彼と彼女の裏事情 世間一般では、ロイとエドワードは交際していると認識されているらしい。 ロイ自身はエドワードの事を好きだと言って憚らないし、ホーエンハイムに至っては「恋愛は自由だから、いくら父親でも口を挿むつもりはないですよ」などと、どちらかといえば肯定ととれる発言をし、挙げ句「騒がず、そっと見守ってやってほしい」などと余計な一言を付け加え、エドワードが否定する機会まで奪ってしまった。 あぁ、これは一体どうした事だ。 あんなにロイの事をヤダヤダ言ってた父親が、まるで掌を返したようにロイへの態度を軟化させたばかりか加担している。 …いや、ホーエンハイムだけではない。 ホークアイなどもそうだ。 最初あれほどロイからエドワードを守ろうとしていたのに、どんな感情の変化が起こったのか最近などは進んでロイの背中を押しているような気がする。 こんな風に周囲に後押しされてしまえば、未だに抵抗しているエドワードがただ単に1人意固地になっているだけのようで、なんとなく居心地が悪い。 だからと言って、今更首を縦に振るつもりは全くないけれど。 「あれからいろいろ考えたのだが……足りないものが分かったよ」 「はぁ……?」 俳優というのは皆こんなに暇なのか、それともこの男が特別暇なのかその辺はよく分からないが、エドワードが心配になるくらいロイはしょっちゅうエドワードの前に姿を現していた。 電話やメールに至っては毎日だ。 そして、今日も今日とて下校途中で捕獲され、またもやロイのお薦めのレストランで夕食を共にしている。 「で、何が足りないって?」 「私の“押し”だ。そうだろう?」 「……アンタ、ほんっとーにバカだよな」 自信満々に笑顔で言い放った男に、エドワードは呆れたようにため息を吐いた。 まともに相手をしているとバカをみるだけだ。 「本当の恋の前では、人はバカになるものさ」 「アンタは出会ったその日からずっとバカだ」 「それはもう、出会った日から君に夢中だからね」 「もう、やめろよ」 そう言って手にしていたフォークとナイフを下ろせば、カチャリと思いの外大きな音がして、エドワードは肩を竦めた。 2人しかいない個室内には、幸い咎める者はいなかったが。 「なんなの、アンタ……俺をどうしたいの?共演した女とは必ず付き合わなきゃいけないとでも思ってんの?」 「エドワード……?」 「どうせ次の仕事で共演した女とも付き合うんだろ?なら、さっさと次の仕事受けて、これ以上俺に拘るのはやめてくれよ」 みっともなく声が震える。 エドワード自身、この男を振り切るには既に深入りしすぎているのだという事は分かっていた。 だけど、このまま受け入れる事は出来そうになかったのだ。 一緒にいる事も離れてしまう事もどちらも怖くて仕方ないのに。 「次なんてないよ。私は君が好きなんだ。君に私の気持ちを受け入れてもらいたい……ただそれだけだ」 「そんなの、無理だ……」 「エドワード」 不意に肩を掴まれてエドワードは震える手からフォークとナイフを落とした。 いつの間に傍まで来たのか、向かいの椅子に座っていたはずのロイに真っ正面から顔を覗き込まれ、エドワードは目を逸らす事も出来ずに潤んだ目で睨み付ける。 自信家で誠実なところが欠片もなくて女誑しのろくでなしで、欠点しか思い付かないような最低の男なのに、どうして拒絶しきれないんだろう。 どうして嫌いになれないんだろう。 「俺、帰る……」 「エドワード」 「もう帰る!だから、手…離せ…―――」 「嫌だ」 「っ!」 背中に回された腕に力任せに拘束され腕の中にすっぽりと閉じ込められて、一瞬気が遠くなった。 何故か安らぎすら感じさせるロイの匂いが鼻先を掠め、自然と身体から力が抜けてしまう。 「私は本気だ……もう、君以外なんて考えられない。君が好きなんだ」 「嘘だ!…もう離せ…っ……離せよ……!」 「絶対離さない」 するりと背中を這った掌に生々しい意図を感じて、エドワードの身体は硬直した。 逃げなければと思うのに、身体が言う事を聞かない。 「私は、君しかいらないんだ」 ―――どうすれば信じてもらえる? 耳元に息を吹き込むようにして囁き、ロイはエドワードの首筋に口付け、きつく吸い付いた。 僅かな痛みに驚いて顔を上げると、今度は唇を塞がれる。 それは、初めて会った日にされた冗談混じりの軽いものでも、撮影の時の壊れ物に触れるようなものでもなく、まさしく男の本気を知らしめるような荒々しく余裕のないものだった。 「ん…っ、……や……っ!」 振り払おうとむちゃくちゃに両腕を振り回せば、勢いが余って弾き落としてしまったグラスか何かが割れる音がして―――漸く我に返った男の拘束が緩む。 「……すまない」 「…………」 「私は、君をからかっている訳ではないんだ……本当に、本気で君を……」 ロイの顔を見たら、無性に泣きたくなった。 苦し気なその表情を見れば、彼の本気が痛いほどよく分かる。 分かるのだ―――けれど。 「……帰る」 「エドワード……!」 この男の思いには、未来が見えない。 エドワードが欲しいのは、今だけ向けられる愛情じゃない。 差し出された手を振り払って、エドワードはレストランを飛び出した。 2010/08/30 拍手より移動 back |