ガラスの靴にくちづけを | ナノ


またもや伏線

「よぅ、大将」
「ジャン兄……なんでここに?」

授業を終え、帰宅しようと校門付近まで歩いたところで、兄と慕う長身の男に呼び止められた。
国内有数のお嬢様学校という事もあり家族や使用人による送迎も珍しくないのだが、生憎エドワードは今まで自力で登下校していて、こんな風に迎えが来た事はない。
一体何事かと、エドワードは眉根を寄せた。

「今日は俺、撮影なかったよな?予定でも変わった?」
「いや、予定は変わってねぇけど……ほれ、あれだ」
「どれだ?」
「いや、ほれ……あれだよ、あれ!」
「はあ?」
「とにかく早く乗れ!」
「なんだよ、いきなり!?」

どうにも様子のおかしいハボックにエドワードは身構えたが、何しろリーチが違う。
ガシッと腕を掴まれたかと思うと、そのまま人さらいよろしく車の後部座席に放り込まれた。

「痛ってぇな!一体なんだよ!?」
「ちーっと悪ぃんだけどよ、シートに伏せててくんねーかな」
「はあ?」

長身の人さらい…もとい、兄貴分は、運転席から振り向くと長い腕を伸ばしエドワードの頭を押さえつけた。
有無を言わさぬ強引な仕草に文句を言おうと口を開いた途端、車は急発進し、エドワードは危うく舌を噛むところだった。

「喋んのは後にしてくれよ」
「ぅー……」

なんだかよく分からないが、車は右へ左へとまるで何かから逃げるように走り続けている。
はて一体何事かと首を傾げて、ふと、助手席の下に転がる物に気付いた。
所謂、写真週刊誌と呼ばれる雑誌―――それも、先日ロイとエドワードの関係を書き立てた雑誌とはまた別の、男性向きのちょっといかがわしそうな雑誌だ。
ちらりと表紙に視線を落とし、【ヴァネッサ・ロゥ、ロイ・マスタングとの交際を赤裸々告白】という見出しに、エドワードは思わず雑誌を捲った。
別に気になった訳ではない、ちょっとした好奇心だ、と胸の内で呟きながら。

該当の記事には、胸元の開いた服を着て妖艶に微笑む女性が写っていた。
スタイルに自信があるのか、胸の谷間や太股を見せつけるような挑発的なポーズと真っ赤に塗られた唇が官能的で、男はこういうのが好きなのかな、と考え、エドワードは唇を尖らせた。

「なんだよ……母さんやマリアさんやリザさんの方が、よっぽど美人じゃん」
「んー?なんだ?」
「何もねぇよ!」

後部座席で蹲ったままハボックに吐き捨て、エドワードはむぅ、と眉間に皺を寄せる。
先日のモデルはあまり派手なメイクなど一切していなかったし、服も華美な物じゃなくて、何というか、上品な気持ちの良い美しさだった。
だけどこの人は……撮影用とはいえねちっこい媚びたメイクで……何というか……

「気持ち悪い……」
「ちょ…っ、大丈夫か大将!?もうすぐだから吐くなよ!?」

ハボックが何やら焦っているが、無視したままエドワードは更にページを捲る。
ロイと過ごしたという濃密な時間を、まるで夢見心地で語る様はどこか芝居じみていて、エドワードにすれば「何故この人はこんなに必死なんだろう」としか思えなかった。
そんな話、人にいちいち聞かせるようなものではないだろうに。
これは、他の女性を牽制しているという事だろうか。

「だとしたら、バカな女だな……つーか、こんな女と付き合ってるのかよ……アイツも趣味悪ぃな」

エドワードは雑誌を座席の下に放り投げると、見るんじゃなかった、と不貞腐れたようにシートに転がった。
最近頻繁に起こる原因不明の胃のムカつきに泣きたくなる。

「あああああっ、もぉ……やだ……っ」
「もう着いたぞ!着いたから吐くの我慢しろよ!?」
「……着いたって、どこに……?」

車が停まったと同時に後部のドアが開き、エドワードは驚いて飛び起きた。
自分は一体どこへ連れて来られたのか。

「姉さん」
「アル!?」

そこに弟の姿を確認したエドワードは、大慌てで車を降りると、周囲を見回した。
そこは、普段立ち寄る事のない高級ホテルだった。

「話は部屋に行ってからだ。2人とも、とりあえず部屋に行くぞ」
「部屋?」
「あ、はい。ほら、姉さん早く」

ハボックに急かされアルフォンスはエドワードの手を掴み、さっさとホテルの中へと入っていく。
どうやら意味が分かっていないのはエドワードだけのようだ。

フロントを素通りしエレベーターに乗ると、ハボックとアルフォンスは澱みのない様子で目的の部屋へと突き進む。
ほとんど引き摺られるように歩きながら、エドワードは相変わらず首を傾げていた。


そうして、辿り着いた部屋には、

「マリアさん!?」
「ごめんなさい、エドちゃん。驚いたでしょう?…さぁ、入って」

ホーエンハイムシネマスタジオの経理担当で、エドワードが姉と慕うマリア・ロスがいた。







「パパラッチ?」
「ええ、そうなの。だから、しばらくこの部屋で隠れていてくれる?」
「隠れる?…て、俺、学校……」
「ほんの2・3日よ。すぐ片をつけるから大丈夫。学校にも連絡済みよ」
「いや……そもそも俺、なんでパパラッチに追われなきゃならないんだ?」

エドワードのごもっともな疑問に、マリアとハボックは一瞬押し黙った。
だがそれは一瞬で、すぐにエドワードを安心させる笑顔で返事が返される。

「お前、まだ全然メディアに顔出してねーだろ?だから、期待の新人スッパ抜こうと必死なんだよ」
「じゃあ、顔写さしてやれば良いんじゃねーの?映画の公開までダメなのか?」
「それは良いんだけど……無茶な取材をしてくるから困ってるの。あなたに怪我をさせる訳にはいかないし。だから、ね?」
「僕も一緒だし、マリアさんもジャン兄も泊まってくれるんだって!旅行みたいで楽しいじゃない」
「んー…まぁ、アルも一緒なら退屈しねーし……ま、いっか」

些か腑に落ちないものも感じていたが、エドワードはそれ以上に目先の楽しみに目が眩んだ。
切り替えが早いのはエドワードの長所でもある。


―――そんな訳で。
その陰で優しい大人達が思案顔をしていた事に、エドワードは気付かないままだった。



2010/07/01 拍手より移動

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