年の差の恋のお題 | ナノ


今のままで十分可愛い

「どうしてあなたみたいな子が、当たり前のような顔であの人の傍にいるのよ!?」

セントラルに数ヶ月ぶりに戻ってみれば、何やら敵対心を剥き出しにした女性達に絡まれた。

「何よ、ちょっと後見してもらってるからって……身の程知らず!」

異口同音に吐き捨てられる台詞は、どうすれば良いのか対処に困るばかりで、途方に暮れる。

「あなたなんか、マスタング大佐には似合わないんだから!」

挙げ句、メインストリートのど真ん中で初対面の女性に殴られる、なんて―――何の罰ゲームだ。
軍属じゃなけりゃ、殴り返してやるのに。










「こんちわー…」
「よぅ、大将……って、どうしたそのほっぺた!?」
「なんだ、真っ赤に腫れてるじゃねーか!」
「エドワードくん、一体誰にやられたの!?」

司令室に入るなり取り囲まれて「失敗した」と思った。
ド派手メイクのお姉さんに殴られた痕が思いの外酷く腫れているらしく、その場で尋問が始まってしまった。
痛みも大した事がないから大丈夫だと思ったのに、やっぱり鏡でチェックすべきだったか……。
いや、どこかで時間を潰してくりゃ良かったな。

悶々とそんな事を考えてぼんやりしていると、素早く用意された氷嚢でホークアイが腫れた頬を冷やしてくれる。
やはり少し熱をもっていたのか、頬に当たる冷たい感触が気持ち良い。

「ねぇ、エドワードくん……一体何があったの?」
「なんかよく分かんねーけど……街のお姉ちゃん達がさー…俺の顔見て一瞬ビックリしたような顔して、それからすげー勢いで“大佐から離れろ”って罵られんの。……俺、何かした?」
「あーあー……」

鋼の錬金術師はマスタング大佐のお気に入りである。
これは、彼が彼女の後見人になった頃からの周知の事実だ。
彼女が12の頃からだから、もうかれこれ4年くらい経つが、その溺愛ぶりときたら知らない者はいないだろうと言われるほどだ。
もちろん、街のお姉ちゃん達も然り。

だが、ここ最近になって認識を変えた事があった。
鋼の錬金術師は正真正銘女の子である、という事だ。

進んで性別詐称などはしていないが、何より子供すぎて判別しにくかった事もあり、その言動などから勝手に男の子だと思われる事も多かったエドワードが、このところ目覚ましい成長を遂げているのだ。
元々可愛らしい顔立ちをしていたが、成長して更に綺麗になり、体つきも丸みを帯びた柔らかいフォルムへと変化した。
どう見ても可愛らしい可憐な少女だ。
とても男の子には見えない。

今までロイがエドワードを何かと優先し、誰彼憚る事なく可愛がっていても、女性達は幼い少年相手だと、さして気にも留めていなかった。
子飼いの錬金術師の少年よりも、ロイが最終的に選ぶだろう女性の、他のライバル達を牽制する方が重要だったのだ。

ところが、今まで蚊帳の外もしくは対象外だったはずの鋼の錬金術師が女の子である事が分かり、尚且つとても素晴らしい成長を遂げているとあれば捨て置けない。


―――つまり、彼女は今、セントラル中のお姉さん達の嫉妬と羨望を一心に集めているのだ。


「エドワードくん……可愛くなったものね」
「へ……?別に何も変わんねーけど?」

しみじみと呟くホークアイにその場にいたマスタング組の面々は頷いた。
分かっていないのはエドワード本人だけである。
どうにも自分自身に無頓着なこの少女は、自分の容姿の変化に気付いていないらしい。
下世話な輩共は「マスタングが鋼を女にした」などと噂しているが、実際のところは、ちょっと(いや、かなり)遅れていた二次性徴が始まっただけだ。

「とにかく、大佐に知られたくねーし……ちょっと時間潰してくる」
「なんだよ、大将。大佐にチクっちまえば良いのに」
「そうよ。女性からの一方的な暴力なんでしょう?大佐にも対処してもらわないと」
「良いよ。説明すんのも面倒だし」

実際腹は立っているし、告げ口のひとつもしてやりたい。
そもそも原因となっているロイ自身にも文句を言ってやりたい。
だけどそれ以上に、自分が投げかけられた言葉を思い返すと、どれもこれも反論のしようのない事実ばかりで、彼女達の気持ちも分かるだけに、強気に出られないと思ってしまったのだ。

「じゃあ、また後で……」
「ダメだ。今すぐ説明してもらおうか?」
「げ!大佐…っ、聞いて……!?」

はっ、と顔を上げれば、いつもの食えない顔をしたロイがいた。
執務室のドアはきっちり閉まっていたというのに、どんな地獄耳なのかと驚けば良いのか呆れれば良いのか分からない。
というか、一体いつの間に傍にいたのか。

「私が君の声を聞き漏らすはずがないだろう。…鋼の。ちょっと来なさい」
「はーい……」

やっぱり説明しなきゃならないのか。
ロイに執務室に入るよう促され、エドワードはガックリと肩を落とした。










「つまり、妙な言いがかりで殴られた、と」
「うん。まぁ、俺みたいな不細工なガキが大佐の傍にいるのが目障りなんじゃね?」
「逆だろう、それは」

きっと彼女達は、ますます綺麗になっていくエドワードに、危機感を感じているのだ。
近い将来この子はセントラル1の美女になる、とロイの先見の明は告げている。

「君に勝ち目がないのが悔しいのだろう。全く醜い女性達だな」
「うん?」

ぱちぱちと瞬きをするエドワードの瞳は、一点の曇りも穢れも見当たらない。
嫉妬剥き出しで怒鳴りつける女性達にもこんな澄んだ瞳を向けたのだろうか。
だとすれば、さぞかし相手も己の醜さに居たたまれなかった事だろう。

「で、どうする?どの女性か分かれば、こちらで処分するが?」
「処分?なんで?」
「だって、これは立派な暴行事件じゃないか」

君を傷付けるなど、女性といえど手加減などしてやるもんか。
鼻息荒く言い放つロイに、エドワードは少し考えるような顔をした。

「んー…別に良いよ。俺、大佐の傍離れる気ないし、ただのヤキモチならほっとけば?」
「まぁ、私も君を離す気などさらさらないが……しかしだな、」
「離れないって事は、あのお姉ちゃん達への嫌がらせになるみたいだし?」

ニッとイタズラを思い付いたように、エドワードは笑う。

「今はとんでもねー不細工でも、手足取り戻して大佐の傍にいるようになったら、もっと自分を磨いて、大佐に恥かかさないようにするからさ」
「君は、今のままで十分可愛いよ」

やっぱり何か勘違いしているらしいエドワードに心の底からそう言えば、当のエドワードは困ったような顔で更に言う。

「良いよ。そんなお世辞言わなくても。俺、何言われても平気だし」
「だから、お世辞などではないぞ。君は可愛い…とても綺麗だ」
「たいさ……」
「それに私は、君の容姿だけに惹かれている訳ではないよ……君の魂も含めた全部だ。君は全てが綺麗なんだ」
「へへ……そっか」

今度こそ理解してくれたのか―――多分、半分くらいしか理解していないだろうけど、エドワードが満足そうに笑ってくれたので吉とする。

「おっと、言い忘れるところだった」
「ん?」

ロイは、エドワードを抱きしめ、そっと耳元に唇を寄せて囁く。

「おかえり、エドワード。愛してるよ」
「ただいま、大佐。…俺も愛してる」

下世話な輩共が噂しているような事実は一切ない。
それでも、少女が美しく成長しているのは、ただ、愛されているという自信からなのだ。

「さて、鋼の。旅の話を聞かせてもらえるかい?」
「うん!あのなー…」

副官がお茶を煎れて執務室のドアをノックすれば、楽しげに笑う声と共に入室を許可する返事が聞こえた。

「大佐、エドワードくん。お茶をどうぞ」
「あぁ、すまないね」
「中尉ありがとう!」

部屋の中は春の陽だまりのような柔らかい光に満ちて、幸せそうに話している2人を見ると、温かい気持ちが湧き上がってくる。
邪魔にならないよう、そっと部屋を後にしたホークアイは、小さく笑みを浮かべると仕事に戻っていった。


2人の春の訪れも、もうすぐそこまで来ている予感がした。



2009/10/16UP

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