不釣合いだなんて言わせない 「あら……では、この子が最年少国家錬金術師の?」 「ええ。エドワード・エルリックと申します。…ほら、鋼の。ご挨拶を」 「はじめまして……」 ぺこりと頭を下げたら、今度は上げられなくなった。 頭上で繰り広げられているのは、大人の男と女の会話だ。 ご飯を食べに行こう、と誘われて街に出れば、次々とかかる女性達の誘いに足止めを食らって、数100メートル進んだところから全然先に進まない。 連れの男が大層もてる人物である事は認識していたが、これでは夕食が夜食になってしまう。 エドワードがいい加減痺れを切らしたところへ声をかけてきたのは、綺麗な黒髪の女性だった。 その女性の言葉や振る舞いから、どうやら以前にそういう付き合いがあった人なのだと知れた。 「こんな時間に小さな男の子を連れていらっしゃるから驚きましたわ。なんだか意外な組み合わせで。そう…後見されてる錬金術師さんでしたのね」 女性がコロコロと鈴を転がしたような声で笑う。 どこか勝ち誇ったように、言外に「一緒にいるには不釣り合いだ」と言っているのだ。 そんな事、いちいち他人に言われなくても自分が1番よく分かっている事だ。 「…お邪魔っぽいし、俺、帰るな」 「あ、待ちなさい鋼の」 「…じゃあ俺、失礼します」 最初の言葉はロイに、最後の言葉は黒髪の女性に、努めて何という事もないという素振りで言い放てば、邪魔者がいなくなるとあからさまに嬉しそうな顔をした黒髪の女性に、去り際に精一杯の虚勢で笑ってやった。 今はまだ、どこをどう見ても何もかもが未発達で、歳相応にも女にも到底見えないただの子供なのだ。 ここで拗ねたところで、笑われて「不釣り合いだ」と言われるのがオチだ。 「ちくしょー…見てろよ」 手足を取り戻したら、きっと身長も伸びるし身体だって成長するはずだ。 それから何年か経ったら、みんながビックリするくらい綺麗になる予定なのだ。 その時がきて焦っても知らないからな。 バタバタと公園を駆け抜け、表通りから見えないところにある電話ボックスに飛び込む。 ガラス1枚とはいえ外界と遮断された安心感からか、途端に身体から力が抜けて、エドワードはその場に座り込んだ。 「うぅ……」 小さな身体を更に小さくして膝を胸に抱え込めば、頬を伝った透明な雫が膝にポタポタと落ちた。 こんなところで隠れるようにして泣く事しか出来ない自分が、惨めで悲しかった。 子供のくせに一人前なプライドが憎らしい。 いっそ何も分からない子供なら良かったのに。 恋なんてしなければ良かったのに。 「大佐のバカ…っ、…俺のこと…好き、って…言ったくせに……っ」 八つ当たりだと分かっていて、それでも、口を吐いて出る罵りの言葉は止められなかった。 「綺麗な人には…すぐに鼻の下伸ばす…し…っ、ほんと、は…っ、俺の事なんか……何とも、思って……っ」 自分の心を酷く軋ませるこの気持ちを、どこに向けて吐き出せば良いのか分からなくて。 「嫌いだ…っ!…大佐、なんか…っ……きらい…っ!」 「……それは、困るな」 「っ!?」 思いがけず返事が返ってきて、驚いて顔を上げれば、少し息を切らしたロイがガラス越しにこちらを覗き込んでいた。 「なん で…?」 「夕食を一緒に、と約束しただろう?遅くなってしまったが…さぁ、行こうか」 「もう、食べたくない……宿に、帰る…っ」 「鋼の」 「早く、さっきの人のとこ戻れよ…っ…俺は、1人で帰る…っ!」 「ダメだよ」 抵抗も空しくドアを押し開けられ、素早く伸びてきた手にぎゅっと生身の手首を掴まれる。 振り払おうとしたら、今度は背中に反対側の腕を回されて余計に拘束された。 「俺、1人で平気だ…!離せ…っ」 「君は女の子なんだよ?こんな時間に、1人でなんか帰せないよ」 「女じゃねーよ!」 「鋼の」 こんなに、女の子なのに。 そう言って、やんわりと抱きしめられ、ロイの唇が頬を流れる雫を吸い取っていく。 その優しい仕草に、エドワードは目を瞬かせた。 強張っていた身体からは自然と力が抜けていく。 「私はね、鋼の。本命の女性を放っておいて他の女性のところへ行くほど愚かではないよ」 「心にもない事言うな……バカ」 「酷いな」 言葉とは裏腹に口調はからかっているようにも聞こえて、その余裕のある態度に腹が立つ。 「もう、他の女の人と付き合うの禁止だからな」 「君以外とは一切付き合ってないよ」 「立ち話も、禁止…だし」 「善処しよう」 「それから…っ」 「何でも、君が望むように努力するよ」 自分でも無茶苦茶な事を言っている自覚はあるのに、ロイは怒りも咎めもせずにひたすらエドワードの背中を撫で続けた。 服越しに伝わる体温が、愛しい愛しいと優しく告げる。 「俺が……大人になるまで、待って…っ」 「待つよ」 「ちゃんと……釣り合うように、なるから…っ……だから…っ」 「うん。楽しみにしてるよ」 自分勝手な我が儘の羅列なのに、ロイは愛しそうにエドワードを見て、ただ笑っていた。 それが嬉しい自分は、やっぱり子供なのだろう。 「誓いのキスをしようか」 「う、え……っ」 ロイはそう言うなりエドワードの顎にそっと手を添えて顔を上向きにすると、柔らかく唇を重ねた。 軽く触れて、次に柔く噛み、ちゅっ、と音を立てて吸いついて。 決して深くなる事のないキスは、それでもエドワードには充分刺激的で、縋り付く手に力を込める事しか出来なかった。 「好きだよ、エドワード」 「俺……も、」 初めてのキスは、電話ボックスの中で。 それは少し塩っぱくて、とても甘かった。 2009/09/06UP back |