ガラスの靴にくちづけを | ナノ


嫉妬と戸惑いと、その他もろもろ

一体いつの間に眠ってしまったのか。
すやすやと健やかな寝息を立てるエドワードに、ロイは愕然としつつも緊張を解いた。
返事がなかったのは、無視したのではなく聞いていなかったから、という事らしい。
そう思えば、先ほどどん底まで沈み込んだヘコみも少しだけマシになった気がした。

「……私も大概単純だったのだな」

ポツリと零し、ロイは苦笑した。
無駄に女性経験は積んでいない、と言い切れるくらいの数は相手にしてきた。
百戦錬磨という話もまぁ、決して誇大な表現ではない。
だが、相手の言葉や態度にいちいち心を砕いた事も感情に干渉した事もないばかりか、相手にそんな事を望んだ事もないし、逆に煩わしいとさえ思っていた節もある。
楽しい時間だけ共有出来れば、それで良かったのだ。

だから、少女1人の一挙手一投足にこれほどまでに心を乱されるなんて初めての事で、自分でも戸惑いや驚きは隠せない。
彼女となら、どんな些細な感情の変化にだって漏らさず干渉したいし、楽しい時間だけじゃなく苦しい時も悲しい時も全ての時間を共有し合いたいと思う。

彼女の全て―――それこそ、切り落とした爪の先や髪の毛1本すら余さず自分のものにしてしまいたい。
そんな、今まで感じた事のない醜いまでの独占欲に眩暈がする。

「エドワード……エド……」

そんな甘美な感情に胸を支配されながら、そう愛しげに名前を呼べば、エドワードはむにゅむにゅと何やら聞き取り不可能な寝言を呟きころりと寝返りを打った。
その稚い寝顔に、たった今湧き上がっていたはずの劣情は急速に鳴りをひそめた。

それはきっと、己の醜い欲望に対し罪悪感が勝った結果なのだろう。

ふ、と肩の力を抜いて、エドワードの寝顔をこっそりと眺めてみる。
とても綺麗な少女だと思う。
姿形が、というのもだが、何しろその身に纏う空気すら清廉で、穢れを知らない琥珀のような目は初めて会った日からロイの心を捉えて離さない。
その目に映るのが自分だけならどんなに素晴らしいか、と何度考えたか分からないくらいだ。

だが、その琥珀が目蓋の裏に隠されると、勝ち気で元気な印象が薄れ、その代わりに芸術的な隙のない美しさが浮き彫りになり、近寄りがたい印象へと変わる。
いっそ神々しいと言えば良いだろうか。
金粉というかオーラというか、何かそんなもので包まれてガードされているような感じがして、自分のような人間が易々と手を出して良い相手ではないのだ、と嫌でも思わされる。

視線の先には、もぞもぞと身動ぎしながら更に丸まって本格的に寝る体勢になろうとしているエドワードがいた。
いくら小柄なエドワードとはいえ、少し狭くて寝難そうだ。
起こした方が良いとは思うが、触れるのが怖い。
穢してしまいそう…というか、決して不埒な真似などする気はないが、何やら壊してしまいそうで怖い。
それより何よりまた拒絶されたらと考えると、もっと怖い。


「あ、やっぱ寝ちまったか……大将、昨夜遅くまで起きてたからなぁ……」


思案するロイの前にいきなりやってきた長身の男は、何やらそんな意味深な事を言いながらエドワードの頬を指で突いた。
ロイの頭の中は一瞬のうちに「なんだこの男は。私のエドワードに触れるなバカ者」と罵倒する言葉で一杯になったが、その内容に呆然としてしまったが為にしばらくの間が出来た。

「いや、早く寝ろっつーのに、いつまでも本読んでたんスよ。朝は当然起きないし」
「…………」
「しかし、ここまでして起きないってのはもう、どんだけ寝汚いんだっつーんですよねぇ」

へらへら笑いながら、男はエドワードの頬をみゅーんと引っ張った。

柔らかそうだと常々思っていたが本当に柔らかそうだ、よく伸びる。
可愛らしいエドワードの顔は頬を引っ張られても可愛らしい。

そんな、一見的外れな事を考えながら、ロイは呆然とその光景を眺めていた。
そんな親しげな様子を見せつけられては、何かもう、言葉もなかったのだ。

「あぁ、寝てしまったか……ハボック君、すまんがエドワードを連れて帰ってやってくれないか?君も今日はもう上がって良いから」
「了解ッス」

“ハボック”と呼ばれた男は、手渡された薄手のブランケットでエドワードの身体をすっぽりと包み込むと、軽々と抱き上げた。
所謂子供抱きというやつで。
急に体勢が変わった所為かエドワードがむずがるように首を動かし、ハボックの肩の上に頭を乗せると巣籠もるように額を擦り付ける。
無意識なのか、すぅ、と匂いを嗅ぐように深く息を吸うと、知った匂いに安心したようにへらりと笑い、エドワードは更に深い眠りへと落ちていった。

「じゃあ、お疲れ様ッス」

呆然とするロイにそう挨拶をして、ハボックはさっさと出ていってしまった。




「…………誰だ、あれは」


ロイが正気に返ったのは、まさしく2人がスタジオから消えてからの事だった。


「私のエドワードを抱っこするなど……百万年早いわバカ者が!!」


全身から猛烈な殺気を放ちながら、憮然とした表情のままロイはそう零した。
今にもエドワードを追いかけていきそうな勢いだ。
というか、追いかけようと立ち上がった。

だが、


「私の助手のジャン・ハボック君だよー。さぁ、マスタング君。そんな事より次のシーンいこうか!」


という、ホーエンハイムの簡単すぎる説明と有無を言わせぬ指示に、言いたい事も聞きたい事も一杯あったが、ホーエンハイムの様子を見る限り害のない男らしいと己を納得させ、ロイは渋々足を止めるしかなかった。
このままごねたところで事態は変わらない事は間違いない。
「やって終わる」は、イコール「やらないと終わらない」と同義だ。


だって、ホーエンハイム監督のもうひとつの拘りとは「撮影スケジュールは絶対変えない」なのだから。


「それと、マスタング君には聞きたい事があるんだ」


呟くように言われた言葉は、ホーエンハイムらしくなく気弱な響きで。


「は?…何を、ですか?」
「うん…ちょっとね……」


そう言ったホーエンハイムは、監督ではなく父親の顔をしていた。



2010/07/10 拍手より移動

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