05 想像以上に素晴らしい出来栄えだった夕食を終え、これまた素晴らしい手際で後片付けをした後、エドワードは「アレックス・ルイ・アームストロング直伝オリジナルブレンド」なるお茶を淹れてくれた。 その、ほんのりと芳しい香りの上品な1杯を堪能しながら、ロイはあれこれと彼女の話を聞いた。 何しろ12年というエドワードにとって人生の大半を占める期間を、ロイは何ひとつ知らないのだから。 エドワードの話はとても興味深いものだった。 卒業資格をとる為だけに入った学校へは最低限の登校しかせず、ほぼ独学で高等教育を修了した事。 南部に住む強者錬金術師に弟子入りし、1年間の修行に明け暮れた事。 無人島でのサバイバル生活というのは錬金術の修行に入る前の試験のようなもので、その後の修行はそれに輪をかけて体術的にも錬金術的にも厳しいものだったという事。 アームストロング家での行儀見習いでは、料理や諸々の作法は料理長や執事から教わったが、お茶の淹れ方だけは巨漢の少佐に教わったという事。 あちこちのパーティーに出席させられたので、パーティーマナーは完璧だという事。 行儀見習い修了のご褒美にと連れていってもらったブリッグズでの冬山登山は、思いの外楽しかったという事。 セントラル大学では錬金術と科学を専攻していた事。 2年で卒業してからは、ホーエンハイムの助手の仕事をしている事…等々。 彼女の口から語られる話はどれも楽しげで、彼女が心からその生活を満喫していたのだと分かる。 ある意味、波乱万丈とも言える人生であるが、そもそも非凡な才能の持ち主なのだ。 ロイの存在がなくとも、辿る道筋は変わらなかっただろう。 「エディの理論を聞かせてくれないか?得意な錬成は?」 「じゃあ、最近完成させた構築式の理論聞いて!」 主に鉱物系の錬成が得意だという彼女の理論は素晴らしく高度で、サラサラと落書きのように綴られていく構築式は、ロイでも思い付かない斬新な理論で展開されていた。 国軍大佐且つ国家錬金術師であるロイですら思わず唸ってしまったほどだ。 まさしく蛙の子は蛙、天才の子は天才である。 そう認めてしまったら、この目の前にいる幼い少女が別の生き物に見えた。 少なくとも理論を論じている間は、幼げな印象など微塵も感じさせなかったのだ。 「親父以外に理論を聞いてもらえる機会なんてあんまりないから嬉しい」 「私もだ。こんな高度な討論が出来る相手は滅多にいないからね」 「じゃあ、こっちの陣だけど…―――」 「これはなかなか難解だな…―――」 ―――と、まぁ、そんな訳で。 思いの外エドワードとの話が楽しく、また有意義であった為に、ロイはうっかりしていたのだ。 「うわ…もうこんな時間?……俺、風呂入ってくる!」 「あぁ、入っておいで。ここは私が片付けておくから」 「うん」 リビングの隅に置いてあった大きなトランクから着替えを取り出し、バタバタと風呂場へ走っていくエドワードの後ろ姿を見送り、ロイは思わず苦笑した。 時計を見れば、そろそろ日付も変わろうかという頃だ。 話に夢中になっていて気付かなかった。 いくら早起きの必要がないとはいっても、子供をあまり夜更かしさせる訳にはいかないだろう。 さっさと寝かしつけなければ…―――と、そう考えて、 「―――そういえば寝床はどうするんだ?」 と、その時初めて気付いたのだ。 「……しまった。私としたことが」 ロイの住まいは単身者用のアパートだ。 佐官ともなれば大半の者は一軒家を建てて住んでいる事がほとんどだが、ロイは生憎独身である。 元より他人を自宅に招く習慣もなければ、「とりあえず眠れれば良い」という大雑把な条件で選んだのだから仕方ない事ではあるのだが、客間などの用意は当然ない。 見た目が幼いとはいえエドワードは15歳である。 一緒に寝るというのは、些か外聞が悪すぎる。 決して手を出すつもりはないが、例え同衾するだけだとしても、世間一般的に…というか倫理的によろしくないような気がする。 「どうしたんだ?ロイ、寝ないのか?」 グダグダと考えているうちに風呂から上がってきたエドワードは、ガーゼを重ねた生地で作られた可愛らしい小花模様のパジャマを着ており、眠たいのかゴシゴシと目を擦る仕草が彼女を余計に幼く見せた。 「ロイ。明日も仕事?」 「あ、いや…休みだよ」 「そっか。じゃあ、ちょっとくらい寝過ごしても大丈夫だな…よし、寝よう」 動揺するロイをよそに、エドワードは平然とした顔でそう言うと、さっさと寝室へ向かってしまった。 「さて、困ったな……」 この家には予備のベッドも大人が1人横になれるようなソファもないのに。 そう考え、ロイはふと恐ろしい可能性に至ってしまった。 「もしかして……エディは既成事実を作るつもりなのか?」 彼女はロイと結婚すると言っているのだ。 それなりの覚悟を決めてロイの下へ来たとも考えられない事もない……が。 「―――いや、さすがにそれはないか」 何しろあの幼さだ。 父親の溺愛ぶりもそうだが、大総統含め周囲の人間の過保護加減ときたら、あの子に低俗な知識を植え付ける隙など与えなかったに違いない。 きっとエドワードは、ただ単純に「昔のように一緒に寝れば良い」と思っているのだろう。 だが、実際一緒に寝たりなどしたら、ホーエンハイムや大総統からどんな報復を受けるか分からないが。 こうなったら床の上で寝るしかない。 ロイは諦め気味にため息を吐くと、覚悟を決めて寝室を覗いた。 すると、何やらそこは見慣れない光景へと姿を変えていたのだ。 「え…………」 作り付けのクローゼットにサイドテーブル、セミダブルのベッド…それが、ロイの寝室に存在する全てだ。 だが、今目の前にあるのは、狭い部屋に無理やり押しこめられた2台のベッド。 元々部屋の真ん中に据えていたロイのベッドは壁際に目一杯寄せられ、その横には新たにベッドが運び込まれていたのだ。 「アレックス兄に運んでもらったんだ!いくら婚約してるって言っても、まだ結婚してないからな!」 「あぁ、そうだね……」 どうやら最悪の事態は避けられたらしい。 そう安心したら、ロイの膝から力が抜けそうになったのだが、自分の寝床の調整に余念のないエドワードには気付かれなかった。 「ロイも、もうちょっと広い部屋に住めよ。ベッド入れたら隙間ないじゃん」 「あぁ……考えておくよ」 「じゃあ、おやすみ!」 「おやすみ……」 呆然とベッドに潜り込めば、隣からはすぐに健やかな寝息が聞こえてきた。 随分と寝付きが良いな、と感心してしまう。 仮にも好きな男と同じ部屋で眠る事になれば、いくらか緊張したりするものではないのだろうか。 ふとエドワードの顔を覗き込み、あどけない寝顔にロイは苦笑を零した。 エドワードの、昔と全く変わらない態度や仕草の中に、恋情のようなものは見られなかったではないか、と。 口では結婚だ何だと言っていたが、おそらくこの子はまだ恋というものを知らずにいる子供なのだ。 少なくともロイの目にはそう映った。 きっと、幼い日々を共に過ごした兄のような存在への憧憬を、恋と勘違いしているだけなのだ。 さらさらと指先で金色の髪を梳くと、滑らかな感触が指の間を滑った。 あの頃、肩の辺りで切り揃えられていた髪は、今では背中の中ほどまで伸ばされ、若さ故か意外に手入れされているのか艶やかに光っている。 きっといつか本当の恋をすれば、ロイへの恋心が幻だったと気付くだろう。 そうなれば寂しいなと思うが、それはそれだ。 実際、その「いつか」が、いつになるのか分からないけれど…それが幸せな恋になれば良いのに、と思う。 「おやすみ」 そっと額にキスを落とし、ロイは目を閉じる。 隣のベッドで眠る少女がほんのりと頬を染めた事に、ロイが気付く事はなかった。 2011/06/04 拍手より移動 back |