなに金がねぇんだよ?ウチ、はっきり言って質素な生活してるぜ?」
「仕方ないじゃないか……いろいろ入り用なんだから」

何度も繰り返すようだが、ホーエンハイムは世界的に有名な映画監督である。
それは間違いない……ないのだが、有名である事と金持ちである事はイコールではない。
これはあくまで“ホーエンハイムに限り”ではあるが。

ホーエンハイムといえば、芸術性の高い映画を撮る事で有名で、ナントカ映画祭などに毎回ノミネートされるような高い評価を得ているし、実際何度か賞を貰っている。
だが、その割にどの映画も興行収入が伸びないのだ。
早い話が、膨大な製作費を使った芸術性を重視した映画よりも、若手俳優を多用した恋愛娯楽映画の方が儲かるという訳だ。

そして、それに加えホーエンハイムは後継の育成に力を注いでいた。
ろくに収入のない駆け出しの若手監督や俳優に衣食住の世話までしてやっているのだ(ちなみにスタジオ内に彼らの住まいがある)。

よって、ホーエンハイム家はいつも火の車で、映画製作のたびにスポンサー探しに躍起になっている。
今回も、この不景気な中漸く見つけたスポンサーなのだ。
そのスポンサーに言われたとあっては、無碍に断る訳にいかない。
今更降りられたりしたら、次のスポンサーなんて到底見つからないだろう。

「そうか……親父は、金の為に俺を売るんだな!?この人でなし!クソ親父!」
「何を言うんだエドワード!父さんだって本当は嫌なんだ!何と言っても相手役はロイ・マスタングだぞ!?危険じゃないか!!」
「……誰だよ、それ。つか、危険て……」
「えええー…大将、ロイ・マスタング知らねぇの!?」

聞いた事のない名前に首を傾げるエドワードに、売れない若手映画監督のハボックが驚きを隠せない様子で言った。
どうにも口を挿まずにはいられなかったらしい。

「なんだよ。ジャン兄の知り合いか?」
「マジかよ……今やテレビドラマや映画で引っ張りだこの売れっ子俳優じゃねぇか」
「知らねー」

エドワードは基本的にテレビを観ない。
そんな低俗なものに時間を取られるくらいなら本を読んでいる方がいくらか人生の糧になる、というのが持論だ。

「すっげー男前だぞ?ただ、共演者キラーで有名なんだよ。今まで共演した女優をもれなく落としたってんだからな。んで、今付き合ってんのが、人気女優のヴァネッサちゃん!良いよなぁー巨乳美人!」
「…ジャン兄はそんなんだからモテねーんだよ!」

鼻の下をデレデレと伸ばしながら話すハボックに、エドワードは吐き捨てるようにそう言うと、ホーエンハイムに向き直る。

「とにかく、俺は映画になんか出ない!絶対だ!」
「待ってくれエドワード!もうすぐマスタング君が来るんだ!」
「知らん!!」

半泣きの父親を蹴り倒し、エドワードは走った。
ここで捕まったら、自分の意思など無視して女優デビューさせられてしまう。
それだけは絶対嫌だ。
こうなったら、しばらくの間家出してやる。

勝手知ったる撮影所だ。
人の目を躱しながら、ひたすら裏口目指して長い廊下を走る。
しばらく走っていると、向かいから人の話し声が近付いてくる事に気付いた。
どうやら裏口から入ってきた者がいるらしい。

「げ。挟まれたか!?」

こんなところで見つかる訳にはいかない。
エドワードは慌てて周りを見渡し、手近なところにあったドアを開ける。
そして中が無人であるのを確認すると、躊躇いつつもその中へと飛び込んだ。



2010/05/03 拍手より移動

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