ようやくスタートライン 「ねぇ……今の子、もしかして例の蜂蜜の彼女?」 「あ、あぁ……」 漸く食事に誘い出せたエドワードに唐突に帰られてしまい呆然としたロイは、不意に問われた言葉に気の抜けた返事をした。 何が不味くて帰られてしまったのか見当もつかず、頭の上に疑問符を飛ばしながら。 「やだ……だったら呑気に世間話なんかしてちゃダメじゃない」 「は?」 「知らなかったとはいえ、声かけて悪かったわ。でも、それならそうと、あなたも流してくれないと!」 畳み掛けるように言われた言葉に、ロイはますます疑問符を飛ばした。 彼女の、美人な上に頭が切れるところがお気に入りだったのだが、今の彼女の言葉は意味がさっぱり分からなかった。 「君は…何、を?」 「いくらなんでも、一緒にいる自分を放っておいて別の女と親しく話されたら気分悪いわよ」 「誰が?」 「あの子が」 「いや、だが……世間話くらい、そう気にする事ではないだろう?」 「あの子は違うと思うけど?」 「え……?」 何が違うんだろう? まるっきりそう言いたげな顔で、ロイは首を傾げた。 今まで何人もの女性達と付き合ってきたが、デートの途中で他の女性と鉢合わせしても揉めた事もなければ、ましてや世間話くらいでとやかく言われた事もない。 さすがに女連れの時に別の女性に誘いをかけたりしないが、知り合いを見かければ声をかけたし、話もした。 至って普段通りだ。 「私、ロイのいつでもどこでもフェミニストなところ、好きよ?…でも、あの子が相手なら慎まないと」 「別に、君をベッドへ誘った訳じゃあるまいし……」 「内容はともかく、女って独占欲の塊で結構厄介なものよ?他の女を見てるだけでも嫌だし、まして他の女と寝てるなんて許せないんだから」 そう言ってため息を吐いた美人は、確かに今まで何度も夜を共にした女性だ。 シーツの海をたゆたうハニーブラウンの髪に口付けを落とし、無駄な贅肉のないスレンダーな身体を掻き抱き、最奥を穿ち、甘い時間を共有した。 互いに拘束もしなければ約束もしない後腐れのない関係が好ましかった。 なのに、次々と投げられる言葉は今までの経験上聞かされた事のないものばかりで、目の前の女性が全く知らない人間に思えた。 「君も……そんな事を?」 「あら、私はちゃんと割り切ってたわよ。端から遊びだと言ってる男に本気になるほどバカじゃないもの」 澄ました顔で答えるマリアンヌに、ロイは密かに安堵のため息を吐いた。 ロイにとって彼女は恰好の遊び相手で、それ以上でも以下でもなかった。 正直なところ、今のような台詞を本気で言われたら興醒めも良いとこだ。 「でも、さっきのあの子にそんな割り切った付き合いが出来るとは思えないけど?」 「あの子に対してなら、私はこれ以上ないくらい本気だが」 「これで?」 ふん、と鼻で笑われて、ロイは眉間に皺を寄せた。 エドワードに対して、自分では誠実に接していると自負していたのだが、どうやら女性側の意見としては不十分だったらしい。 「じゃあ、めでたく本命が出来たって事で、私達の関係もおしまいね。アニーとノーマと、カトリーヌにも言っとくわ」 「随分とあっさりしているな」 「あなたが誰のものでもないのなら抱かれても良いけど、本命がいる男に用はないわ。本命の身代わりなんて、それこそお断りよ。……それに、あなたがちゃんと本気だって示せば、きっとあの子も応えてくれるはずよ?」 だって、あの子、泣きそうな顔してたもの。 そう言われ、ロイは困った顔で小さく笑った。 「どうやら、これまでの常識は通用しないって事かな」 「遊び人の常識なんて、ただの独り善がりよ。せいぜい頑張る事ね」 「あぁ、ありがとう。…やっぱり君は良い女だな」 「あの子に振られたら、また遊びましょ。…じゃあね」 颯爽と歩いていく背中を見送り、ロイは詰めていた息を吐いた。 数多の女性達との恋愛は、一種のゲームだった。 互いに楽しめれば良い、というのが一番で、抱きたい時にちょうど良い相手を抱く、ただそれだけの関係だったのだ。 官能を引き出す会話が出来るとか、情欲を煽る駆け引きが出来るとか、身体の相性が良いとか、そういう即物的なものが全てで、互いの感情にまで干渉する事はなかった。 必要がなかったのだ。 だが、エドワードに欲しているのはそんなものじゃない。 「まずは、身辺整理からだな」 「…で、他の女性に現つを抜かしている間にエドちゃんに振られたんですか」 「君……そういう言い難い事を、よくもはっきり言えるね」 「特に言い難いという事はないですね。当然だと思ってますから」 「だが、他の女性と世間話をしただけで不誠実なのか?身体の関係を結ばなければ、それで良いと思っていたのだが」 「まぁ、あなたの今までの行いが行いですから、信用出来ないのは仕方ないかと」 「……肝に命じておこう」 「それにしても、後腐れなく別れられたようで何よりです。さすが、ご自分で選ばれた遊び相手ですね」 今更少々女性と揉めたところで、女誑しで名を馳せているロイにはあまりイメージダウンなどの影響はない。 だが、ホークアイの言葉に僅かな朿を感じて、ロイは微かに首を傾げた。 「……ですが、1人だけ厄介な相手が混ざっていたようです」 「?……何、だ?」 そう言って手渡された週刊誌に目をやり――― 【ヴァネッサ・ロゥ、ロイ・マスタングとの交際を赤裸々告白】 ―――などと、でかでかと書かれた文字に、ロイは心底疲れ果てた顔でため息を吐いた。 2010/06/18 拍手より移動 back |