王子様のお役目 「………………って、何だこれ?」 記事を読んだエドワードは、そう言ったきりポカンと口を開けたまま固まった。 開いた口が塞がらないとはこの事だ。 「全く、良い迷惑だよなぁー」 先に目を通したのだろうハボックも、呆れ口調で相槌を打った。 確か以前、「巨乳美人良いなぁ」と羨ましがっていた同じ口で「女、こえぇー」なんて言っている。 エドワードが平静を保っていたら、「ジャン兄は女を見る目がないんだ」と突っ込んだだろう。 だが、エドワードの目は雑誌から離れなかった。 理解が追い付かないというよりは、ただ単に呆気にとられていたのだ。 雑誌には【ロイ・マスタング、ヴァネッサ・ロゥの狂言に警告】の見出しで、これまでヴァネッサが他誌で語ったロイとの関係は全て狂言であり、彼女の一連の行動について提訴も辞さないという記事があった。 「世話になったプロデューサーに頼まれ、仕方なく何度か食事に付き合っただけ」「身体の関係は全くないし、そもそもそんな気にもなれない」「彼女の虚栄心を満たしてやる義理もない」など、かなり辛辣なコメントが続いている。 これまで数々の浮き名を流し基本的に女好きなはずの男がここまで言うのだから、これは相当怒っているという事なんだろう。 そしてそのコメントに対し、記事を書いた記者はロイに同情的で、ヴァネッサの今までの経歴や人間性に触れ批判的な意見を述べていた。 「でもさ……この記事とパパラッチの件は別だろ?この人がどうだろうと、パパラッチはゴシップネタ追うのを止めないんじゃねぇの?」 「どんなネタ仕込んだのか知らねーけど、狂言で訴えられるような女だぜ?パパラッチも、振られた腹いせにガセネタ仕込まれた、って思うだろ?……それに、」 「それに?」 「キング・ブラッドレイを敵に回す勇気のあるヤツはいねぇよ」 「ブラッドレイのおっちゃん?」 何故そこでその名前が出るのだろうか、とエドワードが首を傾げると、ハボックはニタリと面白そうに口元を歪ませながら「お前はそうは思ってないかも知れねぇけど、あのオッサン、この業界の首領だぞ」と笑い、説明を始めた。 今や業界では「ヴァネッサ・ロゥは共演した俳優に入れ込んだ挙げ句、狂言で業界に混乱をきたしたお騒がせ女優」とされ、ブラッドレイの差し金で「映画会社や各放送局では当面ヴァネッサを使わない」という協定が結ばれたのだという。 つまり、下手にヴァネッサに関わると自分も仕事を失いかねないのだ。 それが例え企業に属さないフリーのカメラマンだとしても。 「要するに……この姉ちゃん、仕事を干されたって事?」 「そういう事」 「そこまでやったら余計に恨まれんじゃねぇの?…かなり過激だぞ、この姉ちゃん」 何を言われたのかは分からないが、嫌がらせの矛先は確実にこちらを向いていた訳だし、下手すればこちらが恨みの矛先を向けられるんじゃないか、と気持ちが悪い。 面と向かって喧嘩を売られたところで負けるとは思わないが(何しろありとあらゆる武術を習得済みだ)、集団で闇討ちとかは勘弁願いたい。 記事によると、何やらよろしくない職業の方達とお付き合いがあるみたいだし。 つか、一体どんな姉ちゃんだ。 「まぁ、大将の事はちゃんと守ってやっから。心配すんなって」 「ジャン兄が?」 「……関係者各位で」 「なんか頼んねーの」 そうこう話しているうちに、10日ぶりの我が家に辿り着いた。 庭先に伸びるリビングの灯りに、エドワードの肩からは力が抜ける。 自覚はしていなかったが、やっぱり緊張していたのだろう。 問題は解決とまではいかないが、とりあえず今晩からはゆっくり眠れそうだ。 「んじゃ、ジャン兄ありがとな」 「あ、大将…―――」 「ん?」 「お前の事は、あの人が守ってくれるから」 「あの人?……て、誰?」 そんな人はいただろうか、とエドワードが首を傾げると、何やら言い難そうにハボックは口元をもぐもぐさせていたが、やがて意を決したように口を開いた。 「ロイ・マスタング」 「…なんでアイツ?」 知らず、エドワードの眉間に皺が寄る。 大体、あの男の所為でこんな事になっているというのに、守るも何も害ばかりではないか。 そう思ってハボックを見返せば、またもや迷うような素振りで目を泳がせる。 「はっきり言えよ!」 「あー…この前さ、ちょっと立ち聞きしちゃってさ……いや、わざとじゃねぇんだけど」 「何を?」 「ロイ・マスタングとヴァネッサ・ロゥの会話」 「は?」 「ほら……この前、お前をホテルに送っていく途中でスタジオに寄った時。あの時、ヴァネッサ・ロゥが来てたんだよ。ロイ・マスタングに会いに」 その言葉に、エドワードはこの前見た光景を思い出して痛む胸を押さえた。 図らずも自分の気持ちに気付いてしまったあの日の。 「聞くつもりはなかったんだけど、ちょうど揉めてるところに出くわして……」 「揉めてた?」 「あ〜…その記事の事じゃねぇ?…で、あのフェミニストを絵に描いたような男が、迫ってきた女を容赦なく振り払ってんだぜ…触んな、って。あれはビックリした」 「え……」 「その時にさ、言ってたんだ。“お前が何を企もうが、エドワードは私が守る”って」 ―――あの人……お前の事、本気で好きなんだな。 そう言って笑ったハボックに、自分はどう返事をしたのだろうか。 出迎えてくれた母親や弟とも何か話したような気もするが、何も覚えていない。 とりあえずご飯を食べて、お風呂に入って、さっさと部屋に引っ込んで。 自分のベッドに横たわれば、自然と目蓋が重くなった。 最後の撮影は3日後。 それまでにジゼルの気持ちに近付かなければならない。 ジゼルは先生が好きで、自分の死期を知っていて、先生の気持ちは知らないけれど、自分の気持ちは伝えたいと思っている。 「なぁ、なんで……」 もう会えなくなるのに、お前はどうして気持ちを伝えようと思ったんだ? どうして笑って「さよなら」が言えたんだ? なぁ、ジゼル……どうして? 俺はジゼルみたいに素直じゃないから、お前の気持ちが分からないよ。 アイツの言葉を、そのまま信じられるほど素直じゃないから、だから。 好きだなんて、俺には言えない。 2010/07/30 拍手より移動 back |