ガラスの靴にくちづけを | ナノ


まずは確認させていただきましょう

「……すまなかったね」

駆けつけた警察官への事情説明を終え事務所に戻ってきたロイは、エドワードの顔を見るなり開口一番申し訳なさそうな表情でそう言った。
いつもなら逃げても傍に寄ってくるのに、どことなく気まずそうに少し離れたソファに腰掛けて。
エドワードは、まずはロイのその態度に腹を立てた。
そんなよそよそしい態度をとられる理由などないのだから。

「それは何に対しての謝罪?」
「私の所為で、君を危ない目に遭わせてしまった」
「そんなもん、今に始まった事じゃねぇだろ」

ヴァネッサに関して言えば、以前ホテルに身を隠さなければならない事態にもなっているのだから今更だ。
それを知らない訳でもあるまいに。
そうエドワードが言えば、ロイはゆるゆると首を振り、苦しそうに噛みしめるように言葉を発した。

「だが……あの女はナイフを持っていた。明らかに害意をもって、直接君を傷付けようとしていたんだ」
「でも、アンタがちゃんと助けてくれたじゃん……」
「それでも、君を危険に晒したのは私の所為だ」
「…………」

あそこまで怒りを顕にしたロイを見たのは初めてだった。
フェミニストを絵に描いたような男が、あんな事をしでかしたとはいえ一応女性であるヴァネッサに情け容赦ない台詞を浴びせたのだ。
本気の怒りを目の当たりにして怖いと思ったのは事実だが、それ以上に「この男は、本当に自分を守ってくれているのだ」と安心感を覚えたのも事実なのだ。
だから、この男にこれ以上自分を責めてほしくはなかった。

エドワードはそっとロイに近付くと、隣に腰掛け、ロイの肩に寄りかかってみた。
間近に感じるロイの匂いに、やはりホッとするような心地になる。
先ほどロイが言ったように、確かに自分は、誘拐犯の手からこの男に助けられたのだろう。
そしてそれを、記憶のどこか奧の方で憶えているのだ。
彼の匂いと、その時に感じたのだろう安心感と共に。
そう素直に信じられる。
だが、うなだれたままの男は、エドワードを見る事なく言葉を続けた。

「…あの女が君に何か仕掛けてくる事は予想出来たんだ」
「うん……」
「監督にも、どんな事があっても君を守ると約束したのに」
「うん……」
「だからこそ、監督も君との交際を認めてくれたというのに、このザマだ……」
「……なぁ、その裏取引みたいなのは何だよ?」
「え……?」

相槌を打っていたエドワードの声のトーンが低くなったところで、漸くロイはエドワードの顔を見た。

―――見て、青ざめた。

怒りの余りか、震える身体を抑えるように両手を握りしめ、ギリギリと奥歯を食い縛っているエドワードがいたからだ。

「エドワード……?」
「おかしいと思ったんだ……みんなが急に掌を返して俺達をくっ付けようとしてたのは、そういう事なのか!?俺の意思は無視かよ!?」

これで漸く合点がいった。
今回もまたエドワードには何も語られないまま、周囲の人間達の手によっていろいろと画策がされていたらしい。
以前ホテルに匿われていた時も自分だけ事情が知らされていなかったのだが、今回もそうだったのだ。

「待て、落ち着いてくれ!」
「これが落ち着いてられるか!…ったく、どいつもこいつも……結局俺はいつも蚊帳の外じゃねぇか!」

エドワードは不機嫌に言い放つと、おもむろに立ち上がった。
離れていく温度を惜しむようにロイが目で追ってくるのを無視して先ほどまで座っていたソファに座り直し、ホークアイが煎れてくれた紅茶をひとくち飲む。
これ以上感情的にならないようにとの判断だ。

エドワードは気を取り直すように一呼吸おくと、先ほどよりも幾分落ち着いた声で話しだした。
これ以上隠し事をされて堪るものか。

「アンタさ……昔、母さんと何かあった…?」
「え……?」
「なんか……さっきあの人が言ってた……アンタとうちの母さんが付き合ってて、2人で会ってる時に俺が誘拐されたんだ、って」
「いや、待ってくれ!それは違う!」

慌てたように声を荒立てるロイの目をじっと見据えて、エドワードは言葉を続ける。

「でもアンタ……その誘拐現場にいたんだろ?…それって、そういう事じゃないのか?」
「そうじゃない!そもそも順番が違うんだ!」
「順番……?」

エドワードが怪訝そうに首を傾げると、ロイは言葉を探すように視線を彷徨わせた。
それはまるで言い訳を探しているようにも見えて、エドワードは目元を吊り上げた。

「なんだよ……俺に聞かせちゃマズイ話なのか?」
「いや、そうではなくて……どこから話せば良いかな、と……」
「どこからでも良いから、とにかく全部喋れ!俺には聞く権利がある!」

そうきっぱり言い切れば、「まぁ、1番知られたくない事は知られてしまったし」という言葉と共にため息を零し、ロイは口を開いた。

「君は本当に、誘拐犯には何もされてないんだ。だから安心してくれ」
「うん。分かった」
「え……?」

あっさりと頷いたエドワードの反応が意外だったのか、ロイはまぬけな顔で問うた。

「いや……それが1番気になるところだろう?」
「え……だって、それはさっき聞いただろ?アンタが助けてくれたって……違うのか?」
「いや、助けたよ。うん、助けた」
「だから、それは分かったから、他の話しろってば」

そう言ったエドワードに、ロイはまたもやポカンとした顔で言葉を失った。
その様子に、エドワードは訝しげな表情を浮かべると「何かおかしかったか?」と首を傾げる。

「いや……信じてくれたのなら良いんだが……それでも不安なものだろう?」
「そりゃ、さっきあの人に聞かされた時はショックだったし気持ち悪いと思ったよ。でも、アンタの言葉は嘘じゃないって感じたから……だからこの件に関しては、もう良いんだ。大体俺、目を見れば嘘か本当かの区別つくし……少なくともアンタの今の言葉は嘘じゃなかった」


だから嘘吐いてもすぐ分かるからな、と言外に告げ、エドワードはロイの目を見据えた。
嘘も言い逃れも許さないとばかりに。



2010/10/02 拍手より移動

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