ガラスの靴にくちづけを | ナノ


さて、もう一波乱

『次の仕事は刑事ドラマなんだ』
「へぇ……誑しのキャリア官僚役とか?」
『いや、主役の女刑事を助ける監察医役だよ。これがなかなか良い男なんだ』
「…そんで、その女刑事と恋に落ちて終わり、っていうお決まりのやつ?」
『そういうのはないよ。あくまで刑事ドラマだからね』
「ふぅん……」

ひと月遊び倒したロイは、最終的に事務所(というか、ホークアイ)に怒られ、次の仕事を引き受けたらしい。
そしてそれを、もはや毎日の日課とも言える電話でエドワードに告げてきた。
幾分楽しげな気配を滲ませながら。

『妬いてくれるのかい?』
「ふん。なんで俺が」
『恋人だろう?少しくらい妬いてくれても良いじゃないか』
「っ、バッカじゃねーの?」

照れて可愛くない事ばかり言うエドワードに、電話口の向こうから忍び笑いが聞こえてくる。
時たま情けない事この上ない男に成り下がるくせに、基本的に余裕綽々なところがムカつく。

「何笑ってんだよ!」
『いや……だって、私なら妬いてしまうから』
「……は?」
『私なら、君が私以外の相手と仕事する事になったら妬いてしまうよ、きっと』
「……アンタは妬くんだ?それって、俺を信用してないとかそういう事?」
『エドワード……?』

ロイの言葉を聞いた途端、腹の中にモヤモヤしたものが溜まっていくような気がして、それを吐き出すように言葉を吐いた。
だが、思いの外トーンの落ちた声が出て、それに驚いたのはエドワード本人だ。
何故そんな声が出てしまったのか、自分でもよく分からなくて。
そうしたら何だか気まずくなって、それっきり言葉が返せなくなった。

一方ロイは、不意に訪れた事態に沈黙を守りながら電話口の向こうのエドワードを想像していた。
きっとむくれたような、それでいて気まずそうな、どこか困ったような顔をしているのだろう、と。
そう思い浮かべてみれば愛しくて堪らなくなって、ロイはエドワードに気付かれないように密かに笑った。

本人にどこまで自覚があるのか分からないが、それではまるで、ロイ以外の男には目もくれないのだと自分で認めたようなものではないか。
もちろんエドワードにはそんな自覚などなかった訳だが。

「……ごめん。なんか俺、変な事言った……」
『いや、変な事ではないよ。それに私は怒っている訳ではないし』

沈黙に耐え切れずにそう言えば、ロイは普段と変わらない優しい音色で囁いた。
それにホッとしたように肩から力を抜くと、まるでどこかから見ているかのようなタイミングで柔らかな声が耳を擽る。

『私は君を信じているよ。ただ、自分に自信がないだけだ。君を繋ぎ止めておくだけの自信が、ね』
「そんなの……」

嘘だ、とは言えなかった。
事実、今まで何度かロイからそのような胸の内を告白されているのだ。

『本当だよ。本当に、ずっと傍にいられたら良いのに、と思うよ』

その懇願するような切なげな声は、もしかしたらエドワードがその声に弱いと知っていて出されたものなのかもしれない。
そう穿った見方で考えれば騙されているような気にもなるが、この男がそこまで器用な人間でない事はエドワードにも充分分かっていた。

「会いたい…な」

その言葉は、無意識のうちにエドワードの口から零れ落ちた。
何の衒いもなく呟かれた言葉には一切の照れも媚びもなく、だからこそエドワードの本心だと言えた。

『エドワード……』
「なんだろ……いろいろ、話したい事が……ある」

何を、と聞かれたら困るけれど、それでも何か、いろいろと話したい事があるのだ。
それこそ他愛もない、何という事のない話を。
ロイという人を、この不器用な男を、もっと知りたいと思ったから。

『君からそう言ってもらえるとは光栄だな……では、次のオフが分かったら知らせるよ』
「うん」
『じゃあ、そろそろ撮影が始まりそうだ。また明日、電話するよ』
「無理すんなよ」
『無理なものか。君の声を聞かずに過ごす方が無理だ』
「バカ……」

相変わらず、放っておくといくらでも甘い言葉を大盤振る舞いする男だ。
それ以上聞いてると脳みそが沸騰しそうになって、エドワードは慌てて電話を切った。
だが、通話の切れる寸前に囁かれた「愛してるよ」の言葉が耳に残って、エドワードは電話を切った後しばらくの間、頬の火照りを冷ますのに躍起にならなければならなかったけれど。










ロイの久しぶりのオフだというその日、エドワードはロイの事務所に向かっていた。
交際をおおっぴらにしている所為か2人が普通に食事や散歩をしていてもいちいち騒がれる事はなかったが、エドワードが未成年という事もあり、互いの自宅やホテルなど誤解を招く恐れのある場所には近寄らない、という暗黙のルールがある。
いつもなら校門付近で拉致られるのだが、本日は学校が休みの為、待ち合わせはロイの事務所でという事になっていたのだ。

デート用にとトリシャが買ってくれたのは、ふわふわ乙女チックなレースのミニワンピース。
そのままだと可愛すぎる気がして、それにスキニーを合わせて甘さを押さえてみたのだが、きっとあの男は「ジーンズが邪魔だな」などと言うのだろう。
そう想像して、内心で苦笑する。
それでも多分恥ずかしいくらいの称賛の言葉を浴びせられるのだろうと簡単に想像出来てしまったから。




「やっぱり、親子って好みが似るのね」

目的地の手前でいきなり目の前に立ちはだかった女性は、艶やかな唇を笑みの形にしてそう言った。
サングラスの所為で顔がはっきり分からないが、どこかで見た事があるような気がする。

「それとも、親子揃ってロイの好みだったのかしら?」

そう言ってサングラスを外した女性には確かに見覚えがあった。
ロイが知人に頼まれて付き合っていた、ヴァネッサ・ロゥだ。
ロイへの狂言擬いの言動が原因で仕事を干されたと聞いていたが、まさかこんなところで出くわすとは思わなかった。

「何の話……?」

これまでの経緯を考えると、極力近寄りたくない人物だ。
今もおそらく待ち伏せされていたのだろう。
思わず警戒心を顕にしたエドワードが1歩後退ると、ヴァネッサは勝ち誇ったように唇を歪ませた。


「ロイは、昔、あなたの母親と付き合ってたのよ」
「え……?」
「あら、知らなかった?」


相変わらずの隙のないメイクに自信満々ともいえる表情を貼り付けたヴァネッサは、戸惑うエドワードを見下し、心底楽しそうに声を上げて笑った。



2010/09/23 拍手より移動

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