ガラスの靴にくちづけを | ナノ


過去の清算

この世に生まれ出た瞬間から、エドワードは綺麗な子だった。

金色の飴細工のような艶やかな髪に雪のように白い肌。
琥珀を思わせる大きな金色の目は、見る者全てを虜にした。

良い意味でも、悪い意味でも、エドワードは目立ちすぎたのだ。

出来る事なら隠しておきたかった。
ずっとずっと、誰の目にも触れないように。
危ない事や怖い事全てから守れるように。

「だが、そう思う自分自身が、あの子を世間へと知らしめてしまった……守るどころか、危険に曝したんだ」


―――私なんかの娘に生まれたばかりに。


酷く辛そうにそう言ったホーエンハイムに、ロイはかける言葉が思い浮かばなかった。



ホーエンハイムが初めて映画賞を受賞したのは、エドワードが2歳の時だった。
どうしても一家で出演してほしいと頼まれ、断りきれずに一度だけエドワードを連れてテレビ番組に出たのだ。
主役である父親の膝の上に抱かれ、たった5分間、画面の隅に映っていた金色の子供。
その、美しくも無垢な輝きに心を奪われたのは、老若男女問わず様々だった。
何しろそれからというもの、エドワードは様々な者達から狙われるようになったのだから。

芸能界を始め、身代金目的で有名人の家族を誘拐しようとする犯罪組織、そして、もっと厄介だったのが―――



その日、ロイはドラマのオーディションでスタジオにいた。
俳優を志したものの、目指す先が不透明で、どんな風になりたいとか、どんな役がやりたいとか、そんな目標を見失いかけていた頃だ。
オーディションでの出来が思わしくなくて、半ば自棄になってスタジオを出れば、突然子供の泣き声が聞こえてきた。
振り向いた先、少し離れたその場所に、1人の男が小さな子供を抱え上げていたのが見えた。
明らかに尋常ではない泣き声に、ロイは身を固くした。

誘拐だ―――直感でそう思った。

ロイは周囲を見渡し、近くに居合わせた女性に警察を呼ぶように頼むと、誘拐犯に向かって走った。
驚いてナイフを振りかざした男の顔面を狙ってジャケットを投げつけ、ナイフを持つ手の手首に手刀を食らわせる。
怯んだ隙に鳩尾に1発入れ、その腕から幼子を奪い返し、そのまま男の腹を蹴り飛ばした。
何かの足しになるかと覚えた武術だったが、選択は間違っていなかったらしい。
後にも先にも役に立ったのはこの時だけだが。

「……大丈夫か?」

取り戻した子供にそう声をかければ、腕の中で小さな金色の頭がこくりと頷いた。
驚きのあまりかすっかり泣き止んでいた子供は、ふるふると震えながら顔を上げた。

「…おにーちゃん……ありがとぅ」

ひくり、としゃくり上げるようにして言った子供の琥珀のような目は涙に潤んでいて、赤くなった目元や涙の筋が残る頬に憐憫の情が湧いた。
さぞかし怖い思いをしたのだろう。
袖口で目尻に溜まった涙を拭ってやると、小さな手はロイのシャツを力一杯握りしめた。

綺麗だ、と思った。
まだまだ幼い子供なのに、こんなに綺麗な人間には会った事はない、と言い切れるほどに。
さながら、人の形をした宝石のようだった。

「エドワード!!」

不意に、子供のものらしい名前を呼び、泣き叫ぶ女性の声がして、ロイは子供を抱えたまま振り向いた。
すると、警官と共に母親らしき美しい女性が駆け寄ってくるのが見え、ロイは子供をそっと地面に下ろした。

「おかあさん!」
「エドワード……エド……!」

感動の対面を果たした親子に背を向け、すっかり気を失ってしまっていた誘拐犯を警官に引き渡す。
その後、調書を取らせてくれと言われ被害者親子と共に事情を聞かれる段になって、ロイはその子供の母親が伝説の女優と謳われたトリシャ・エルリックである事に気付いた。

15で銀幕デビューした後たった2年であっさり引退してしまったトリシャは、人気の絶頂期に引退した事もあり伝説級の人物だ。
ロイも彼女の出演映画を観ていたし、友人は彼女のファンだったのだが、まさかこんな事で知り合うなどとは思いもしなかった。
噂に違わぬトリシャの美しさには、ロイも息を呑むばかりだった。
その細い腕に抱かれた金色の子供と相まって、まるで宗教画の聖母像と見紛うほどに。

犯人は捕まり、子供も無傷。
ここまでであれば美談で済んだのだが、生憎そうはならなかった。
子供を誘拐しようとした犯人が幼女性愛嗜好者だったからだ。

ホーエンハイムは余計な詮索や憶測を嫌い、この事件に関して箝口令を敷いた。
大事には至らなかったが、これが娘の将来に影を落とすのではないかと恐れたのだ。

だが、それでも情報の洩れは生じるもので、心ない中傷が1部で囁かれたりしたが―――その後、幸か不幸か別のスキャンダルが持ち上がり、マスコミの関心は一気にそちらに移った。
その結果、エドワードの誘拐事件について触れる者はいなくなった。

―――はずだったのに。

「やっぱり私は間違えたのかなぁ……疾しい事などひとつもなかったのに、あの時、隠さず全てを明かしていれば……今になって、こんな……」

ホーエンハイムは、娘を庇う父親として最善な判断をしたと思う。
実際普通なら既に忘れられていて当然の出来事だったろう。
だが、人は、マスコミは忘れなかった。
有名な映画監督と元女優の間に生まれた娘であり、彼女自身が輝きを隠しきれない存在であったが為に。










「随分とお悩みのようですが……エドちゃんの事ですか?」
「……男に抱かれて帰っていったんだぞ…おまけに、一緒にホテルに泊まってるなどと言われて気にならない訳がないだろう。あの男はエドワードの何なんだ……」

思考を占めていたのはそればかりではないが、気になっているのは事実なので、不愉快さを隠さずに吐き捨てる。
すると、その分かりやすい態度にホークアイは小さく笑い、口を開いた。

「ジャン・ハボック氏。ホーエンハイム監督の一番弟子で、エドちゃんや弟のアルフォンスくんの兄的存在。今は監督の助手を務めていますが、将来的にはアクション映画で世界を目指す予定。25歳独身。…以上です」
「……詳しいね」
「はい。エドちゃんに“結構良いヤツだから、付き合ってみないか?”と紹介されましたので」
「…………は?」

またもやしれっと言い放たれた言葉に、ロイはポカンと口を開けてホークアイを見た。
心底驚いた様子を隠さないロイに、ホークアイは相変わらず感情の読めない表情で口の端を持ち上げると、「返事は保留中ですが」と付け加え、ハンドルを切る。

「ちなみに、エドちゃんと同室に泊まっているのは、マリア・ロス女史。ハボック氏はアルフォンスくんと一緒にエドちゃんの隣の部屋に泊まっているそうです」
「は……」
「いくら何でも、年頃の女の子と同じ部屋に、兄的な立場とはいえ男性を泊めたりしませんよ」

「少し冷静さを欠いてませんか?」と悪戯が成功したと言わんばかりに笑われ、ロイはこの敏腕マネージャーにからかわれたのだと気付き、思わず頭を抱えた。
これからやらなければならない事を考えると、冷静さを欠く事が如何に危険であるか分かっていたはずなのに。

「でも、あなたがエドちゃんを本気で好きだという事が今のでよく分かりました」
「…………君には負けるよ」
「どうぞ頑張ってください。手伝いませんが応援してますので」
「あぁ」

とりあえずホークアイには自分の本気が通じたらしい。
これで少しは妨害工作が減るだろうか、などと考えつつ、ロイは肩の力を抜いた。



2010/07/14 拍手より移動

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