ガラスの靴にくちづけを | ナノ


実力行使は得意なんです

授業が終わって帰宅の途についていたエドワードは、校門の真っ正面に横付けされた車にクラクションで呼び止められ、胡散臭げに振り向いた。
何気に目立つ高級外車だが、車自体に見覚えはない。

―――新手のナンパか、はたまた芸能レポーターか。

先日封切られた主演映画のヒットにより不本意にも世間様に顔が知れ渡ってしまったが為に、ここ最近訳の分からない輩に絡まれる事がよくあるのだ。
これも大方そんなところだろう、と当たりを付け、エドワードが無視して通りすぎようと足を踏み出した―――途端、車はジリジリとエドワードについて来た。
ご丁寧にクラクションを何度も鳴らしながら。

競歩並のスピードで歩いても、相手は車だ。
振り切るどころか引き離す事も出来まい。
まるで寄り添うように横をついてくる車に、エドワードのイライラは積もりに積もる。
いよいよ苛立ちが限界に達しようとしたタイミングで車のウインドウが開かれる気配がして、エドワードは一言文句を言ってやろうと振り返り口を開いた。

「私だ、私」
「…―――」

だが、文句を言うより先に聞き覚えのある声が聞こえてきて、エドワードは呆然と立ち止まった。
車もすかさず停まる。

「やぁ、エドワード。久しぶりだね。会いたかったよ」
「な…っ!なんでアンタがここに!?」
「なんで、って…君を迎えに来たんだよ。電話だと断られるからね。これからデートしないか?」

エドワードの動揺にもお構いなしのロイ・マスタング(29歳・俳優)は、ニコニコと胡散臭い笑顔でそう誘うと「監督の許可も貰ってるから大丈夫」などと余計な手回しまで披露してくれた。
―――というか、何許可してんだクソ親父。

撮影が終わったと思ったら、今度は携帯への電話とメール攻撃が待っていた。
どこから番号やアドレスが漏洩したのかと思えば、なんと父親からだというではないか。
エドワード本人が認めていないにも関わらず、エドワードの周囲は2人の交際を大プッシュしている、という恐ろしい事実に愕然としつつ、ありとあらゆる誘いをシカトしまくっていた訳だが。

「は?何言ってんだ、アンタ。んなもんする訳ねぇだろ!」
「そんな照れないでくれたまえよ。あ、食事はあんまり堅苦しいところは嫌だろうから、田舎の家庭料理がメインのレストランを予約してあるんだ」
「おい!人の話を聞けよ!」
「まぁ、そう言わずに乗りたまえよ。はからずも注目の的だ」

そう言われ、ハッとして周りを見渡せば、エドワード同様下校途中の生徒が何事かと遠巻きにこちらを窺い見ていた。
中には「あれ、ロイ・マスタングじゃない?」なんて声も混じっている。
ここの生徒は皆由緒正しいお嬢様ばかりなので、不躾に直接何か問われたりはしないが、あからさまな好奇の目に晒されるのは御免蒙りたい。

「文句なら聞くから、とりあえず乗りなさい」
「…くっそ!」

エドワードは舌打ちして、やや乱暴に車のドアを開けて乗り込むと、親の仇のようにロイを睨み付けた。
精一杯の敵意を込めてみたのだが、残念ながらロイはそんなエドワードの態度にも愛しくてならないという表情を崩さなかった。










ロイの選んだレストランは、郊外の住宅地の中に紛れるように立つこじんまりとした家庭的なレストランだった。
派手さはないものの、かなり繁盛している店らしくどのテーブルも客が犇めきあっている。
隠れた名店というのはこういう店をいうのだろうな、とエドワードは感心したように店内を眺めた。

さて、こんな他人の目があるところで、この有名人はどうするんだろうか。

そう訝しげにロイを窺い見れば、ロイが予約していたという店の奥の間仕切りで仕切られた半個室のようなテーブル席に通された。
なるほど、見たところ他人の目にあまり触れずに済みそうな場所だ。
慣れた手回しにエドワードは一先ずホッと胸を撫で下ろした。
だがそれと同時に、以前にも誰か別の女性と来た事があるんだな、と気付いてしまって、胸がちくりとするのに気付かないふりをするしかなかった。





「ったく、学校まで来るとかさぁ……一体どういうつもりなんだよ?」
「今日こそは君と食事がしたかったんだ」
「アンタ、仕事は?」
「今は事実上オフだな。なかなか面白そうな仕事がなくてね……」
「選り好みかよ。良いご身分だな」
「ホーエンハイム監督との仕事があまりに楽しかったのでね。つまらないドラマの仕事はしたくないんだ」
「ふーん」
「君と共演出来るなら、どんな仕事でも喜んで引き受けるんだが」
「何言ってんだよ……」

互いに黙々と食事を続けながら、2人は小気味の良い会話を繰り広げる。
エドワードの口から出る言葉といえば憎まれ口ばかりなのに、ロイの顔から笑顔が消える事はなかった。
エドワードだって、そんな憎まれ口とは裏腹に照れ臭そうな表情なのだから、傍から見れば随分と仲睦まじく見えただろう。
実際、この店の女性店主が微笑ましげに2人の様子を眺めていた事を、エドワードは知らない。

「ところで。撮影が終わってかれこれ1ヶ月経つ訳だが……そろそろ返事はもらえないのかな?」
「返事?……何の?」

分かっていてそう問えば、ロイは鼻の頭に皺を寄せて不機嫌そうな表情を演出しながら首を竦めた。

「君はつれないな……私はこんなにも君が愛しくて堪らないというのに」

少し拗ねたように、さも「傷付きました」と言わんばかりに呟くその仕草のひとつひとつがいちいち芝居がかっていて、自分にない余裕を見せつけられるようでエドワードには気に食わなかった。
確かに世界最高峰の山と砂場の小山くらいの人生経験の差があるのは事実だし、嫌というほど分かっているけれど、こんな風に見せつけられるたびに胸が朿か何かで刺されたように痛むのだ。
こんな痛みなんか、要らないのに。

「なんだよ……アンタがこんな事で傷付くタマかよ?この1ヶ月間、3日と空けず電話やらメールやら送ってきて、懲りもせずストーカー行為に及んでるオッサンがよく言うぜ」
「君が照れ屋なのは知っているが、少し素直に認めたらどうだね?」
「何がだよ」
「自分の気持ち、だよ。君は私が好きだろう?」
「……ふざけんな」

本当は、答えなんかとっくに出ている。
あの時、エドワードは自分の気持ちを認めてしまっているのだから。
エドワードが素直に頷けば、流れに任せてしまえば、きっとその瞬間から2人の関係はもっと甘いものに変貌を遂げるだろう。

だけど。

「アンタみたいなタラシに絆されて堪るか、っつーの」
「日々君への愛を囁いているのに……まだ何か不満なのかい?」
「足りないもんだらけだ」

ロイの言葉を切り捨てるように遮ると、エドワードはそれっきり口を閉ざした。
口を開くと、泣いてしまいそうだった。


「……それでも私は、君が好きだよ」
「…………っ」

蕩けるような表情で真摯に告げる彼のその言葉を、もう嘘だとは思えない。
けれど、恋多きこの男は、きっとこの先別の誰かと新しい恋をする。
いつか必ず来る終わりの時が、エドワードには怖かった。
いつか終わるなら、最初から始めなければ良いだけだ。


そう―――足りないのは、エドワードの覚悟だ。



2010/08/30 拍手より移動

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