ガラスの靴にくちづけを | ナノ


1歩進んで

小さな手だな、と、差し出された小さな白い手を握りながら、ロイはぼんやり思う。
エドワードは小柄な事を気にしているようだが、ロイの胸に届くか届かないかの背丈は見た目も可愛らしく、ロイにはとても新鮮だった。
何しろ今まで付き合ってきた女性達といえば同業者ばかりで、特にモデルなどはロイより背が高い事も珍しくなかったのだ。
寄り添って歩くエドワードの金色のつむじを見下ろして、ロイは胸が一杯になるような幸せな気持ちを噛みしめる。
自然と微笑みが浮かんでしまうのは仕方ない事だろう。

「お茶でもいかがかな?少し休憩しよう。疲れただろう?」
「……うん」

優しく問えば、エドワードは大きな目をぱちりと瞬かせて、はにかむように笑って頷く。
ふわりと吹いた風がエドワードの白いワンピースを揺らし、金色の髪を撫でた―――



「はい、カット!」


ぱちん、と催眠術が解けるように、エドワードはジゼルからエドワードに戻る。
言葉遣いや仕草から表情に至るまで、まるで全くの別人になるその様は、いつ見ても見事なものだった。

特に最近は撮影も進み、病状が進行している所為で儚げな空気を纏うジゼルと、本来のエドワードとの落差は更に顕著だ。
エドワードに戻った途端その目に宿る生命力の輝きには、誰もが目を奪われ、まるで雲に隠れていた太陽が顔を出したような眩しさを感じて、ロイをはじめ共演者達は毎回息を呑まされているのだ。

先日、撮影を見に来たとある映画関係者は、エドワードを「トリシャ・エルリックの再来だ」と大絶賛して帰った。
果ては、映画の公開どころか撮影すら終わってもいないのに、次の映画出演のオファーがきている。
エドワードがメディアへの露出を一切していないのにも関わらずだ。
これは極めて稀な事だといえるだろう。
トリシャ・エルリックの名前が伝説化しているのは事実だが、エドワードのデビューを純粋に心待ちにしていた者達が予想以上に多かったという事だ。
伝説級の女優の娘だから、という事だけではなく、それは―――

「やい、オッサン」
「いきなりそれか、君……」

さっきまで愛おしげにこちらを見ていたはずの少女は、開口一番そう言うと、ギロリ、という擬音語が似合う鋭い眼差しでもって睨んできた。
どうやら今日の出番はこれで終わったらしい。

「手、離せよ!」
「やれやれ……束の間の夢だったな」

握りしめていた手から力を抜くと、エドワードはロイから奪い返すように手を引っ込め、一目散にロケバスに乗り込んでしまった。
おそらくさっさと着替えて帰るのだろう。
エドワードは、普段からロイとの接触を避けるように心がけているようだったから。
あと少しとはいえ、まだ撮影が残っているロイには、このままエドワードを追いかける事は出来ない。

「本当に手強いな……」

どんな女性達も楽々堕としてきたロイ・マスタングともあろう者が、たった1人の少女にここまで翻弄されるとは。
エドワードに出会う前の自分に「もっと違うパターンの口説き方も勉強しておけ」と言いたい。
そして、出来れば出会いからやり直したいとも思う。
自分でもいい加減しつこいとは思うが、それでも諦めたくはなかった。
別に、プライドを傷付けられてムキになっている訳ではない。
ただ、―――

「君が、好きなんだ……」

ポツリと呟いて、エドワードが乗ったロケバスへ振り返る。
こんな気持ちは生まれて初めてなんだ、と言ったら、彼女はどんな顔をするのだろう―――










「話があんだけど」
「エドワード……?」

ロイが撮影を終えると、とっくに帰ったと思っていたエドワードがホークアイと共に待っていた。
まさかいるとは思わなかった人物を目の当たりにして呆然としているロイに、エドワードが怪訝そうな顔をする。

「なんつー顔してんだよ」
「いや、すまない。いるとは思わなかったので」
「っ、……邪魔して悪かったな!」
「まさか!邪魔な訳ないだろう?」

言うなり踵を返そうとするエドワードの右腕を咄嗟に捉まえ、ロイは寸でのところで引き留めに成功してホッと息を吐く。
どんな話か分からないが、そうそうこんな機会が巡ってくるとは思えない。
おまけに「エドワードから」というのだから貴重だ。

「それで、話というのは?」
「あの週刊誌の記事だよ。一体どういう事だ?」
「あぁ、“蜂蜜色の彼女に恋をしました”ってヤツか?なら、本心だが?」
「そのフレーズに薄ら寒いもん感じるんだけど……つか、何ゴシップネタ仕込んでんだよ?」

不愉快さを隠しもせず問うてくるエドワードに、ロイは呑気にも目を奪われていた。
元々の造作が良いだけに、冷たくすら感じるその眼差しも表情も格別美しいのだ。

「おい?」
「あ、いや……知り合いのライターに“今、本気の恋をしてるんだ”と世間話で話しただけだよ」

ちらりと零せば、ライターは「またですか」という顔をした。
これまでロイが共演者を全て食ってきたという前歴(むしろ前科)があるから仕方ないのだが、今回の相手に本気だと分かった途端、掌を返したように物凄い勢いで食い付いてきたのだ。

「……何言ってんだ、アンタ」

綺麗な琥珀が真っ直ぐ自分を捉えて離さないのを、心のどこかが高揚するのを感じた。
やはりこの目が良いんだな、と、ロイは改めて納得したように思う。

「なんなの、一体。スポンサーが友達だからって宣伝のつもり?」
「まさか。確かに宣伝の為に頼まれて付き合う事もあったよ。だが、今回はそんなんじゃない……本気だ」
「何言って……」

エドワードの目が、戸惑いの色を滲ませて揺れる。
そんな言葉など信じられないとばかりに。
だが、この時ロイは、確かに彼女の中に僅かに迷う素振りがあったのを見逃さなかった。

「今から一緒に食事に行かないか?せっかくの機会だし、ゆっくり話したいんだ」
「え、でも……」
「もちろん、ホークアイも一緒だから安心して良いよ」

本当は2人っきりが良いけど。
そんな本音を綺麗に隠し、とりあえず警戒心を抱かせないよう、少しでも距離を縮められるよう、ロイは注意深くエドワードを誘う。
しばしの逡巡の後こくりと頷いたエドワードを確認すると、善は急げとばかりにホークアイに車を回してくるように指示をした。
半眼で睨み付けてきたホークアイに澄ました顔で応え、その実、心の中でガッツポーズを決めていた事は内緒だ。

あと一押しで、もしかしたら―――なんて下心は知られる訳にはいかないが、例え僅かのチャンスでも逃す訳にはいかないのだ。

「アンタさ……本当に、本気で……」
「え……?」

ぼそり、とエドワードが呟くのに目をやれば、頬を染め、愛らしい仕草で見上げてくる琥珀と目が合って―――



「あら、ロイ。お久しぶりね」


良いムードのところを何やら聞き覚えのある声に邪魔され振り向けば―――そこには、ロイのセフレの1人であるモデルが立っていた。



2010/06/11 拍手より移動

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