事の真相は 「確かにその事件の時、私は現場にいた。……たまたま通りかかったんだ。近くのスタジオでドラマのオーディションがあって」 「オーディション?」 「まだ駆け出しの頃でね。俳優を目指したものの今ひとつ上手くいかなくて、この仕事を続けるかどうか迷っていた頃だ」 「なんか意外……アンタって、最初から順風満帆なイメージだけど」 「まさか。いろんなオーディションを受けてみたが全然だったよ。そもそも滅多な事ですぐ売れる訳がないんだ。そんな甘い世界じゃないからね。だが、私も若かったからな……上手くいかなくて自棄になっていたんだ。…ちなみに、その時受けたオーディションも落ちた」 些か拗ねたような口調でそう言えば、エドワードはクスクスと可笑しそうに笑った。 「…その時もオーディションの出来が悪かったのは自分でも分かってたんだ。それで、すっかり不貞腐れながら外へ出た瞬間……誘拐されかけた君の泣き声が聞こえてきた」 「すぐ助けてくれたの……?」 「あぁ、すぐだよ。自然と身体が動いていたんだ。後から聞いた話だが、私の蹴りで犯人はあばら骨を1本骨折してたらしい」 一瞬不安そうな顔をしたエドワードは、そのロイの言葉に安堵の表情を浮かべた。 それは、自分の言葉を信じてくれているのだと如実に表していて、ロイはきちんと話してもっと安心させてやりたいと思いながら、更に口を開く。 「あの時ほど武術の心得があって良かったと思った事はないよ」 「武術かぁ…なんか似合わないな」 「もしかしたらアクション映画のオファーがくるかもしれないだろう?だから一通り習ったんだ」 「で?オファーはきたのか?」 「いや、全然」 「無駄骨じゃん!」 いかにも面白い話を聞いたとばかりにエドワードは笑う。 その穏やかな表情に、先ほどヴァネッサによって与えられた不安感は払拭されたようだとロイは胸を撫で下ろした。 エドワードには、いつだって笑っていてほしいのだ。 悲しみや苦しみなどの負の感情から遠いところで、誰よりも幸せでいてほしい。 「無駄じゃないよ。君を助ける事が出来たじゃないか。私は、君を助けられた事を誇りに思うよ。君を穢されずに済んだ事を……」 そう言葉にすれば、エドワードは泣き出す一歩手前のような顔でロイを見た。 その縋るような目に堪らなくなって立ち上がると、ロイはそっとエドワードに近付いた。 エドワードの足元に傅き、小さな白い手を包み込むように握りしめる。 「この腕に抱き上げた君は、綺麗で穢れがなくて……まるで人の形をした宝石のようだった。あの瞬間、私は君に囚われたのかもしれない」 囁くようなロイの言葉に、エドワードはぱちりと瞬きをして首を傾げる。 あの時と同じ無垢で穢れのない琥珀は、ロイをまっすぐ射抜いた。 「君のお母さんは、道に迷って困っていたお婆さんに道案内していたそうだよ。だけど、ちょっと目を離した隙に君を見失ってしまったらしくて……」 トリシャはロイに大層感謝し、ロイが駆け出しの俳優と知るや否や、今の事務所を紹介してくれた上にブラッドレイにも繋ぎをつけてくれた。 初めての仕事は、彼女の口利きで出た映画の端役だった。 俳優としての今の地位を築いたのは確かにロイ自身だが、きっかけは紛う事なくトリシャだったのだ。 名もない駆け出しの俳優と伝説級の元女優。 その組み合わせに、世間は下世話な空想を繰り広げた。 歳の離れた夫に飽きた若く美しい妻が若い男と浮気しているのでは、と。 否定しようとすれば、エドワードの誘拐事件の真相を明かさねばならず、ホーエンハイムはそのスキャンダルをあえて放置した。 性犯罪者による娘の誘拐事件からマスコミの関心を逸らす為に。 これ以上エドワードが世間の注目を集める事のないように。 「後にも先にも、君のお母さんに会ったのはその時だけだ。その事は監督も知っているよ」 「ほんとに……?」 「本当だよ。自分が信用に足らない男だという自覚はある。だから、君が私の事を信用出来ないのは仕方ないと思うよ。…だが、トリシャさんを…君のお母さんを信じてほしい」 まるで祈るように、ロイは握りしめたエドワードの手に額を寄せ目を閉じた。 振り解かれる事なくされるがままになっているエドワードが、果たしてどんな表情をしているのか、見るのが少し怖い。 「……なんでだよ」 「エドワード……?」 ポツリと呟かれた声に顔を上げると、エドワードが不機嫌そうに唇を尖らせていた。 それにロイは首を傾げる。 今の話のどこかにエドワードを怒らせるような箇所はあっただろうか、と。 握りしめた手の甲にキスを落として、ロイはエドワードの顔を窺い見た。 「アンタさ……なんで自分を信じてほしいって言わないんだよ……?」 「え……?」 「アンタって、強引なのかと思ったら急に弱気になるし、しつこいのかと思ったら急に退くし……アンタは一体どうしたいの?」 ロイの掌の中で、エドワードの手が小さく震える。 そろりと解放するように掌を広げれば、逆にエドワードの手がロイの手を掴んだ。 「エドワード……?」 「アンタがそんなんじゃ、俺……どうすれば良いのか分からないよ」 「エドワード……」 「俺……アンタの事、信じたい……だから、ちゃんと信じさせてよ。ちゃんと、アンタの言葉で」 ―――これ以上逃げんなよ。 エドワードのまっすぐな視線を受けて、ロイはもう一度エドワードの手を強く握りしめると、力任せに引き寄せた。 2010/10/02 拍手より移動 back |