OH MY LITTLE GIRL | ナノ


04

「ロイ兄!」
「うわっ…!?」

ドアを開けた途端、飛び付く勢いでしがみ付いてきた金色の子供を咄嗟に抱き止め、ロイは目を瞬かせた。
学会に出かけたホーエンハイムが忘れていった資料を届けにセントラルへ行き、その間2日ほどエドワードの傍を離れた後の事だ。

「ただいま、エディ。……エディ?」
「エディにないしょはダメなんだぞ!ずっとまってたのに、ロイ兄おそい!」

癇癪を起こしたようにそう言って、エドワードは堪りかねたように声を上げて泣き出した。
小さな身体は慟哭するように震えている。
確かに、ロイがセントラルに出発する際、眠っているエドワードを起こすのが可哀想で、そのまま顔を合わさずに行ったのだが……まさかこんな風に泣かれるとは思ってもみなかった。

「まぁまぁ……エドワードったら、そんなにしがみ付いたらロイ君がおうちに入れないでしょう?」
「かってにいなくなるロイ兄がわるい!」
「ちゃんと帰ってきてくれたじゃないの。……いい加減にしなさい」
「うぅぅ〜……」

母親に宥められても一向に泣き止む気配のないエドワードは、ひたすら泣きながらロイにしがみ付いていた。
アルフォンスがびっくりした顔で見上げているのにも関わらず、だ。
どんな時でも弟の前では弱みを見せる事のなかったエドワードが。

「ごめんなさいね。……起きたらロイ君がいなかったものだから…この子、この2日間ずっと玄関から動かなかったの」

トリシャの言葉に瞠目し、腕の中の小さな子供を見下ろす。
ぼろぼろと涙を零しながら腹にしがみ付いて離れないその姿に、ロイの胸に湧き上がったのは父性愛のようなものだったのだろうか。
そっと抱き上げ、慰撫するように震える背中を擦り、つむじにキスを落とす。
シャツを掴む細い指が愛しくて堪らなかった。

この小さな子供を大切にしたいと、こんな風に泣かせたくないのだと……その時、ロイは心からそう思ったのだ。











「おかえりなさいませ。お勤めお疲れさまでした」
「…………」
「……ロイ?」
「あ、いや……ただいま」

灯りの灯った家に帰ると、玄関先に三つ指をついたエドワードに出迎えられ、ロイは思わず後退った。
まさかそんな古典的な出迎えを受けるとは思っていなかったのだ。

「ご飯出来てるぞ?あ、先にお風呂に入る?」
「あぁ、じゃあ風呂に……って、そうじゃなくて!」
「やっぱりご飯?」
「いや、…その出迎え方は誰に教えてもらった?」

ロイの問いに首を傾げたエドワードは「おかしかった?」と問うた。
ちんまりと座り込んだ姿は、まるで小動物のような愛らしさだ。

「おかしいというか……まぁ、とりあえず立ちなさい」
「じゃあ、やり直す!」

エドワードは立ち上がるなりそう言うと、玄関に立ったままのロイを残し、走って家の奥へと戻ってしまった。
一体どうするのかと呆然と見送れば、すぐさま一度遠ざかった足音が段々と近付いてくる。
それもかなり足早に。

「!」

ロイの脳内に一瞬にして蘇る記憶。


そういえば、あの子はこんな時―――


「ロイ!おかえりっ!」

ふわり、と殺風景な家の中に可憐な花が咲いた。
咲き誇るというにはまだ少し早い、漸く綻び始めたばかりの花が。

白いふわふわしたワンピースの裾を翻し、エドワードはロイの懐へ飛び込んでくる。
この手が差し出される事を疑わない一途さで。

すかさず両手を広げ足を踏張ると、ロイはぐらつく事なくエドワードを抱き止めた。
身体に染み付いたままのあの頃の記憶は、12年経った今も瞬時に思い出せるものだったらしい。
無様に転ばずに済んで良かった、と思わず胸を撫で下ろす。

「……ただいま、エディ」
「待ってた……ロイ」

ぎゅっとしがみ付いてくる小さな身体を宥めるように背中をとんとんと叩き、つむじにひとつキスを落とす。
ここまでの一連の動作は、幼いエドワードにしていたただいまの儀式のようなものだ。
ロイは特に何も考えず、昔通りに接しただけだった。

が。


「っ」

ビクリとエドワードの背中が強張り、しがみ付く腕に力が籠もる。
心なしか抱えている身体が体温を上げたような気がした。

「……エディ?」
「う、あ、…えと、……風呂だな、風呂!俺、用意してくる!」

エドワードは慌てたようにロイの腕の中から飛び出すと、一目散に風呂場に走っていってしまった。
…耳を真っ赤にして。

「なんだ?」

はて、とロイは首を傾げた。
果たして自分は何かおかしな事をしただろうか、と。
昔と同じように甘えてくるエドワードに、昔と同じように返しただけなのだが。
大体、飛び付いてきたのはエドワードなのだから、抱き止めた事に文句はないだろうに。

そんな疑問なんだか愚痴なんだかよく分からない事を考えながら、「とにかく玄関で立ち止まっていても仕方ない」と、ロイは汗を流すべく風呂場へ向かった。











「これは、全部エディが?」
「うん!俺の自信作!」

風呂から上がってみれば、リビングのテーブルには所狭しと様々な料理が並べられていた。
ロイの密かな心配をよそに、どれもこれもちゃんとした家のちゃんとした家庭料理だ。

「あったかいうちに食べてくれよ?」
「あぁ、いただこう」

ロイが着席すると、エドワードが甲斐甲斐しく大皿から料理を取り分け給仕し始める。
そのひとつひとつの仕草が様になっていて、ロイは目を瞠った。
これは、家で母親に教わったというより、どこか厳粛な家でそれなりの作法を習ってきたのだろう。
そう思い当たり、そういえば先ほどホーエンハイムがそんな事を言ってたなと思い出した。

「これは、アームストロング家で?」
「あ、うん。行儀作法もそうだけど、料理も。本当は母さんに教わったシチューを作りたかったんだけど、今日は時間がなかったから明日作るな?」
「…楽しみにしてるよ」

今夜の予定はダメになったが明日の休みでリベンジを、と思っていたのだが……満面の笑みでそんな風に言われると、とてもじゃないがこの子を1人で放っておく事など出来そうもなかった。
ホーエンハイムにはああ言ったが、昔は何かとエドワードを優先した生活をしていたのだ。
ずっと忘れていたくせに、思い出した途端それに逆らえる気がしないのだから、どうしようもない。

「エディもまだ食べてないんだろう?給仕は良いから、一緒に食べよう」
「うん」

それは、我ながら不思議な光景だった。
セントラルに配属になって住み始めた、ただ寝る為だけの殺風景なこの部屋に、自分以外の人間がいて一緒に温かい食事を摂っている。
それも、妙齢の女性ならともかくまだ幼さの残る少女だ。
こう言っては何だが、その妙齢の女性ですら自宅に招いた事はないというのに。

「なぁ、美味い?」
「あぁ、とても美味しいよ」
「よっしゃあ!死に物狂いで頑張った甲斐あったぜ!」
「……エディ」
「何?」
「ずっと気になっていたんだが、その言葉遣いは何とかならないか?君は女の子なのに」

ロイの問いに、エドワードはキョトンとした顔でロイを見た。
司令部の門衛には、その言動の所為で間違われていたが、そうやって黙っていれば誰も彼女を男と間違える者はいないだろう。
そのくらいエドワードは可愛らしく可憐な印象を纏っていた。
艶やかな金色の髪は三つ編みに結われ、白磁のような肌に大きな琥珀を思わせる目、小作りな鼻、桜色の頬、赤く愛らしい唇。
それらが絶妙な配列で並び、まさに黄金率で出来た少女と言っても過言ではない。
なのに、その愛らしい唇から紡ぎだされる言葉はと言えば、男の子も真っ青のスラングなのだ。
実に勿体ない。

「え……だって、師匠も姉さまも“強くて逞しくないと素敵なお嫁さんになれない”って言ったもん」
「なんだそれは……」
「違うのか!?」

そう言って、エドワードは途方に暮れた顔をした。
どうやらその「素敵なお嫁さん」とやらになる為に、相当厳しい修行に耐えたらしい。
一体どんな師匠に付いていたのか、姉さまとは誰の事なのか、知りたいような知りたくないような聞いてはいけないような、何とも複雑な気持ちだ。

「もしかして無駄だった?ロイのお嫁さんは弱い方が良いの?」
「いや、…まぁ確かに、自分の身を自分で守れるというのは重要ではあるが……」

仮にロイの…というか、軍高官の妻になれば、別に自らが強くならなくてもちゃんと護衛が付くのだが。
そう言うのは簡単だが、一心不乱に頑張ってきたのであろうエドワードに告げるには憚れた。

「ほんと?俺、間違ってない?」
「あぁ……エディは間違ってないよ」
「良かったぁ……」

ロイの口から「間違っていない」と言われ、エドワードはぱあっと顔を綻ばせた。
その、心から安堵したと言わんばかりの陰りのない笑顔に、ロイも思わず安堵する。
なんだかんだ言っても、エドワードには笑っていてほしいと思うのだから仕方がない。
最終的にはロイとの結婚を諦めてもらわなければならないが、エドワードが頑張ったという事実を褒めて、労ってやりたいと思った。
下手をすれば自ら首を絞める行為にも思えるが、それくらいしかロイには出来ないのだから。

「錬金術の修行は厳しかったのかい?」
「うん。俺、無人島でひと月サバイバル生活してたんだ!魚獲ったり野鳥捕ったり、猛獣みたいなおっさんと闘ってたんだぜ?」
「は?」
「何度か死にかけたけどさ、でもそのお陰ですっげー強くなったんだ!ロイが危ない目に遭いそうな時は、俺が助けてやるからな!」


―――この子は一体どんな修行をしてきたんだ……!?


どこまで信用しても良いものか悩むところだが、あながち嘘でもないのだろう(実際、門衛を殴り飛ばしていた)
全くもって、花嫁修業も並ではないのだから、エドワードも侮れない。


「はは……それは頼もしいな」
「おう!任せろ!」


下手な断り方をした場合、大総統やホーエンハイムも恐ろしいが、何よりエドワード本人が1番恐ろしいな、とロイはため息を吐いた。



2011/06/04 拍手より移動

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